幸せならそれでいい話
別名「幸せになってほしい話」のその後のウィンストン家の反応
その日、アンバー侯爵家から届いた手紙は、ウィンストン家の人々を震撼させた。
――シェリーに、アンバー侯爵子息ライナスとの婚約についての打診である。
「さすがシェリー……とんでもねぇ大物釣り上げて来やがった……」
リチャードから渡された手紙を見ながら、ケリーはしきりに感心している。
「実際のところ、仲良くなったのはライナス殿ではなく妹のコンスタンス嬢らしいが」
「なるほど……まず馬を射よ、ってやつか……」
「違うと思います」
「もし話を進めるなら、シェリーを養女にして嫁がせることになる」
「シェリーが望むならそれでいいです」
思ったよりあっさりと承諾したケリーに、マーシーもリチャードも首を傾げてしまった。
「……? なんだ、どうした」
「ケリー様は反対すると思っていました……シェリー様に『貴族にならなくていい』と仰ってたでしょう?」
「ああ、あれは無理しなくていい、って意味だ。シェリーが本当にアンバー家に嫁ぎたいって言うならオレは応援するさ。……コレ見る限り、かなり美味い話だしな」
正式な書式の婚約打診と一緒に同封されてきた手紙には、庶民のシェリーを気遣う内容がみっちりと書かれていた。
つい最近まではライナスの妹コンスタンスの婚約者が侯爵になる予定だったため、ライナスが回復してもそのまま病弱ということにし、婚約者も作らなかった。シェリーが結婚してくれるならライナスは病弱のままにして爵位だけ継ぎ、社交界をコンスタンスが侯爵代理で出るという。
周囲には爵位は兄が継いだが病の後遺症で子供が出来るかは怪しいという噂を流して反感を減らし、子供が出来たら「いやあ良かった! 神に感謝を!」で済ますという。
アンバー侯爵家はそのうち三世帯同居の屋敷になるようだ。
「美味すぎて逆に怪しく見えてきたけど……シェリー次第だな」
「幸せになってくれるなら、それでいいんだ」
後日シェリーから来た手紙には【すごいよ兄ちゃん……みるみる外堀が埋められてとうとう内堀まで来たよ……貴族やばい。コニー様どころか同学年の令嬢たちまで私のこと「お姉さま」って呼んでくる怖い。ヘイト管理上手すぎ。コニー様強い】という内容が書かれていた訳だが。
そんなことはまだ知らないケリーは、ただ微笑むだけである。
しかしふと思いついたような顔をした。
「いや、でもやっぱり義弟と一度は拳で語り合うべきか?」
「はい?」
思わずマーシーが聞き返した。
「それなりに体力ないとシェリーを守れねぇよな……父上、そういう機会って作れます?」
彼は今年の正月に突然リチャードのことを「父上」と呼び、喜びで号泣させた。
ついうっかり了承しようとしたリチャードだが、舌を噛むことでなんとか止まった。
「ケリー……ライナス殿は、本当に病弱だったからな? お前が拳振ったら吹っ飛ぶぞ」
「どうしましょう……ケリー様がアンバー様を空の彼方へ飛ばす未来しか見えませんわ」
「高位貴族なんだろ? 【身体強化魔法】を会得させりゃいい。オレよりよっぽど上手く使えるだろ」
「お前みたいな者は居ないとサイモン達との手合せで理解してくれなかったのか?」
シェリーの手紙を見た後、ケリーはアンバー侯爵家にアポをとり、「ようアンバーの坊ちゃん、ちょっとオレとオハナシしようや」を見事にオブラートに包んで話し合った。
さらにその後、ライナスから非常に慕われたケリーは、他の貴族から「どう見てもアニキと舎弟」と言われることになる。