表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

閑話 エイダン・アイファ 前編

お待たせしました。

 王妃様が連れて行かれた後、俺は知らない騎士に抱えられたまま王宮の一室に連れて来られた。

 今はふかふかのソファに座り、お菓子が沢山置かれているテーブルの上に紅茶が用意されているところだ。

 する事もないので侍女が紅茶を入れている手元をじっと眺めていたら、時折その侍女から視線を感じた。

 多分俺の今までの状況を聞いて、可哀想とでも思っているんだろうな。

 

 今さらそんな感情いらないんだけど。

 今の俺にとってはわずわしいだけの感情でも、今までの環境のせいで頭はすぐにそれを利用する事だけを考える。



 俺は外に出られたらずっと調べてみたい事があった。

 先ずはジゼルを殺した犯人について。それが母上の不審な死について繋がっている気がするから……当時の記憶は朧気(おぼろげ)だけど、母上は病死ではない気がする。ただの勘でしかないが、これから俺の気が済むまで調べてみようと思っている。


 ジゼルの事件にビスタ侯爵が関わっているのは間違いないと思う。

 俺を塔に閉じ込めたのがビスタ侯爵だから。

 「母上に一番近い場所」だって?

 当時の俺は馬鹿だったよ。人を疑う事も知らなくてさ……。


 最初は俺も王妃様が母上を殺したのではないかと疑っていた。

 そして俺を塔に閉じ込めたのも……。


 母上はいつも言っていた。


 「あの女には絶対に近づかないで! あの女は悪魔なの!」


 あの日王妃様に出会うまでは、俺は王妃様の事をよく知りもしないのにとても恐ろしい人だと思っていた。

 だから最初は俺を塔に閉じ込めた後、俺を餓死させるか、直接手を下すか、王妃様の気分次第で殺されるものだと思っていた。


 初めて王妃様と対面したあの日、お腹が空きすぎて回らない頭でも、ついに殺される日が来たんだとすぐに考えられた。

 辛い日々がやっと終わると思う反面、ずっと死にたいと思っていたはずなのに急に『死にたくない』という気持ちが湧き上がってきた。

 そう思ったとたん、恐怖で体が震え始めた。

 本能が『生きたい』と訴えかけてくるが、俺はそれを理性で無理矢理抑えつける。


 自分の最後に不様(ぶざま)な様は見せたくなくて、俺は最上級の礼で王妃様を迎えた。

 これは王族として生まれた俺の最後の意地だった。


 王妃様からの視線は感じた後「楽にしなさい」と言われて、すぐに殺されるもんだと思っていた俺は拍子抜けした。

 それでも視線だけは王妃様を追い続けた。


 王妃様が優雅に座ったテーブルの上には大量のお菓子が用意されていて、ジゼルが亡くなってからほとんど何も食べていない俺の視線は、いつのまにかお菓子に釘付けになっていた。


 良い匂いがするがあれはどんな味なんだろうかと、今の状況なんて忘れてお菓子に思いをはせる。


 「フフフ」と笑う王妃様の笑い声で我に返り、俺もそれにつられて笑ってしまった。

 すると王妃様は近くに来るように手招きしたので、お菓子でもくれるのかと嬉しくなり王妃様にすぐに駆け寄った。


 「あなたの名前はなんて言うの?」

 

 王妃様が突然俺の名を聞いてきてので反射的に「エイダン・アイファと申します」と答えたが、俺の中で疑問が湧き上がる。


 なぜ、王妃様は俺の名を知らないんだ?

 塔に閉じ込めて俺を殺したいぐらい憎いはずなのに……。


 そんな思考に没頭していると急に左頬に衝撃が走り、俺はその勢いのまま床に倒れ込んだ。

 俺は何が起きたか分からず、そんなに痛くない頬に手をあて王妃様を見上げた。


 なぜいきなり叩かれたのかは分からないが、俺が何か粗相をしたのだと思い「王妃様、僕が何か間違っていましたか?」と素直に聞いてみた。


 「えぇ、間違っていたわ。私の許可無くヘラヘラ笑っていたでしょう? その顔が母親とそっくりで虫唾が走るわ」


 そんな理不尽なとも思ったが、すぐに「申し訳ありません」と謝罪した。


 でも、俺の笑った顔が母上に似ているなんて初めて言われた。

 それが嬉しくてつい笑ってしまった。


 俺がまた笑っているのを見て怒った王妃様は、鞭を持ってくるように侍女に言い、俺は上着を脱いで王妃様に背中を向けて座った。


 ついに王妃様に殺されるんだと思った。

 俺を油断させておいて、意味の分からない理由をつけて殺すのか。

 そうか、罪状がないと殺せないもんな。俺の罪はなんだ?

 笑顔禁止罪か? それとも、母上に顔が似ている罪か? ははっ、くだらない……。

 まぁ、こんなクソみたいな所にずっと居るより、母上に会えるのならいいかと腹をくくった。


 

 王妃様が鞭を振り上げた時、衝撃に耐えるように目を瞑り、体に力をいれた。


 「パァァーーン」と良い音がしたが、思ったより痛くなかった。

 いつもメイに叩かれている方が何倍も痛い。

 失敗したのかな? と思い次の衝撃に備えるが、次も痛くなかった。

 その後何回か叩かれたが、それほど痛くなかった。

 いつもだったら途中で気絶するぐらいの痛さなのに、どういう事だ?


 王妃様は疲れたのか、鞭を侍女に渡すと椅子に座ってティータイムを始めた。


 もう終わりかと思って、俺は上着を着るが頭の中は疑問だらけだ。

 王妃様は俺を殺そうとしてるんだよな?

 なのに、手加減して鞭を打っているのなぜだ?

 殺気だって全然ないし、なんならメイの方が俺が死んでも構わないぐらい鞭を打ってくる。

 

 もしかして王妃様は俺を殺そうとは思っていない?


 その考えに辿り着くと、少し気が抜けて泣きそうになった。

 

 そうしている間に王妃様は紅茶を飲み終え、席を立つともう用はないとばかりに出口に向かって歩き出した。


 俺とすれ違った後「私はもうお腹いっぱいだから、エイダンあなたが残りを全て処理しなさい。残したら許さないわよ」と言った。


 俺は驚いて「王妃様、いいのですか?」と振り返って聞いた。

 すると王妃様は「いいも何も、もうお腹がいっぱいなの。私はあなたに残飯処理を頼んでいるの」とワザとらしく言ってきた。


 王妃様と目が合うと、王妃様の目は優しく俺を見ていた。

 母上やジゼルが死んでから俺に向けられた事のなかった眼差しだった。


 王妃様がお菓子を残すはずがないのに……俺のために……。

 やっぱり王妃様は俺を殺す気なんてないんだ……。

 王妃様はここに来てから俺の現状を把握し、俺に……俺に生きろって言っているのかな。


 そう思うと同時に緊張が解け、涙が溢れた。

 泣いているかっこ悪い所なんて見られたくなくて、咄嗟に下を向いた。


 「はい……はい、王妃様。ありがとうございます」


 なんとかそれだけ言えた。


 王妃様が出て行った後、テーブルの上にあるクッキーを1枚とり、一口(かじ)った。

 サクサクとした食感の後口の中に甘さが広がり、久しぶりの味にまた涙がこぼれた。

 王妃様は敵じゃない。

 味方かと言われるとまだ分からないし、もしかしたら気まぐれの優しさかもしれない。

 でも、俺にとっては一筋の光だった。

 

 その後メイが来て「毒が入っている」という理由で全部捨てられてしまったが、あの一口でその時の俺はお腹がいっぱいになったので別にかまわなかった。


 王妃様の訪問はそれから何度も続いた。

 毎回鞭で軽く打ってから、俺に大量のお菓子を下げ渡して出て行く。

 

 こんな事を何回もされたら、もう確信に変わる。

 王妃様は味方だって。

 だから俺の本当の敵が誰だったのかを気付く事ができた。

 

 王妃様には感謝している。

 けど、そんな命の恩人を俺のやりたい事のために利用しようと考えている。

 本当の俺は悪い子なんだ……。

 

 ただ、昨日王妃様に言った言葉は本心だった。

 王妃様がいきなり抱きしめてきて「生きていてくれて、ありがとう」とか言うから、驚いて思わず話してしまった。

 今思えばあんなに泣いてしまって恥ずかしい……。

 

 うん、この記憶は忘れよう。


 そんな事を紅茶を飲みながら思い出していると、父上が慌てて部屋に入ってきた。

 俺と目が合うなり駆け寄ってきて、いきなり抱きしめられた。

 

 「エイダン……もう大丈夫だ。これからはこの王宮で暮らすといい」


 はっ? この人はいったい何を言っているんだ?

 ビスタ侯爵があの塔に俺を閉じ込めとはいえ、王妃様でさえ俺をあの塔から出せなかったんだ。

 出してもらったと思えば王妃様は拘束されてしまった。

 なら王妃様より上の権力、全部……全部父上のせいじゃないか!!

 それなのに父上はそれを忘れたっていうのか?


 今までの3年間の出来事が一気に頭の中を駆け巡り、頭がカッと熱くなった。

 俺は力いっぱい目の前の父上の肩を押した。

 子供の力で目一杯押したところで、父上はビクともしなかった。

 

 「ふざけるな……ふざけるなよっ!! 何がもう大丈夫なんだ、何が王宮で暮らすといいだっ!! 僕を追い出したのは貴方じゃないか!!」


 今味方が少ない現状で父上を味方にする方が得策だと頭では分かっている。

 でも、感情を抑える事なんてできない。


 「ごめん。ごめん、エイダン。あの時はそうする事が最善だと思ったんだ……」


 弱々しくそう語る父上を睨みつける俺の顔に、上からポタリ、ポタリと水滴が次々と落ちてくる。 

 

 「────今更なんだよ。泣いて謝られたって許せるもんかっ! 貴方が僕を捨てたから、ジゼルだって死んだんじゃないかっ! 今更父親面しないで下さい!! 」

 「そんなつもりは……」

 

 そう言いよどむ父上の腕の中から俺は抜け出した。


 「僕を生かしてくれていたのは王妃様です。貴方じゃない。それに僕がどうなろうと興味などないでしょ?」

 「そんな事はない」

 「はっ、嘘はいいですよ。3年間も僕を放置してたくせに、よく言えますね。父上の興味は今も昔も母上だけでしょ?」

 「違うんだ、エイダン! それには訳が───」

 「その訳に興味がないのでもういいですよ。それより父上、早く王妃様の拘束を解いて下さい」

 「それはできない」

 「なぜです? 僕は王妃様に虐待などされていないのに?」

 「エイダン、お前は王妃に洗脳されているんだ。王妃にそう言えと言われたんだろ?」

 「父上、何を言って……」

 「ビスタ卿が言っていたんだ。エイダンは王妃に洗脳されているから、王妃が不利になる発言はしないとね。なんなら王妃の無罪を主張するだろうって。まさか、ビスタ卿の言うとおりになるなんて……」

 「洗脳なんてされていません! 僕は事実しか言ってない!」

 「分かっている。安心しろ、ここにお前の敵はいない。だから本当の事を言ってくれ」


 狂ってる……父上は狂ってるよ。

 俺は本当の事しか言っていないのに、俺が嘘をついているみたいに言うなんて。 


 「父上はやっぱり僕の事になんてどうでもいいんでしょ? 本当の事をいっても信じて貰えないし、あの塔からも出してくれない。中でどんな事が起こっていたなんて知らないくせに!」

 「あぁ、中でどんな事があったのかは後で聞こう。だが今は体をゆっくり休める事が先だ。誰か! エイダンをグスパ医師に診せてくれ」


 もういい。今の父上に何を言ってもきっと無駄だ。 でも、グスパ医師なら俺が洗脳されていないって分かってくれるはずだ。


 俺は大人しくグスパ医師が来るのを待つことにした。


長かったので前編、後編分けました。1年で2回も転職したら大変すぎました。やっと慣れてきたので更新を頑張りたいと思います。久しぶりに書いたら眼精疲労がやばすぎて、目の痙攣が止まらなくて、またおきたら少し休むかもしれないですが……。ブックマーク、評価、いいねをいただけましたら、とてもやる気がでるのでよろしくお願いします! 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ