幸せだったと、君に
ウィリアム・ウィンストンの独白。
「――起きた?」
身体を起こしたウィリアムに声をかけたのは、友人のモーリスである。
「ああ、起きた」
「そう。それで、どうだった?」
「……まぁ、分かりきったことだったよ」
モーリスは魔術師だ。
魔術師が減っているこの国では、学園入学時に能力が一定以上あると必ず魔術師クラスに入れられる。ウィリアムもそのひとりだった。性格がどうあがいても合わず、一年で騎士科に転科したが、彼とはずっと仲良くしていた。彼は今では王の信頼も厚い国のお抱え魔術師である。
そのモーリスに、ウィリアムは頼みごとをした。……愛する人を忘れる、夢を見せて欲しいと。
「忘れられなかった。気付いたらローザを探しているんだ。騎士団で昇進しても、別の女性と結婚しても。幸せだ、と思う度に我に返る。『でも、ここには彼女が居ない』ってな」
己が頑固者である自覚はあった。しかしここまで融通が利かないとは我ながら呆れる。夢ですらこうなのだ、現実で彼女を手放したら――目も当てられないだろう。
「……僕が、本当に記憶を消してあげようか?」
「いらない。どうせ、思い出してしまう。……オレにはローザだけなんだ。ローザがいなければ、オレは幸せになれない」
その後すぐウィリアムは、家を飛び出した。
愛するローザは呆れていたが、共に生きてくれると言ってくれた。
幸せだった。
否、ずっと幸せだ。
「こ、子供!?」
「ええ、子供よ」
「オレと、君の子供……! すごい、すごいなローザ! 男の子か? 女の子か?」
「まだ分からないわよ。貴族とは違って庶民は生まれるまで分からないのよ」
「そんな! じゃあどうやって名前を……そうか! どっちでも大丈夫な名前を付ければいいんだな! よしケリー! 父さんだぞ!」
「……本当にあなた、せっかちよねぇ……」
幸せだ。
幸せだったのだ。
――必ず守るよ。
守ってみせる。
ローザ、君を貴族にしたい訳じゃない。
君はきっと、庶民であるほうが幸せだ。
君には幼馴染がいる、オレがこのまま帰れなくても、きっと君は幸せになれる。
だから決して、君のことは言わない。言えない。
幸せだ。オレは幸せだった。
後悔など無い。
……嗚呼、でもひとつだけ、思い残すことがあるなら。
オレは幸せだと、幸せだったと。
オレとローザの幸福の中で、君は生まれたのだと。
生まれる君に、生まれてきた君に、言ってあげられなかったこと。
「――――ケリー」