夢の中は最高です 2
勢い良く飛び出したものの、扉を開けて部屋の外に出ればすぐに呼び止められた。
「殿下、そんなに慌ててどちらに行かれるのですか?」
後ろを振り向けば、これまた中性的なイケメンさんが笑顔で立っていた。
白銀の長い髪を後ろに束ねて、少し垂れ目で紫色の瞳を持つ彼は柔らかい雰囲気をまとっていた。
中性的な顔だが、軍服の上からでもがっしりとした体躯は男性特有のものだと分かる。
夢の中とはいえ、小説にでてこないイケメンまでも作りだすとは……私のイケメン欲が怖い。
このイケメンさんは軍服を着ていて、帯剣しているから騎士か何かかな? と思いつつ先程の質問に素直に答える。
「嘆きの塔よ。エイダンに会いに行くの」
あっ、初対面の人にタメ語で喋っちゃった。
なーんかこの人、気安い雰囲気があるから思わず気軽に喋ってしまったけど……まぁいいか。
どうせ夢の中だし、夢の中では王妃様らしいし。私って権力欲もあったのかしら?
「跪きなさい」なんてね。確かに人生で一度は言ってみたいかも。
そんなくだらない事を考えながら、チラッとイケメンさんを見れば少し驚いた様子だった。
えっ、もしかして私のくだらない願望を声にだしてた?
聞かれていたなら恥ずかしいとゴクリとつばを飲み込み、イケメンさんをガン見していると、私の視線に気付いた彼は顔に笑みを作った。
「そうでしたか。てっきりまた陛下の執務室に行くのかと思いましたよ。嘆きの塔までは私が護衛させて戴きます。いつものセットもご用意致しましょうか?」
セーフ! 聞かれてなかったー!!
それにしても「また」って何? 「また」って。
シャーロットは「また」って言われるぐらい、頻繁にイーサンに会いに行ってたの?
私の想像力半端ないわー。小説に書かれていない細かな事まで、想像力で補うなんて私ってもしかして天才?
天才の力よ、いつものセットとは何ぞや?
……。
……。
……これは聞いた方が早そうね。
「いつものセットって何?」
「殿下、私を試していらっしゃるのですか? 聞いた私が愚かでした。すぐに手配致します」
そう言って私に頭を下げたイケメンさんは、近くにいたもう1人の騎士さんに何かを話していた。
こっちの騎士さんはイケメンじゃないのね。筋肉ムキムキのゴリマッチョで、盗賊顔って言葉がしっくりくるような厳つい顔だわ。
私のイケメン欲は、全員をイケメンにするだけの力はないのね……もしかして、自分では気付いていないだけで、ゴリマッチョも実は私の好みなのかも。
そんな事を考えている間に2人は話し終えたのか、ゴリマッチョは急ぎ足でどこかへ行き、イケメンさんは私の元へ戻ってきた。
「お待たせ致しました。ご用意するのに少々時間がかかりますので、塔の方で先に準備させておきます」
「分かったわ。で、いつものセットって何?」
「ハハハ、殿下お戯れはよして下さい。大丈夫です。心配せずとも、ちゃんと手配させましたから」
別に戯れてないわよ。
まぁ、塔に用意してくれるらしいから行けば分かるか。
よしっ、出鼻を挫かれたけれど、今度こそエイダンに会いに行くわよ!
意気揚々と歩き始めた私の後ろを、イケメンさんが付いて来る。
私、今護衛されてるわ。夢の中だから危険なんてないんだけど、私に護衛が付くなんて、本当に要人にでもなった気分ね。
それに、行く端々で皆が私に頭を下げていく。
現実では私が頭をペコペコ下げる立場だから、何だか変な感じだけど、王妃様になるのも案外悪くないわね。
王妃様気分を満喫していると、後ろからイケメンさんがおずおずと話しかけてきた。
「殿下、無礼を承知で申し上げます。このまま行けば、陛下の執務室になりますが……本当に塔に向かわれているのですか?」
えっ!? そうなの!?
夢だから適当に歩いていても、普通に塔に着くもんだと思ってたわ。
夢をなめてたわー。
「あ、あらそうだったかしら? こっちだと思ったけれど違ったようね、オホホホホホ」
笑って誤魔化そうとしたが、イケメンさんは疑いの眼差しを私に向けている。
しょうが無いという感じでイケメンさんはフゥーと息を吐くと、彼は腰を折り「では僭越ながら、私が塔までご案内させて戴きます」と言った。
「えぇ、ぜひお願いするわ」
私が笑顔でそう言うと、イケメンさんは私の前を歩きだした。
良かったー。塔までの道なんて私知らないし、イケメンは空気まで読めるのね。
夢の中だから、私がそうするように望んでるだけでしょうけど。
それにしても、この人に私の想像力は名前なんてつけてるのかな?
「あなたの名前は何ていうの?」
「ハリー・タカログと申します。殿下の護衛を務めてもう7年になります」
イケメンさんにも名前あったー!
しかも、シャーロットの護衛をして7年目って設定まであった。
ベラは名前で呼んで欲しいって言ってたから、ハリーも名前で呼べばいいのかな?
「あなたの事はハリーと呼べばいいの?」
気軽に聞いてみたが、ハリーは驚いた顔をして歩みを止めた。
「えっ? 何? 駄目だった?」
「い、いえ大丈夫です。ハリーとお呼び下さい。ただ……殿下の護衛を務めてから1度も名前を呼ばれた事がないので、その……驚いてしまって、申し訳ありません」
そう言ってハリーは一礼して、また前を向くと歩きだした。
なんか気まずい雰囲気になったけど、こんな現実さ別に求めてないから!
もし仮に、ハリーは小説で描かれてないシャーロットの護衛だったとして、7年もハリーの名前を知らなかったのはシャーロットであり、私は悪くない!
私が夢でそんな不憫な設定にしたのなら……ハリーすまん。
なんか今日の夢はいつもと違って、細かい設定が多いんだよね。
私の無意識の想像だから全て把握できないし……あぁーもう、夢って本当に意味が分からない。
早くエイダンに会って、早く起きよう!
そのまま2人で無言で歩き続け、やっと宮の外へ出た時、私の足裏に痛みが走った。
「痛っ!」っと思わず声にだせば、それを聞いたハリーは血相を変えて、私の周りを警戒し始めた。
「殿下! 大丈夫ですか? 私の側を離れないで下さい!」
私を背に庇いつつ、気遣ってくれるハリー。
「人の気配はしなかったのに、かなりの実力者が近くにいるのか?」
ハリーは1人では対処できないと思ったのか、人を呼ぶための笛を懐から取り出した。
「ち、違うのよハリー! 敵はいないから、その笛を吹くのはやめて!」
「しかし……」
「恥ずかしいから呼ばないで! ただ……靴を忘れただけだから」
「はい?」
「慌てて部屋を出たから、靴を履くのを忘れてたの! 小石を踏んだ痛みで、今気付いたのよ……」
私は恥ずかしすぎて、声が尻すぼみしてしまった。
きっと顔も真っ赤になっているんだけど、それは仮面のおかげで見えない。
仮面をつけていて良かったと初めて思った。
建物内の歩く場所はどこも絨毯が敷かれていたので、自分が靴を履いていないなんて全く気付かなかった。
素足で小石を踏むだけでこんなに痛いのね。靴って大事!
警戒を解いたハリーは、私から顔を背け、肩がもの凄く震えていた。
「気を遣わなくていいわよ。笑いたきゃ笑いなさいよ。こういう時は逆に笑われた方が気が楽だわ」
「ゴホッ、ゴホッ。では、遠慮なく……って、笑えませんよ! 不敬罪で死にたくないですし」
そう言ってハリーは何かを探すように辺りを見回して、目当てのものが見つからなかったのか「はぁー」とため息をついた。
「仕方ない、これも鍛錬だ。頑張れ俺!」
ハリーは何やら独り言を言った後、気合いを入れていた。
何をするつもりなのかと眺めていると、ハリーは「失礼致します」と言うと私を持ち上げた。
ビックリして、思わず近くにあったものに掴まると、ハリーの首に抱きつく形になった。
これっていわゆるお姫様抱っこってやつ?
なんて素敵なの! 初めてのお姫様抱っこをイケメンにされるなんて、胸がときめくー!
それにイケメンの顔が間近にあるのよ! あぁ、なんて綺麗なの……最早芸術品。
毛穴なんてなさそうな陶器のようなお肌に汗が垂れていても、それすらも作品の一部と言っても過言ではないわ。
ん? なんかハリーの顔が段々苦悶の表情になってきてない?
顔も火照っていて息遣いも荒いし、なんだかイケナイ気分に……駄目、ダメダメ。私にはエイダンという最推しがいるんだから、こんな所で浮気心は駄目よ。
頭を振って、視線を下げた所で私は気付いてしまった。
なんか私の腕太くない?
慌ててお腹辺りに視線を移すと仰天した。
「えっ、なんか私めっちゃ太くない!? ドレスがものすっごくピチピチなんですけど!」
「まぁ、少しふくよかではありますね。殿下が仮面をつけていようが、一目見ればすぐに殿下だと分かりますし」
「ふくよか所ではないと思うけど……重くない?」
「まぁ、重いか軽いかで聞かれれば前者ですが、これも鍛錬だと思えばどうって事ありません」
ハリーは笑顔で答えているけど、汗ヤバいから! 絶対重いでしょ!
鍛錬とか言っちゃってるし、ずっと苦しそうな表情してるじゃん!
小説の中のシャーロットは痩せこけていたはずなのに、どうして今はこんなに太っているの?
無意識にシャーロットが痩せていて可哀想だから、太らしてあげようとでも考えたのかな?
いや、それにしても太らせすぎでしょ!
なんかいつもより体が重く感じるなぁーとは思ってたけど、なぜ今まで気付かなかった自分!
自分でさえ重いんだから、ハリーはもっと重く感じるはず。早く降りなきゃ。
「ハリー、裸足でも大丈夫だから降ろして」
「それはできません。大事な御身に怪我でもしたら私の首が飛びます。物理的に……」
「で、でも……」
「大丈夫です。殿下一人持ち上げられずに、護衛騎士は務まりませんので」
「ありがとう、ハリー。ごめんなさい、私が靴を忘れなければ、貴方にこんな無理させる事はなかったのに……」
「いえ、そのお言葉だけで充分です。殿下の護衛を務めてから、初めてお礼を言われましたから」
しんどいはずなのに、無理矢理笑顔を作って私を気遣ってくれるなんて、ハリーは性格までイケメンかよ。
ハリー、もう少しだけ頑張って。今すぐ私の想像力で靴を出してみせるから。
想像力さんお願い! 私の靴を出して!
……。
……。
もしかして、声に出さなきゃダメとか?
息を思いっきり吸って「出でよ、私の靴ーー!!」と叫んでみた。
思ったよりもデカい声がでたな。なんかエコーみたいに「くつー」「くつー」って聞こえるし。
あっ、ハリーの鼓膜は大丈夫?
ハリーの顔を見れば、私を見て固まっていた。
「ごめんね。驚いたでしょ? 私も思ったより大きい声がでて、自分でも驚いてるから……」
「い、いえ大丈夫です。ただ今日の殿下はいつもと違う事が多すぎて、混乱しております」
「大丈夫、大丈夫気にしない。どうせ考えても分かんないから、夢の「殿下ー!!」」
呼ばれた気がして声がした方を見れば、ベラが小走りでこちらに向かっていた。
ベラは私の元へ着くなり「殿下、靴をお持ちしました」と言った。
あぁ、やっぱり声に出さなきゃいけなかったのね。
さて、これで自分で歩けるし、ハリーの負担が減るわ。
「ありがとう」と言って靴を受け取ろうとすると、ベラは「失礼致します」と言って私にささっと靴を履かせてくれた。
ベラが靴を履かせてくれてる間、顔を背けてくれていたハリーの肩をポンポンと叩いた。
「もう降ろして大丈夫よ。ありがとう、ハリー」
私がそう言うと、ハリーは私を降ろして一礼した。
その時、ハリーの腕がプルプルしていたのが見えた。
ハリー、やっぱり全然大丈夫じゃなかったじゃない。腕大丈夫かな?
まぁ、この先は自分で歩くし敵もでてこないから、ハリーはちょっと休憩してなさい。
ハリーを温かい眼差しで見ていると、初老の男性が私の前に現れた。
彼は一礼すると「殿下、お加減いかがですか? って聞かずとも、先程の大声を聞いて体が元気なのは良く分かりました」と言ってホッホッホと笑った。
「あなたは誰?」と聞くと彼は困った顔をした。
「私は侍医のジョージ・グスパと申します。私を忘れるとは殿下の侍女に聞いた通り、記憶が所々欠損しているか、もしくは全ての記憶が無くなっている可能性がありますね……」
「やはりそうですよね。あれだけ慕っていた陛下をエイダン殿下と間違えたり、鞭打ちが趣味みたいな殿下が、無礼な事をしても全く怒らない。更には、私に敬語を使いお礼まで言われるのです。こんな殿下はおかしいです!」
「確かに、先程も塔に向かわれると言って道が分からないようでした。ほぼ毎日通われていて、道が分からないはずがないのに。他にもおかしいと思う事が色々あります」
2人共よく驚いた顔をしているなと思ったら、普段のシャーロットと違いすぎて驚いていたのか。
芸が細かいねー想像力さん。
それに、普段のシャーロットなんて全然知らないのに、稀代の悪女から連想したのかシャーロットの趣味を鞭打ちにするなんて。
まぁ確かに人を呪い殺すぐらいだから、日頃から鞭を振るっていても何ら違和感ないしね。
「うーん、やはり頭を強く打った事が原因でしょう。殿下、詳しく診察しますのでお部屋へ帰りましょう」
えっ? 何を言ってるのこの人は。
「そうですよ殿下。早く診てもらった方がいいです」
ハリーまで何を言ってるの? 折角ここまで来たのに、ここで帰ったらあなたの頑張りが全て無駄になるのよ!
「殿下、さぁ帰りましょう」
そう言ってベラは私の肩を支えたが、このままでは部屋に戻されると思った私は、ベラの手を強く払った。
「嫌よ! 私はエイダンに会いにここまで来たの! 折角来たのにエイダンに会わずに帰るなんて嫌っ! 診察なら塔に行ってからでもいいでしょ」
キッとジョージを睨むと、ジョージはホホッと笑って「では、そのように致しましょう」と言った。
ベラ達は心配そうに私を見ていたが、ジョージが良いと言っているので渋々承諾したようだった。
やったー、良かったー。ワガママも言ってみるもんね。
やっとエイダンに会えると思ってたのに、ここでスタート地点に戻るなんてありえない!
夢のくせに私の邪魔をしないでよね。
塔はもう見えてるし、もうすぐよ。もうすぐエイダンに会える。
幼少期のエイダンはどんな姿なのかしら。きっと天使のように可愛いに違いない!
私が期待に胸を膨らませていると「殿下、それでは急ぎましょう」とジョージは言って、先頭を切って足早に塔に向かった。
ま、待って。私も早く行きたいんだけど、体が重くてそんなに早く歩けないわ。
私はゼハァ、ゼハァと早々に息を切らし、ベラに支えてもらいながら再び塔を目指した。