幸せの裏でうごめく
ウィンストン伯爵、リチャード・ウィンストンの暗躍。
――弟が死んだとき、リチャードは誰かに罰されたいと願った。
誰でもいい、自分の話を聞いて、「お前のせいだ」と言って欲しかった。
しかし、願いは叶わなかった。
父母は、「自分たちが最初から彼の願いを叶えていれば」と後悔していた。
サイモンは、「自分が彼を見つけなければ」と泣いていた。
妻は、「実家の権力を使っていれば」と落ち込んでいた。
リチャードの周囲は、誰のせいにも出来ない人たちばかりだった。ここでリチャードが何か言ったところで「お前のせいではない」と慰められるだけだ。彼らを更に追いつめるだけ。
誰にも言えなくなった。
だから、せめてもの捌け口を求めた。――弟の結婚を阻んだ、最大の理由。
あのふざけた縁談を紛れ込ませた愚か者を見つけ、報いを受けさせること。
愚か者には不幸なことに、リチャードは誰かのせいに出来る男だった。
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「……あの時、だいぶ灸をすえてやったはずなんだが。足りなかったらしいな」
上がってきた報告書を眺めながら、呟く。
「足りなかったというか、忘れたんじゃないのか?」
「なるほど、同類が痛ましい最期を遂げただけだからな。忘れもするか」
サイモンの意見も一理ある。となれば。
「二度と忘れないように釘を刺さなければな。……永遠に痛み続ける、特大の釘を」
昔から、古い貴族の家の血筋に何かと口を出してくる一派がいるのだ。実際のところその家とは何の関係もないのに、高貴な血統を守れだの何だの言ってくる者たち。
正直余計なお世話だ。こちらが何も考えていないと思っているのだろうか。的を外した意見を言うくらいなら黙っていろと怒鳴りたい。
「ウィリアムの縁談に勝手に他国貴族の釣書を混ぜて外交問題に発展させただけでも腹立たしいというのに。今度はケリーへの傷害未遂か。ふふ……どれだけ余罪を積み上げてやろうか」
「騎士たちにも周知するから後で書面でくれよ」
「無論だ。少なくともこの王都で生きられないようにしてやる」
ケリーだけは守らなければならない。何をしてでも。
「ところでスコット子爵はどうなったか知っているか?」
「ああ、家族で領地に引きこもるそうだな。まさか娘のおしゃべりのせいで王都を出る羽目になるとは、子爵も予想外だったろう」
スコット子爵の令嬢は、マーシーの友人だった。よく伯爵家にも遊びに来ていたが、そこで話したことを学園で吹聴していた。
それがいろいろ曲がって学園外に伝わり、愚か者どもの動きに一役買った。リチャードが贈った観劇チケットの日付もそこから漏れた。
スコット子爵家も騎士の家系だ、ウィンストン伯爵家に睨まれるのは避けたかったのだろう。自主的に娘を中退させて領地に引っ込む。
すでに騎士団に入っている息子はしばらく肩身の狭い思いをするだろうが、耐えてもらおう。リチャードも手を出すつもりはない。
「マーシー嬢には?」
「言わないでおこう。いずれ察すればいい。ケリーにも……もう少し社交について学んだら話すか」
――恨まれていていい。憎まれていていい。
今はまだ、守られていてほしい。
守っていないと不安で仕方が無いリチャードに。
今はそれだけが、弟への――ウィリアムへの贖罪なのだ。