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天使がいるよ

 私はブラックアウトした後、ただただ一方的にシャーロットの記憶を見せられていた。 

 シャーロットが筋肉痛で痛がっている姿を見ている所で、急にリアルな痛みが私を襲ってきた。


 痛っ、イタタタタ────えっ? どういう事?

 顔以外の全身が動いていなくても、滅茶苦茶痛いんですけど!!


 痛みに耐えていると、右手に小さな手の温かさを感じて、私はゆっくりと目を開けた。

 視線だけで右手の方を見れば、エイダンが私の手を握り、ベッドに頭を乗せて眠っていた。

 エイダンは泣いていたのか、まだ頬が濡れていた。


 エイダンはアリステラの死に際にも、こうしてベッドに頭を乗せて眠っていたわね。

 そうよね、人が目の前で倒れたら心配するよね。しかもエイダンは母親が死んだ光景も見ているから、なおさら────うん、待って。

 今、私エイダンに手を握られているわ!

 小っちゃなお手々で私の手をしっかりと握っているわ! 

 こんな……こんなご褒美をいただいてもいいのでしょうか!


 記憶の整理や現状把握など、今やるべき事が沢山あるのは分かっている。

 しかし、推しに手を繋がれて平常心でいられる人が居るだろうか?

 いや、いない! 

 面倒な事は後回しにして、今はただ幸せを堪能しようではないか!


 私は目をかっぴらき、エイダンをなめ回すように見ていると、興奮して鼻息が荒くなってきた。


 他人からみたら確実に変態認定を受けるが、今の私はこの国の王妃 シャーロット・ガネート・アイファよ。

 誰にも変態なんて言わせない!


 その意気込みと共に私の鼻息が一層強くなった時、エイダンの前髪がフワリと浮いた。


 やっとエイダンの可愛い顔が見れたわー! ピンクの瞳が見れない事は残念だけど、寝顔が見れただけでも満足よ。


 ずっと見ていたくて、鼻息でエイダンの前髪をファサファサし続けていると、彼は起きたのか「うぅーん」と言ってゆっくりと目を開けた。

 そして念願のピンク色の瞳と目が合うが、私の鼻息の勢いは収まらない。

 無言で見つめ合いながらも、エイダンの前髪はファサファサと動き続ける。


 そこに「ブフーッ」と誰かが吹き出す声が聞こえた。

 声が聞こえた方に視線を向ければ、開いた扉の外でベラが水差しを持ちながら騎士を小突いている所だった。

 

 小突かれても、後ろを向いてプルプルしているのはきっとハリーね。あの白銀の髪が目立つからすぐに分かるわ。

 ハリーは意外と笑い上戸よね、何かとすぐに笑うし。

 あれで騎士とは大丈夫だろうか? いつか不敬罪で処罰されそうね。

 

 はぁーと溜め息を吐いて、ベラ達を見ていると横から「王妃様、大丈夫ですか?」と可愛らしいエイダンの声が聞こえた。

 エイダンの方を見れば、片手ではなく両手で私の右手をしっかり握り、泣いているのか頬を伝って水滴がポトリポトリと落ちて、布団に染みを作っていた。


 「良かった……本当に良かった。もう目の前で、誰かが死ぬのを見るのは……嫌です……」

 

 そう言うとエイダンは自分の両手の上に(ひたい)をのせて、しゃっくりをあげながら泣きじゃくった。

 私は彼を今すぐ抱きしめて、頭を撫でてあげたい気持ちになるが、体を少しでも動かせば激痛が襲ってくる。

 

 なんでこんな時に筋肉痛になるかね。筋肉よりも脂肪が多過ぎるのよ、この体!!

 ほぼ毎日ここに通ってるってハリーが言ってたけど、全然筋肉ついてないじゃない!

 ご飯をあまり食べないでお菓子ばっかり食べてるから、筋肉じゃなくて贅肉ばっかりつくのよ!

 シャーロットは毎回こんな筋肉痛になっても、エイダンに会いに行ってたの?

 そんなまさか。あのシャーロットが根性論で動くわけがない。


 まぁいいわ、分からない事をずっと考えていてもしょうがない。

 もっとポジティブな事を考えましょう。

 そうね……すぐに筋肉痛になるのは若い証拠だわ。

 シャーロットになる前の体では2日後とかに筋肉痛がきて、何の痛みか最初は分からないって事が多々あった。

 そう、今の私は若い!

 多少の無茶ぐらい、いけるんじゃない? 


 「よしっ!」と気合いを入れて、起き上がるために左手と腹筋に力を入れる。


 「イタタタタタッ! フヌーッッ!!」


 激痛の中、気合いで上半身を起こすと、ハァハァと荒い息を吐き一旦休憩する。

 私の声が聞こえたベラは扉を閉めると、すぐに私の近くまで来て水差しをサイドテーブルに置き、テキパキと腰の所にクッションを入れてくれた。


 これで体勢が楽になったわ。


 「ありがとうベラ」


 私がそう言うと、ベラは頭を下げて壁際に移動した。

 視線をエイダンに戻し、もう一度気合いを入れて左手を持ち上げる。


 「フヌーッッ!!」


 そして、痛みの中私は左手をエイダンの頭の上に置いた。

 ビクッとしたエイダンの頭を、私はそのままわしゃわしゃと撫でると、彼はしゃっくりをしたまま顔を上げた。

 

 髪で見えないが、私を見つめているであろうエイダンに「私の右手を放してくれる?」と言った。

 エイダンは首をフルフルと横に振ると、また顔を下げてしまった。


 「違うのよ、エイダン。あなたを抱きしめたいから、右手を放してって言っただけよ。決して嫌だとかそんなんじゃないわ」


 エイダンはその言葉を聞いて驚いたのか「え?」と言って、顔を勢いよく上げた。


 「今は体があんまり動かないから、エイダンがこっちに来てくれる?」


 そう言って私は自分の太ももを(あご)で指し示す。


 「でも……王妃様の服が汚れてしまいます……」

 「服が汚れたら洗えばいいのよ。あっ、私に抱きしめられるの嫌だった? もしかして私臭い?」


 フンフンと鼻を動かして、自分の体臭を確認する。

 倒れる前に絞れるぐらい汗かいた覚えがあるし、あのままなら今の私めっちゃ臭いんじゃない?

 あわわわわ、どうしよう。エイダンに絶対臭いと思われてる!


 一人頭の中でパニックになっていると、エイダンは私の右手を放し、靴を脱いでベッドの上に上がって来た。

 彼は「し、失礼します」と言った後、私の太ももにちょこんとお尻を乗せると、恥ずかしいのかじっと下を向いていた。

 

 あぁー私の太ももがとても幸せです!

 これがエイダンの重み…………いやいやいや、軽すぎだろうがっっ!


 じっとエイダンの体を見ると、シャーロットの記憶で見たエイダンよりも更に痩せている。

 

 どうして? シャーロットは沢山のお菓子をエイダンにあげていたじゃない。

 あの量をほぼ毎日食べていたなら、普通は太るはずなのに、ここまで痩せているなんておかしいでしょ。

 痩せの大食い? いや、そんな馬鹿な。

 

 (むち)の跡だってそうだ。シャーロットはそんな強くエイダンを叩いていない。

 あれはただのパフォーマンスで、本気でエイダンを害する気は彼女にはなかった。 

 

 でも、記憶は途中までしか見ていないので分からない。

 情緒不安定の病んでるシャーロットがやらかしてもおかしくないし、誰か他の人がやった可能性もある。

 

 うーんと悩んでいると、首を傾げながら振り返ったエイダンに「王妃様?」と可愛らしく呼ばれた。

 まぁ、これも後でゆっくり考えよう。頭を使うのはぜーんぶ後よ、後。

 今はこの可愛いエイダンを愛でさしてください!


 私はガバッとエイダンを抱きしめた。

 急に動いたので体に激痛が走るが、気合いで我慢する。

 痛みに耐えていると、腕の中のエイダンも遠慮がちに私を抱きしめ返してきた。

 

 可愛い、可愛い、可愛いー!! と静かに(もだ)えている所で気が付いた。


 そうだ! 今の私って臭かったんだ!


 「エ、エイダン? その……私臭くない? 嫌なら無理しなくていいのよ」

 「王妃様は臭くありません。お花のいい香りがします。王妃様より僕の方が臭いかも……」


 そう言って、私の服をギュッと握った後にエイダンは私から離れようとした。

 それを阻止するように私は彼をギュッと抱きしめると「エイダンは全然臭くないわ。うーん、これはお日様の香りね」と言った。

 

 推しがどんな匂いだろうが私は気にしないが、エイダンは干したてのお布団の匂いがした。

 なんか落ち着く香りだわーとクンクンしていると、ふいにベラと目が合った。

 ベラはにっこりと笑うと頷いた。


 えっ? 何? どういう意味? と思っていると、ベラは自分の服を指差した。


 えっ? 服? 服がどうしたっていうの……あれ? 私の服が変わってる。それに、肌もネチャネチャしたような不快感がないわ。

 

 それに気付いて再びベラを見ると、うんうんと(うなず)いていた。

 

 あぁ、ベラが体を拭いて着替えさしてくれたから臭くないのね。

 ありがとうベラ。あなたのお陰でエイダンに臭いと思われずにすんだわ。


 グッジョブ! という気持ちを込めて、ベラに親指を立てた。

 それを見たベラはぺこりと頭を下げた所で、コンコンとドアをノックする音がした。


 ベラは誰が来るのか分かっていたようで、すぐに扉を開けるとそこにジョージが立っていた。

 ジョージは部屋の中に入って来るなり「王妃様、御加減はいかがですかな?」と笑顔を浮かべて私に言った。


 「筋肉痛が痛いだけで、後は何ともないわ」

 「そうですか。でも、昨日の事もありますし念の為に診させてもらいますよ」

 「分かったわ」

 

 ジョージは私の寝ているベッドに近づくと、エイダンに「殿下、王妃様を診ますので少しばかり離れていただけますか?」と言った。


 それを聞いたエイダンは私から離れようとしたが、私が離さなかった。


 「ジョージ、このままでもいいじゃない。私は今とっっても癒やされているの」

 「そうでございましたか。取りあえず脈を診ましょう。王妃様片腕を出していただけますか?」


 「フヌヌヌヌッ!!」っと痛みに耐えながら右腕を出すと、ジョージは脈拍を測りだした。

 そして少ししてから「王妃様、脈が速すぎます! やはり何か病気の可能性があるかと」と彼は焦った様子で言ってきた。


 あぁー、今エイダンを抱きしめていて心臓がドクドク鳴ってるもんなぁ。

 しょうがない、ジョージの言うとおりエイダンを離すしかないかぁ……このままじゃ病人にされそうだし。


 「ごめんね、エイダン。やっぱり少し離れるわ」


 そう言ってエイダンから手を離すと、彼は慌てて私の上から下りると震える声でジョージに尋ねた。


 「やっぱり……王妃様は、何か悪い病気なのですか?」


 それを聞いたジョージは深刻な顔をしてエイダンから視線を()らした。


 「いや、違う違う! ジョージもそんな深刻そうな顔をしないで! ただエイダンが近くにいると、ちょっと……」


 「ドキドキする」とは恥ずかしくて最後まで言えずに、言葉を(にご)すとエイダンは驚いたように「ぼ、僕が原因の病気なのですか!!」と言った。


 その後急いでベッドを下りたエイダンは「やっぱり僕が汚いからだ。だから王妃様は……」と(つぶや)くと泣き出した。

 泣き出したエイダンを見て私は慌てて「えっ? 違う違う! 違うのよ!」と否定するが、彼は「でも……でも……」と言って泣き止まない。


 「本当に違うの! エイダンが可愛すぎて、近くにいると興奮しちゃうのよー!!」


 そう叫んだ後に気付いた。私がとんでも発言をした事に。

 こんな言い方をしたら、まるで私が変態のようではないか。

 

 「ちが、違うの! いや、違わないけど……言い方を間違えたわ!」と慌てて否定するも、皆口をポカーンと開けて私を見ていた。

 エイダンと目が合うと彼は恥ずかしそうに下を向いた。


 ま、まぁエイダンが泣き止んだのなら、良しとしよう。

 

 「ゴホンッ。先程の発言は忘れなさい。エイダンが可愛いっていうのは大事な所だけど、なんて言えばいいのかしら? 動悸がする的な?」

 「動悸……でございますか? それならば王妃様の体型からして心臓に負担がかかっているか、精神的なものからきているかのどちらかだと思います」

 「そ、そう! 精神的にくるもの! 私のは精神的にくるものよ! だから心配はいりません」

 「精神的なものでしたら、やはり記憶の欠損が王妃様に多大なストレスを与えているのでしょうね」

 「そうね、多分そうだわ。ストレスが原因で変な事も口走ってしまったのよ。では、原因が分かったところで診察はお終いにしましょう」


 誤魔化すように早口でまくし立て、最後に終わりの合図のように手を叩いた。

 そして、襲い来る激痛に耐えながらジョージの判断を待つ。


 「まぁ元気そうですし、頭の傷は今朝消毒したばかりなので、今日のところはいいでしょう。取りあえずゆっくり休んで、早く筋肉痛を治していただかないと。いつまでもこの部屋に居るのはお身体に悪いです」


 そう言われて今更気付いた。ここはまだ塔の上の部屋だという事に。

 辺りを見回すと、ベッドは私が使っているものしかない。


 「ねぇ、ジョージ。私はどれくらい寝ていたの?」

 「ちょうど丸1日ですね」

 「今何時?」

 「午前10時過ぎですが、それがどうかしましたか?」


 って事は、私は丸1日夜もエイダンのベッドを占領していた事になる。


 「と、ところでエイダンはどこで寝たのかしら?」

 「ずっと王妃様の手を握って、早く元気になるようにお祈りしていたんですけど、途中で寝てしまいました」


 なんて良い子なのーー!

 って、感心してる場合ではない。エイダン全然寝てないじゃないの!!


 「エイダンごめんね。私がベッドを占領しちゃったから、全然休めてないでしょ? まだ眠いんじゃない?」

 「僕は1日ぐらい寝なくても平気なので、全然大丈夫です。それに、王妃様が心配でどうせよく眠れなかったでしょうし……」


 なんて良い子なのーー!(2回目)

 私に気を遣って大丈夫って言ったり、私をそんなに心配していてくれたり……エイダンは天使かな?

 あぁー体が痛くなければ、転げ回りたい気分!

 

 フゥー、落ち着け私。

 エイダンに私の残念な部分は見せたくない。


 「そう、心配してくれてありがとう。でも、子供はちゃんと寝なきゃだめよ」

 「はい王妃様、申し訳ありません」

 「エイダン違うのよ。私、別に怒ってないわ。子供のうちによく寝た方が、大きくなるんじゃないかと思って言っただけよ」

 「寝ないと、大きくなれないのですか?」

 「そうね、よく遊んで、よく食べて、よく寝ないと駄目じゃないかしら? ジョージもそう思うでしょう?」

 「そうですね、個人差はあるでしょうが」


 私とジョージの言葉を聞いて、ショックを受けたように後ろに一歩()()ったエイダンは「そんな……早く大きくなりたいのに……」と呟いた。


 私はそんなエイダンを、子供らしくて可愛いわーとほのぼのと眺めていると、ショックから立ち直ったのか、彼は私に「王妃様、僕は寝ようと思います!」と言ってきた。

 その必死さがまた可愛らしくて、つい笑ってしまいそうになったが「ゴホンッ」と咳払いで誤魔化した。


 「エイダンは早く大きくなりたいのね。では、寝る前に食事にしましょう。ベラ、エイダンをお風呂に入れて服も綺麗な物に替えなさい。あぁ、それと髪も整えて。ジョージはエイダンの傷の診察とエイダンが食べれそうな物の手配を」

 「「承知しました」」


 それを聞いたエイダンは困惑してジョージと私の顔を交互に見ていたが、ジョージに手を引かれ歩いて行く。

 エイダンは手を引かれながらずっと私の方を見ていたが、大丈夫という意味を込めてピースサインを彼に向ける。

 エイダンに意味が伝わったかは分からないが、彼は部屋から出るときに私に手を振った。


 部屋の扉が閉まった後、その可愛さに(もだ)えたのは言うまでもない。

 


更新が遅くてすみません。

仕事がめちゃめちゃ忙しかったのです。そして来月は確定申告で忙しくなりそうです。

本当に遅くて申し訳ないです。

後「死神に愛された侯爵」というやつともほんの少しだけですが関係があるので、よければ読んでみて下さい。

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