神の手のひらで
「現在の罪では皇帝が来訪されるなら、殿下はすでに釈放されているはずです。それなのに釈放されないのは、それまでにエイダン殿下を亡き者にしようとしているからだと思われます」
やっぱりそうか……貴族派はこの1週間以内、いや私を処刑する日を含めたら2、3日の間にエイダンを絶対に殺すつもりなのだ。
物語の強制力がなんぼのもんじゃい!!
私を殺すためだけにあんな可愛いエイダンを殺そうとする世界なんて、私がぶち壊してやりたい気分だわ。
あぁ……そうか。
だから世界はエイダンを殺すのか。
私をこんな気持ちにさせるために。
そして私はきっとどうせ散る命ならと、最後にこの世界を秘術を使って呪うだろう。
なんて悪趣味な神なんだ……。
とりあえずまだ事は起こっていないのだから、落ち着いて冷静にならなきゃ。
エイダンと私が生き残れる最善の方法を今は考えなくちゃいけない。
でも今の私に一体何ができる?
考えろ…… 考えろ……。
考えたいのに、なんだか頭がぼーっとして何も考えられない。
どうして? どうして? どうして?
私が混乱していると、今度は胃の中の物が口に上がってきた。
私はたまらず後ろを向いてハリーに見えない様にすると、ベッドの下に口の中の物を吐き出した。
「殿下! 大丈夫ですか!?」
ハリーの慌てた声が聞こえるが、今はそれに答えている余裕はない。
「殿下少しお待ち下さい! 今、人を呼んで来ます!」
ハリーはそう言って、バタバタと走り去って行った。
私はそれを横目でチラリと確認した後、もう一度吐いた。
気持ち悪い……気持ち悪いのに喉がひどく渇く。
私は隣に置いていたコップの水を一気に飲み干した。
でも、まだ足りない。
「み、みじゅ……」
声を出した事で気付いた。
舌も思うように動かせない。
その事に驚いていると、今度は手が震えだし持っていたコップを落としてしまった。
な、何?
一体私の体はどうしたっていうの?
そう思っている間にも症状はどんどん悪化していく。
今度は足も痙攣しだし、座っていることもできずに私はベッドに横になった。
朦朧としてきた意識の中で、自分は毒を盛られたんじゃないかと思った。
こんな急激な体調の悪化なんて、さっきの食事に毒が入っていたとしか思えなかったからだ。
えっ、私死ぬの?
そう考えたらとても怖くなった。
恐怖なのか痙攣なのかは分からないが、体はガタガタと震え続けた。
異世界怖すぎ……こんな簡単に人を殺そうとするなんて。
即効性の毒ではない事が、幸運なのか不幸なのか。
動かない体で天井を見上げながら、自分はこんな所で死にたくないと強く思った。
神はこのわずかに残された時間で私が世界を呪うと思った?
いいえ、呪わないわ。だって私は絶対生きてやるから!!
何か……何かないか。絶対にあるはず、私が助かる方法が。
朦朧とする意識の中、気力だけで必死に考え続ける。
そうだ! 炭!
とりあえず炭をかじろう!
私は震える手でゆっくりとポケットから木炭を取り出し、かじりつく。
しかし、上手く飲み込めない。
飲み込むのよ、私!
飲み込まなきゃ死ぬのよ!
そう自分を鼓舞し、頭の中にレモンを思い浮かべて必死に唾液をだした。
なんとか木炭を全部食べ終え、吐き気がするがそれを必死に押さえる。
吐いたらダメ、吐いたらダメ。
吐いたら死ぬ、吐いたら死ぬ。
目を閉じて呪文のように言葉を繰り返す。
視線を感じてふっと目を開けると、そこにいるはずのないモノが見えた。
天井にまで届きそうな大きな体に、「それ」が着ているボロボロのローブの隙間から漆黒の黒色の肌が見えた。そして手には大きな鎌を持っていた。
私は「それ」を知っている。
「死神」ってやつだ。
まさか本当にいるなんてね。初めて見たわ。
もう私は死んでしまうのだろうか?
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
だって私はまだ生きてやらなきゃならない事がある!
強い心を持って私。
霊能者が書いた本に書いてあったじゃない。
霊なんかよりも生きてる人間の方が強いって。
強い心が悪いものを退散させるって。
生きたいって強く願うのよ私。
生きたい、生きたい、生きたい!!
私は死神に向かって、力を振り絞って右手の中指を立てた。
「帰れ……クソヤロー……」
そう笑って言ってやったら、死神の姿はスゥーと消えた。
そして、バタバタとこちらに向かってくる複数人の足音を聞いて私は安心した。
これで助かると。
安心したら瞼が途端に重くなった。
あぁーもう無理かも。
出来るだけ早く起きるのよ私。
そして私は意識を手放した。
やっと「死神に愛された侯爵」と繋げる事ができました。一番書きたかった所をやっと書けて嬉しいです。ブックマーク、評価、いいねをいつもありがとうございます(∩´∀`∩)