貴族派と王族派
お待たせしてしまいすみません<(_ _)>
「はぁー、さっきぶつけた所が痛い。あっ、やっぱり痣になってるじゃない! どうりでずっと痛いと思った。あいつらー、ここから出たら覚えとけよ!」
私はあの後、地下に連行され武骨な牢屋に放り込まれた。
その時に倒れた衝撃で肩をぶつけたが、痛いという間もなく彼らはすぐに鍵をかけると何処かへ行ってしまった。
はぁーとため息をつき、取りあえず今の状況の確認と情報の整理をする事にした。
それにしてもここって、前にシャーロットの記憶で見た一般牢じゃない?
確か貴族牢もあるはずなのに、なんでこっちなのよ!
自国の王妃に対する数々の仕打ち、完全に私の罪が確定しているからこんな適当に扱われているとしか考えられないわ。
小説の強制力が働いているのか、このまま何もしないでいたらきっと私は嘆きの塔に幽閉されるに違いない! そうなったら、小説通りに私は王家を呪って自殺するエンド……ダメダメダメ、絶対にダメっ!!
私は死にたくないし、エイダンを苦しめる呪いもかけたくないのよ!
どうにかして無罪を証明して、ここから出なきゃ。
でも……私に味方がまったくいない今の状況で、いったいどうすればいいのでしょうか?
秘術を使えば簡単に脱獄はできそうだけど、出来たところで私はどこへ逃げるんだって話だし。
帝国まで逃げれれば安全なんだろうけど、道を知らないし絶対徒歩じゃ無理な距離に決まっている。それにこの目立つ体型を隠して、誰にも見つからずに逃げ出すのは不可能だと思うのよ。
もし脱獄に失敗した場合、無罪を主張するのは今よりも絶対に難しくなる。やましい事があるから逃げたと思われて、これ幸いとあのクソじじいは罪を被せてきそう。
最悪な場合は罪を私に全て被せた上で、処刑される事ね。
えっ、怖っ! 自分で想像しといてなんだけど、小説の強制力が働いてない場合この最悪のケースが一番可能性がありそうで怖いんですけど!
あぁー、やっぱりここから早く出ないと!
脱獄は最後の手段だとして、もし殺されそうになったら秘術で外へでましょう。
取りあえず、術式だけ先にどこかに書いておく事にしよう。
何か書くものはないかと探して見るが、牢の中にはぼろきれの布団のような物が置いてあるだけで他に何もなかった。
仕方がないので、夜着の裾を割き、血を出すために何か皮膚を裂けるものはないかと壁の辺りを探っていると、静かな牢屋に人の足音が聞こえた。
誰かくると思った私は、一旦探すのをやめ牢屋の真ん中で立って待つ。暗殺者の可能性もあるので、座っていると身動きがとりずらく危ないと何かの本で読んだからだ。立っているからといって、私じゃあまり変わらないかもしれないが、念のため。
緊張しながら、足音の主が近づいてくるのを待った。
足音が牢屋の前で止まり、それがハリーと分かった瞬間、私はホッして体の緊張を解いた。
「どうしたのハリー、こんなところまで」
「少し殿下に話たい事があったので、人払いをさせていただきました」
人払いってあの小説とかによくある、看守に賄賂を渡して見逃してもらうってやつかしら。
「少しだけですよ」とか言って、そのお金を持って看守達は酒屋に飲みに行くのよね……知らんけど。
そんな賄賂を払ってでも私としたい話って何だろ?
「私に話って、脱獄でもしろって話かしら?」
「ははっ、こんな状況でも冗談ですか。殿下は思ったより余裕があるようですね。脱獄ではないですが、ここから出ていただかないと困ります。殿下が王妃の地位を奪われないために……」
笑っていた顔から一変、ハリーが真剣な眼差しを私に向けてきた。
「……やっぱり今の状況ってかなり悪い?」
「えぇ、殿下の罪はほぼ確定していて2日後に裁判が行われる予定です」
「裁判?」
「はい、ろくに取り調べもせずに2日後に裁判なんて早すぎます! その裁判もただ形式上するだけで……よっぽど殿下を邪魔だと思っている連中がいるのでしょう」
「あぁ、貴族派ってやつね?」
「殿下よくご存知ですね。殿下が拘束される前に、第二王子が誕生した事と何か関係があると我々は考えています」
あぁー、やっぱり産まれてたか。
まぁエイダンに何事もなく済んで良かったわ。私が拘束されてもう物語は進んでいるから、エイダンはもうイーサンに保護されてるだろうし大丈夫そうね。後は自分の心配だけ。
2日後の裁判までになんとかしないと……ん、待てよ。貴族派?
「貴族派の筆頭はビスタ侯爵よね? 王族派の筆頭は誰?」
「ヤイダル侯爵、私の父です」
「えーー!? でも家名が違うじゃない!」
「あぁ、私は三男なので騎士団に入った時に、父が持っていたタカログ伯爵位を戴いて独立したのです」
「へぇーだから家名が違うのね。ハリーは意外といい所のお坊ちゃんだったのね」
「殿下、からかわないで下さい。元大国の姫にそんな事を言われるのは……ってこんな事を話している場合じゃない。父からの伝言を殿下に伝えに来たんでした」
「伝言?」
「王妃様には王妃の座にいて貰わなければ困るので、必ず助けますとだけ。もう王族派は殿下のために動いています。なので殿下は大人しく助けられるのを待っていて下さい」
「そう、ではありがたく大人しく助けられるのを待っている事にするわ」
「えぇ、そうしていただけると助かります。自棄になって暴れられると罪状が増えてめんどくさ……ゲフン、ゲフン。あっ、いや罪状が増えて助けるのが困難になりますので」
「自棄なんかおこさないから安心して。それよりもハリー、紙と何か書くもの持ってない?」
助けてくれると言うなら、私は助けが来るのを大人しく待つわ。
でも、万が一の事があるかもしれないから、術式を書いた紙はお守り代わりに持って起きたいのよね。
ガサゴソとハリーがポケットから出したのは、数枚の紙切れと木炭だった。
「今はこれしかないですが、大丈夫ですか?」
「あぁ、これで大丈夫。ハリーありがとう」
「でもこれを何に使うんですか?」
「んー、暇つぶし?」
「そうですか。一応それ、看守に見つからないようにして下さいね。外部と連絡をとっていると思われると面倒なので」
「面倒? あーあ、さっきはせっかく聞き流してあげたのに、またそれ言っちゃう?」
しまった!! と口を押さえて焦るハリーを見て、私は「プッ」と吹き出した。
「アハハハハッ、そんなに慌てなくても大丈夫よ。私は気にしないし、ハリーが気にしてそうだったから言っただけよ」
「いや、慌てますよ!! 一瞬俺死んだと思いましたよ!! なんか最近の殿下の前だと口が滑りやすくなるんですよね……」
「まぁ、公式的な場じゃなければいいんじゃない? ベラは怒りそうだけど……でも、今は誰も聞いてないからセーフよ、セーフ!」
「セーフ?」
「大丈夫って意味よ。この国にはなかった言葉だったかしら?」
「はい、初めて聞きました。ガネート帝国独自の言葉かな……って、こうしてる場合じゃない。殿下、今日は時間がないので御前失礼させていただきます。また様子を見にきますね!」
そう言って元気よく走り去って行くハリーの背を見送り、私はフーと安堵の息をついた。
私は鉄格子に背を向けてその場に座り込むと、早速ハリーに貰った紙きれに術式を書き込んだ。
術式を書いた紙をポケットに忍ばせ、お守りもできた事だし、後は助けられるのを待つだけ……って、今何時ぐらい?
牢屋には窓がないので今が何時かまったく分からないが、私が捕まったのが朝だったから、時間がたってたとしてもまだ昼にもなってないかも。だとしたら、暇すぎるんですけど!
暇つぶしのスマホもないし、さっき起きた所だから眠くもないし……あっ、そうだ! 紙もまだあるし、シャーロットのお兄ちゃんに手紙でも送ってみようかな。
手紙ぐらいなら秘術で髪の毛とか爪とかの軽い対価で送れそうな気がするんだよね。
うん、暇だし実験を兼ねて「シャーロットのお兄ちゃんと仲良くなろう作戦」やってみよう!
私は早速紙切れに術式を書いた。
「ここまではいいのよ。手紙になんて書こうかなぁ?」
色々文章を考えてみたものの、さっき裂いた布はツルツルしていて、木炭では文字が書きづらかった。頑張れば書けそうだけど、この体型では無理ね。同じ体勢でいるのが辛いもの。
油性ペンがあれば良かったけど、無い物はしょうがない。こっちの紙切れに書くか。
『お兄様お元気ですか? シャーロット』
書くところなさすぎて、これしか書けなかったけどまぁいいか。
実験だし、本当に本人に届くかどうかも分からないし。
万が一他の人に読まれても大丈夫だしね。
私は床の上に術式を書いた紙を置き、その上に四つ折りにした手紙を置いた。さっき牢屋に入れられた時に折れた爪を対価として手紙の上に置き「ガネート帝国皇帝にこの手紙が届きますように」と願うと、たちまち術式は光だした。
光ったという事は成功したのね。
手紙の転送ぐらいなら爪でもいけるのね。それならもしまた手紙を送る事があったら、髪の毛でも実験してみようかな。
っていうか、毎度毎度眩しいわね。このエフェクトどうにかなんないかしら?
そう思いながら光が終息するのを待っていると、ガシャンガシャンと鎧の音と複数人の足音が聞こえた。
あっ、やばっ! ここで光らせたのマズかったかも!
このガシャガシャとうるさい歩き方絶対看守だと思う。
何かあったと思って様子を見に来たんだわ。
もうすでに光は収まり、四つ折りにした手紙はなくなって術式が消えた紙切れだけがそこに残っていた。
見られて困るような物なんてないいんだけどハリーに「看守にみつからないように」と言われていたので、私は急いでその紙を隠すように、床に仰向けに寝転がり寝たふりをした。
バタバタとした足音は案の定私の牢屋の前で止まり「さっきの光はなんだ?」「何かが爆発したのかと思ったが……」と男達の会話が聞こえてくる。
やっぱあんだけ光ってたら様子見に来るよね。
秘術が発動する時にめちゃめちゃ光るの、また忘れてたわ。これからは気をつけよう。
「殿下、先程の光に何か心当たりありませんか? って寝てるのか?」
「あぁ、気持ちよさそうに寝てるな。殿下はこんな汚い所でよく眠れるな。普通のお貴族様ならこんな所いれられたら発狂もんよ」
「確かにな。文句も言わず寝てる高貴な方なんて初めてみたよ」
「そういえば前に先輩に聞いた事があるよ。何年か前にも殿下はここに入れられたんだけど、終始ご機嫌だったらしい。時折床の一点を見つめて、ブツブツと何か呟いてるのは不気味だったらしいがな」
「ほぉー、ってなると殿下はこの一般牢が好きなんだろうか? 普通は貴族牢だろ?」
「あぁ、きっと殿下は一般牢が好きなんだよ。俺が聞いた話じゃビスタ侯爵様の計らいらしいしな」
「ほぉー殿下は変わっておられるな」
「高貴なお方の考えなんて俺達には一生分からねぇーよ。よしっ、特に変わりもないみたいだし、昼飯でも食いに行こうぜ。そろそろ交代だろ?」
「そうだな。今日の昼飯は何かな?」
お昼ご飯の話をしながら2人の男達は牢から遠ざかって行った。
ふぅー良かった。
何も怪しまれてなかったみたい。
ただ私が変人のような誤解を招いていたけど……まぁいいわ。
それにしてもこんな素敵な部屋を用意してくれたのは、やっぱりビスタ侯爵だったのね。
いつかお礼ができたらいいわね。
「ふふふ」と黒い笑みを浮かべていると、突然何もない空中から何かが落ちてきた。
それはヒラヒラとゆっくり落ちてきて、私のお腹の上に乗った。
上体を起こしてそれを手に取って見てみれば、上質な封筒に入った手紙だった。
「この獅子と薔薇の紋章はガネート帝国のものね。シャーロットの記憶で見たわ。っということは、もう返事がきたって事?」
とりあえず封を開けて、便せんを広げると『元気だ。 アレク・ガネート』とだけ書かれていた。
「えっ、これだけ? まぁ私も人の事言えないけどさ、もっとこうさ……」
素っ気ない返事にやっぱり、兄妹の仲はもう修復なんてできるレベルじゃないくらい悪いのかもしれないと落胆する。
始めからあまり期待はしていなかったけど、返事がきただけ良かったと思おう。
本当に嫌われてたら返事なんてないだろうしね。これから、これから。
まぁ、今回は王族派が動いてくれて助けてくれるって言うし、私はゆっくりお兄ちゃんと文通でもしながら助けられるのを待ちましょうかね。
転職してから半年たってやっと余裕がでてきたので、また活動を再開しようと思います。