シャーロットの記憶3
※虐待描写あり
アリステラの葬儀はすぐに行われる事になった。
私はアリステラの事を思い出したくなくて、ずっと部屋に籠もっていたかったが、結局王妃として参加せざるを得なかった。
渋々会場に入ると、アリステラの棺の蓋は閉まっていて、遺体は見えないようになっていた。
通常であれば棺の蓋は開いていて、その中に花を手向けていくのだが、今回はアリステラのあの姿を衆人の目に晒したくなかったイーサンの配慮だろう。
代わりにアリステラの大きな絵姿が飾られていて、その前には献花台が設置されていた。
絵の中のアリステラは満面の笑みを浮かべていて、私が知っている憎らしい顔だった。
それを見ていると、私の脳裏にピクリとも動かなくなったアリステラの姿が浮かび上がる。
またブルブルと震えだした体を自分自身で抱きしめた。
そして、震えている事を誰にも気付かれないように近くの席に腰をおろし、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫、大丈夫。
私は悪くない、悪くない、悪くない。
呪文のように心の中で唱え続けると、少し心が落ち着いてくる。
ふと顔を上げると、イーサンが献花台の前に立っていて、アリステラの絵を見ながら静かに涙を流していた。
一国の王が人の目も気にせずに泣くなんて、彼はどれだけアリステラの事を……。
そう思えば、私の胸はズキリと痛んだ。
『お前はこれで満足か?』
『お前の場所は元はアリステラの物だ』
『お前はいつも俺を苦しめる!』
『俺はアリステラ以外を愛するつもりはない』
イーサンに言われた言葉達が頭の中で反芻する。
胸が苦しくなり、上手く息ができずにハァハァと肩で息をする。
イーサン本人を見れば、先程の場所で片膝をつきアリステラの冥福を祈りながら、彼の閉じた目からは次々と涙が落ち続けていた。
私はただイーサンに愛されたかっただけ。
アリステラへの愛を、少しだけでも私に分けてくれていたら。
アリステラが私を少しでも尊重してくれていたら────過ぎた事を考えても仕方がない。
私はもうアリステラを殺したのだから。
私はゆっくりと息を吐いて、肺いっぱいに息を吸った。
それを何度か繰り返すと、段々と思考がクリアになっていく気がした。
いつまでもグジグジと……せっかく邪魔者を消したというのに、私は何を気弱になっているのだろうか。
きっと、初めて人を殺めた事で気が動転しているんだわ。私ったら嫌ね。
やっとイーサンの心が手に入るというのに、余計な事ばかり考えてしまって。
そう、これからはイーサンは私のものなのよ。
泣き続けるイーサンを眺めながら、私はいつの間にか普通に呼吸ができるようになっていた。
◇◇◇◇
それから毎日イーサンに会いに執務室に行くが、イーサンと会える事はなかった。
部屋の中から「帰れ!」とイーサンに怒鳴られ、私は扉の前で踵を返し、大人しく部屋へ帰る日々が続いていた。
イーサンの冷たい態度はまだ喪が明けていないから、喪が明ければイーサンの態度は変わるものだと楽観視していた私に、その一報は侍女から届けられた。
「王妃様! ビスタ侯爵様のご息女クロエ様が側妃になられるそうです! 1週間後に入宮されると……」
息を切らせた侍女が部屋に入るなり、私に慌てて報告してきた。
それを聞いた私は驚きのあまり思わず立ち上がって、報告してきた侍女を睨みつけた。
「なんですって!! 私は何も聞いていないわ! 陛下がそう決めたというの?」
私の剣幕に怯んだ侍女は、震えながら私の疑問に申し訳なさそうに答えた。
「そ、そうだと思います。そうでなければ側妃になどなれませんし」
その当たり前の答えを聞いて、私は力なく椅子に腰を下ろした。
「そう……そうよね」
イーサンはいったい何を考えているのだろうか。
私がいるにも関わらず、新たに側妃を娶るなんて。
きっと、臣下に何か言われて仕方なくよ。国王に妻が1人じゃ格好がつかないとかそんな理由よ。
そうでなければ、私がいるというのに側妃なんておかしな話よ。
だってイーサンは私だけのものなんだから。
◇◇◇◇
1週間後、アリステラの喪が明けた日に側妃としてクロエが入宮してきた。
明日の晩餐でクロエとは顔を合わせる事になっていたが、彼女は入宮してすぐに手土産を持って私の部屋へやって来た。
クロエの第一印象は地味で大人しそうだった。
アリステラや私の派手な見た目とは違って、彼女は平凡なブラウンの髪に深緑のような色の瞳。
顔もドレスも控えめだが、所作が綺麗なので上品に見えた。
しかし、イーサンの好みではなさそうなので私はホッと胸を撫で下ろした。
この女は殺さずにすむと思ったから。殺すとなると結構手間がかかって面倒くさい。
それに、アリステラとは違って彼女は分をわきまえていた。
クロエは私に軽く挨拶をした後「明日の晩餐を楽しみにしております」と言って、すぐに部屋から退室して行った。
クロエが去った後、彼女の手土産を侍女達は早速開封して次々と整理していった。
私も中身が気になって、その様子をソファに寝そべりながら眺めていると、小粒のダイヤで縁を飾られた大粒のピンクダイヤのネックレスが目についた。
それを見て、ふいにアリステラの瞳を思い出した。
そして、ピンク色の瞳を持つもう1人の人物の事も。
なんとなく気になって、近くに居た侍女に尋ねてみた。
「そういえば陛下の子は、今はどうしているの?」
「半年以上前に、嘆きの塔に居住を移されました。ビスタ侯爵様が言うには、そこが1番アリステラ様と近い場所なので、殿下の心が安まるだろうとの事です」
「ふーん、通りで見かけない訳ね。そうだ、今日はそこでおやつを食べる事にするわ。嘆きの塔がどんな所かは知らないけれど、塔と言うからにはきっと見張らしもいいでしょうし」
侍女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに表情を戻すと「では、すぐに準備させていただきます」と頭を下げて足早に部屋を出て行った。
私は彼女を待つ間、ソファにどっかりと座りアリステラの最後の言葉を思い出していた。
『息子を……よろ……しくね……』
別にアリステラのためではないわ。
ただ……そ、そう、たまたま今日は見晴らしが良い場所でおやつを食べたくなっただけよ。
そのついでに、少し様子を見てくるだけ。
ただ……それだけよ。
◇◇◇◇
嘆きの塔は思ったよりも、遠かった。
宮を出たら少しぐらいは歩くだろうと覚悟していたが、かれこれ15分ぐらい歩いている。
膝がさすがに痛くなってきたので、隣を歩いている騎士に聞いてみた。
「ハァハァ、まだ着かないの?」
「殿下、前方上をご覧下さい。木々の間から塔の天辺がもう見えているので、もうすぐ着きますよ」
騎士は余裕の笑みを浮かべてそう答えた。
私は侍女に顔の汗を拭ってもらいながら上を見ると、確かに塔らしきものが見える。
目的地が見えた事によって、何とか足を動かし塔の下までたどり着く事ができた。
やっと着いたと内心喜んでいると「殿下、ここから長い階段が続きますので、いったんこちらで休憩した方がよろしいかと……」と先程の騎士が私に言ってきた。
私は高い塔を下から見上げながら、これ全部階段で上るの? とギョッとした。
一瞬、どうしてアリステラの息子のために私がここまでしないといけないの! とも思ったが、せっかく時間と体力を使ってここまで来た。
一度様子を見れば、ここにはもう二度と来ることはない。
今ここで帰ったとしても、また同じ事の繰り返しかと思えば、少し休んでから階段を上った方が賢明だと思えた。
「そうね、ここで一度休憩するわ」
私がそう言うと、騎士は頭を下げると私に背を向け、その場に待機した。
侍女はすぐに地面に敷物を敷いて、私が座れるようにしてくれた。
フゥーとそこに腰を下ろすと、気持ちの良い風が吹き抜けていく。
その風を少しの間堪能して、足の痛みがましになったところで私は立ち上がった。
「では、行きましょうか」
◇◇◇◇
ゼハァ、ゼハァと私は荒い息をあげて、やっと階段を上りきった。
もう二度とここに来るのはごめんだわ! と階段に腹をたてながら、顔の汗をハンカチで拭う。
一緒に上ってきた騎士と侍女がそんなに疲れてなさそうな事にも、イライラする。
さっさと子供の様子を確認して、休憩したらもう帰って寝たいわ。
そう思い、私を気遣う周りを無視して「さっさと案内してちょうだい」とイラ立ちをこめた声で指示をする。
最上階にたった一つだけある部屋に通されると、ぼろ切れを着て痩せ細った汚い子供が最上級の礼で私を出迎えた。
なぜ物乞いがこんな所に? とも思ったが、綺麗な姿勢で状態をキープしている事からよく訓練されている事が分かる。
それに珍しい黒髪の子供はアリステラの息子しかいない。
「面を上げなさい」と言うと、アリステラと同じピンク色の瞳と目が合った。
そう……そういう事。
確かにここはアリステラに1番近い場所ね、ビスタ侯爵。
私は持っていた扇で口元を隠すと「楽にしなさい」と彼に言ってから、お菓子が用意されているテーブルの椅子に私は腰掛けた。
私が何をするのか興味津々に、ピンク色の瞳は私を追いかけ続けている。
そして、その視線はテーブルの上のお菓子に固定された。
そうだわ! 良いことを思いついた。
私あのおじさん、アリステラの次に嫌いなのよね。駒の分際で私に指図してきたりして。
娘は無害そうだけど、あの男は少し調子に乗りすぎではないかしら。
だからあなたが言ったとおり、陛下の御子は死なせたりしないわ。
あの男が自分で言ったんだから、邪魔はしていないわよね。
フフフと一人で笑っていると、子供も私につられて笑った。
私はニヤリと笑うと持っていた扇を閉じ、指で近くに来るようにジェスチャーをすれば、子供はパァーと満面の笑みを浮かべて私に駆け寄ってきた。
目の前に立つ彼に「あなた名前はなんていうの?」と問いかければ、「エイダン・アイファと申します」と彼はハッキリした口調で答えた。
まだ小さいと言うのに、彼は優秀なのね。
エイダンはアリステラの子供だが、イーサンの子供でもある。
流石イーサンの子供だわと感心するも、彼のふとした表情がアリステラに良く似ている。
私はフーッと息を吐くと、思いっきり振りかぶって閉じた扇でエイダンの頬を叩いた。
その衝撃で床に倒れ込むエイダンを、私は椅子から立ち上がり見下ろした。
エイダンは叩かれた頬に手をあてて、泣きもせずに私を見上げて言った。
「王妃様、僕は何か間違っていましたか?」
「えぇ、間違っていたわ。私の許可なくヘラヘラと笑っていたでしょう? その顔が母親とそっくりで虫唾が走るわ」
「申し訳ありません」とエイダンは答えるも、亡き母親と似ていると言われたのが嬉しかったのか口元がにやけていた。
「まだ笑うか! 鞭を持ってきなさい! エイダンは上着を脱ぎ、背中をこちらに向けなさい! この私が直々に躾をしてあげるわ」
侍女が鞭を持ってくるまでにエイダンは上着を脱ぎ、これからされる事が分かっているというのに泣きもせず、私に背中を向け静かに座っていた。
数回鞭で叩いた所で、私はまた椅子に座り紅茶で喉を潤した所で、お菓子を一つ口に放り込んだ。
その横で、エイダンが静かに服を着ている様子を私はチラリと盗み見る。
ふーん、本当に優秀な子。
ここで泣いたら酷くなる事を理解しているから、必死に涙を堪えているわ。
私は紅茶を飲み干すと、席を立ちエイダンの背中に向けて言った。
「私はもうお腹いっぱいだから、エイダンあなたが残りを全て処理しなさい。残したら許さないわよ」
エイダンはそれを聞いて、こちらに振り向くと潤んだ瞳で驚いた表情をしていた。
「王妃様、いいのですか?」
「いいも何も、もうお腹がいっぱいなの。私はあなたに残飯処理を頼んでいるの」
ツンとすましてそう言えば、エイダンは顔をくしゃくしゃにしたかと思えば下を向き、肩を震わせていた。
「はい……はい、王妃様。ありがとうございます……」
本人は泣いているのを隠しているつもりだが、途切れ途切れの震えた声で泣いているのが丸分かりだ。
私はフッと笑うと、エイダンに背を向け部屋を後にした。
部屋を出ればすぐにあの階段が見えたので、帰りの事を思えばげんなりしたが、気分はそこまで悪くない。
私は近くにいる侍女に「後であの子の手当てをしてやりなさい。無理そうなら医者を呼んでもいいわ」と指示をだし、人に感謝されたのはいつぶりだろうかと考えていた。
エイダンに普通にお菓子をあげても良かったが、この私が何もなくお菓子を与えれば、きっとビスタ侯爵に警戒され邪魔される事は目に見えている。
そのため鞭で少し叩けば、また私の癇癪だと勝手に思うだろう。
私とアリステラの因縁もある。アリステラがいなくなった事で、その子供に当たっていると思われれば好都合だ。
あの男は計画が上手くいっていないと知った時、いったいどんな面白い顔をしてくれるのかしら。
今から楽しみだわ。
新しい玩具を手に入れた子供のように、ウキウキとした私の足取りは軽かった。
しかしそれは気のせいだったようで、階段を下りきった所でまた私の膝が悲鳴をあげた。
私は階段の上を見ながら、これは毎日通うのは無理ねと苦笑いを浮かべた。
案の定次の日から激しい筋肉痛に見舞われ、3日程ベッドの上から動く事ができなかった。
本当に更新が遅くなってしまって申し訳ないです。
仕事が忙しすぎて、睡眠を優先してしまい中々続きを書けませんでした。
でも、ブックマークや評価をしていただいた事が嬉しくて、書く気力をいただいています。ありがとうございます。
シャーロットの記憶はここで終わり、次回からやっと主人公の視点になります。