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1 魔法少女 ブルーサファイア


 世の中、たいていのことはなんとかなるものだ。

 実際、俺……蒼井まことの人生は、そんな風にここまで紡がれてきたのだ。そこそこいい友達を作り、そこそこの点数が取れるよう勉強し、そこそこのやる気で就職活動をし、そこそこの会社で頑張りすぎず働いてきた。女性関係は上手くいっていないが、それで死ぬわけではない。つまりは、なんとかなるだろうと思って生きてきて、それなりになんとかなってきたので、きっとその考えは間違っていないのだ。


 もし今、死にかけているこの場を、切り抜けることができたのなら、だが。


 俺の身体は、消化器官の中のような肉壁に包まれ、抜け出せないように何か所かを太い触手によって縛り上げられていた。触手もやはり壁と同じくピンク色のぬるぬるとした粘膜状の表面をしており、気持ちが悪いことこの上ない。

 壁や触手からは、特殊な粘液が分泌されており、服どころか、身体も少しずつ溶かされて消化されていく。それが地底から襲い来る触手生物……通称アビスに取り込まれた者の当然の運命だということは、この現代において誰もが知っていることだ。


 運悪く、アビスの襲撃現場に居合わせた俺は、抵抗する間もなく割れたアスファルトの隙間から飛びだしてきた大量の触手達に地中へと引きずり込まれた。

 もう何時間この状態でいるのか、さすがに意識を手放しかけた時、人形のような金髪の小さな妖精が視界を横切って行った。


「うーん、まずい。いよいよ……幻覚が……見え始めた」


 口に出してそう言ってみると、想像以上にろれつがまわらず、そろそろ自分の身体がいうことを効かなくなり始めていることを改めて実感する。


「えっ? あなた今喋りました?」


 見知らぬ通行人よろしく、壁に埋まったオブジェクトと化した俺の前を通り過ぎて行った妖精は、なんと俺の声を聞き、目の前に戻って来た。幻覚ではなかったようだ。

 ということは、この妖精は本物。近くには魔法少女がいるということになる。


「助かった……! やっぱり、なんとかなるもんだな。魔法少女がいるんだろ?」


 そう聞くと、妖精は首を横に振った。


「いいえ。いません」


「えっ……じゃあなんで妖精がここにいるんだ……?」


「魔法少女をスカウトしていましたが、なぜか全員に断られてしまいました。全く、物の価値がわからない子供たちです。それで路頭に迷って野良妖精をしていたら、触手に取り込まれてしまい、ここに来てしまったのです」


「マジかよ……終わった……」


 妖精だけがいても仕方がない。妖精とセットで魔法少女がいれば、助けてくれる可能性だってあったのに。俺はついになんともならなくなったと、諦めかけた。しかし、妖精の表情はそうは言っていない。


「何を言っているんです。たった今、共犯者……いえ協力者を見つけて、希望が見えて来たところです。どうでしょう、魔法少女になりませんか?」


「はは……俺は男だぞ。少女って言葉の意味を知らないのか?」


 朦朧としてきた意識でも、それが質の悪いジョークだということはわかった。笑ってやったが思いのほか乾いた笑いが耳に聞こえ、自分でも驚く。


「ふむ。聞き方を間違えました。今のままだと、あなたは死にます。男のまま死ぬか、生きて魔法少女になるか、どちらを選びますか?」


「そりゃ生きられるなら生きたいよ」


 このままだと死ぬ、とはっきり宣告され、途端に恐怖が湧いてきた。実際、自分がどんな状態になっているか、身動きができなくて見えないのだ。だから怖くなって少しだけ素直にそう答えた。

 すると妖精は喜んで、突然流ちょうに話し始めた。


「やりました! ついに勧誘成功です。では、こちらの画面をご覧ください」


 妖精がパチンと指を鳴らすと、俺の顔の前に、ホログラムのように四角い画面が表示される。そこには細かい文字がぎっしりと書かれていた。


「利用規約です。はい、確認しましたね? 確認したら、ほら、ここの下のボタンを押してください、ほら早く」


 そんなスピードで読めるはずがない。しかし妖精は急かしながら、ふわふわと飛んで来て俺の指を両手で持ち上げ、画面のボタンを押させようとする。

 しかし灰色のままのそのボタンは、感触もなく押すことができなかった。


「あれ? どうしてでしょう。押せませんね」


「これあれだ……スクロールして最後まで読まないと押せないやつ」


 そう、アプリの規約とかでありがちなやつだ。もしかしてと思いそう伝えると、妖精は肩をすくめてため息を吐いた。


「なるほど……面倒ですね。どうせ読んでる魔法少女なんていないでしょこんなもん」


「おい……問題発言だろ今の」


 妖精は俺の指を両腕で抱えて、無理やり利用規約を最後までスクロールして一番下まで画面を送った。すると、契約と書かれたボタンに色が着き、ようやくボタンを押すことができるようになった。


「ふぅ、男性なので心配していましたが、何とかなりました。それじゃあ、始めますね」


 妖精はそう言うと、両手を目の前に掲げて、その小さな目を閉じた。

 すると妖精の手の前に、青い光が集まり、凝縮されていく。光がある程度の大きさになると、それは光り輝き透き通る、綺麗な青い宝石になった。


「えーい!」


 妖精がそのまま手を押し出すと、その宝石は俺の鎖骨あたりにゆっくりと飛んできて、なんと身体の中に吸い込まれていった。


「うわっ……怖っ!」


 自分の肌の中に無機物が吸い込まれているのをはっきりと目にした俺は、その異様な光景に恐怖した。しかし、その後、身体には何の変化もなかった。


「終わりました。これであなたは今日から、魔法少女ブルーサファイアです」


「はぁ……よくわからんけど、そろそろ死にそうな気がする。できるだけ早めに助けて」


「それは大変ですね。せっかく魔法少女になったのに、ここで死なれては台無しです。さあ今すぐ唱えてください。『ブルーサファイア見参!』と」


「マジか……さすがにいい歳した男だし恥ずかしいわ」


 死にかけでそんなセリフを言わされるなんて、あまりに悲しくなる。それで何も起こらずに死んだら、俺の人生、喜劇にもほどがあるだろう。


「言わないと死にますよ、本当に」


 脅すように妖精に言われ、俺は観念した。


「はいはい……ブルーサファイア、見参」


 力の無い声でそう言ったが、明らかに身体に変化があった。身体の周りの空間が、卵のような楕円状に切り取られ、眩しく光る。楕円の内側の、俺の身体を束縛していた肉壁と触手が、ぽっかり削り取られるように消失した。

 俺の身体も真っ白に変わる。周囲の空間から雷が降り注ぎ、それに打たれた俺は身体の内側まで届く燃えるような熱さを感じて、気を失いかけた。


「ぐあぁぁっ!」


 思わず上げた悲鳴が、なぜかか細くなっていくのを感じる。しばらくすると、自分の周りにプスプスと煙が上がっており、いつの間にか自分が跪いて四つん這いになって地面を見つめていることに気づいた。


「はっ……」


 視界に、透き通るような水色の髪の毛が映り、そして肉に覆われた地面についている手が、華奢なものに変わっている。その手には白い装飾の付いたグローブをつけている。


「成功しました! はぁー助かった。そうそう、鏡出しますね。すぐにその姿を見せる決まりですので。どうぞ」


 妖精の声に顔を上げると、正面に、先ほどのホログラムと同じように空間に浮かぶ大きな姿見が出現していた。

 そこに映っているのは、水色の長い髪の毛の、きょとんとした表情の少女だった。身体の傷は治っていた、というか、身体そのものが完全に変わっているのだから、それどころではない。


「これが、俺……?」


 立ち上がると、その全身が姿見に映る。

 制服をアレンジしたようなその衣装は、水色の大きなリボンがいくつもあしらわれていた。胸元に一つ、そして腰の後ろに足元まで届くほどの大きなリボンが一つ。白いブーツの外側にも、それぞれひらひらとした青いリボンがあしらわれている。短いスカートからのぞく右足のふとももにはフリルのついたバンドのようなものがついている。体も完全に女になっており、動くたびに胸が揺れるのが皮膚を通して伝わってくる。


「おめでとうございます。これであなたは魔法少女になりました。これから私と共に、アビスが滅亡するまで、狩り尽くしましょうね!」


 そう言って妖精は笑顔で、俺を歓迎した。

 かくして、俺は魔法少女となった。

 おそらく、この世で初めての、元男の魔法少女に。


読んでいただきありがとうございます。

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