200年ぶりに転生した憎しみに溢れた聖女、リーゼティリア。憎しみを捨てるのは愛の為に。
アマルゼ王国というとある国に、リーゼティリア・ロリントン公爵令嬢という高貴な令嬢がいた。御年18歳。美しい金の髪に青い瞳のその令嬢は学園を卒業したと同時に、この国の第一王子、ユージン・アマルゼと婚姻する事が決まっていた。
「思えば、ユージン様と婚約したのは…5年前でしたわね…」
アマルゼ王国の宮廷の庭で、セシリア王女とお茶を楽しみながら、リーゼティリアは優雅にカップを手に持ち、物思いにふける。
そんな親友の姿を同い年のセシリア王女は悲し気に見つめていた。
「お兄様は貴方の事を愛しているわ。でも…。」
「ええ…婚約破棄の事は昨日お聞きしましたわ。」
そう、昨日、リーゼティリアは、ユージン第一王子に呼び出されて、それも密かに、王子の私室の書斎にである。
そして驚くべきことが告げられた。
「君と婚約破棄したい。」
「わたくしが至らなかったのですか?お妃教育もこの5年間、真剣に取り組んでまいりました。貴方様にふさわしい王妃になりたいがためです。それが何故。」
ユージンはみかけは黒髪のどこにでもいそうな普通の青年である。
辛そうな顔で。
「僕は、君の心の奥底にある人への憎しみに気が付いてしまったから。それに弟のジョセフは正妃の子だ。僕は父上が平民に手をつけて産ませた息子だからね。王家にいないほうがいいんだよ。」
リーゼティリアは首を振る。
「憎しみなど…。」
「ともかく、僕は王族で無くなる。隣国の王立病院のツルハ医師の元、医者を目指したい。そう決めている。君は人を憎んでいるだろうけれど、僕は人を一人でも助けたいから。」
そう…私は200年前に火炙りにされて殺された聖女。
間違って隣国に転生してしまったけれど。アマルゼ王国の王妃になれば、いつか隣国のマディニア王国の、私に偽聖女の罪を着せ、殺した第一王子の子孫達を滅ぼすことができるかもしれない。その憎しみの為に辛い妃教育も頑張ってきた。
愛してもいないユージン第一王子に愛の言葉をささやいてみたりもしたのに。
「さようなら。リーゼティリア。君の幸せを隣国で祈っている。何があったのかは聞けない。出来れば人への憎しみを捨てて生きてくれ。」
何故、涙がこぼれるのだろう。
愛していない人のはずなのに。
二人で共に愛でた、美しい桜の木。
二人で共に踊った宮廷でのダンス。
二人で共に楽しんだ優雅なお茶のひと時。
ああ、どれも私には宝物で…。
思い出してみれば、涙がこぼれる。
セシリア王女がそっと手に手を重ねて。
「私は近々、マディニア王国へ嫁ぐわ。ディオン第一王子の、いえ、今は皇太子殿下ね。
皇太子殿下の妻になります。貴方と別れるのは寂しいわ。私と一緒にマディニア王国へいかない?」
リーゼティリアは首を振って。
「駄目よ。お父様が許してくれないわ。それに、私。貴族を捨てられるかしら。」
「お兄様と婚姻しろとは言わないわ。私の女官となって下さらない?それは今の公爵令嬢の地位とはまったく違ったものになるけれども…先々約束されていた王妃になるはずだった貴方にとって、女官は屈辱かもしれないけれど…。」
セシリアの事も大好きだった。
愛したユージン第一王子がいなくなる。
大切な大親友、セシリア王女も隣国に嫁いでしまう。
この国に残って、お父様の言う通りに、他の貴族に嫁いで。
それは嫌…
ユージン様を追いかける?
でも、あの憎しみのある国に行って私に幸せはあるのかしら?
リーゼティリアは悩んだ…。
その日は返事を返す事も出来ずに、公爵家に帰宅したのであった。
両親には情はない。
リーゼティリアを道具としか思っていない人達だ。
帰るなり父に頬をバシッとぶたれて。
「第一王子に婚約破棄されたらしいな。まったく役立たずめ。」
頬を抑えてリーゼティリアは謝る。
「申し訳ございません。父上。」
派手好きな母親が近づいてきて。
「新たなる婚約者を探さないと。まったくお前がいい所へ嫁がないと、私が社交界で自慢が出来なくなってしまうわ。」
まったく不快で、気分が悪くなる。
リーゼティリアは夕飯も食べずに部屋に籠った。
ああ…ユージン様に会いたい…。ユージン様に会って癒してもらいたい。
セシリア様。貴方がいなくなるのは寂しいわ。
お願い…私を置いていかないで…。
ふと気が付いてみれば、ユージンの部屋に自分は立っていた。
どうやって移動したのだろう…。
ユージンはベットに寝ていたのだが、急に現れたリーゼティリアに驚いた。
リーゼティリアはユージンに抱き着くと。
「私を連れて行って。お願い。ユージン様。私は200年前に火炙りにされた聖女かもしれません。マディニア王国の王族が、人々が憎くて仕方がない。仕方がないのに…
貴方が人を救いたいというのなら、私も同じ気持ちを持ちたい。貴方がいない世界なんて考えられない。貴方と一緒に居たい。お願いです。ユージン様。」
涙がこぼれる。
ユージンはそっとリーゼティリアを抱きしめて。
「僕も君を愛している。医者見習いの妻だ。それでもいいのか?」
「かまいません。貴方と共にいられるのなら。私は憎しみを捨てる事にします。」
二人は唇を合わせた。
愛している。愛している…。リーゼティリアは心の底から叫ぶ。
もう…ユージンへの愛しか見えなかった。
それから一月後。何とか父親を説き伏せて、リーゼティリアはユージンと、隣国へ嫁ぐセシリア王女と共に、マディニア王国へ向かった。
リーゼティリアはユージンと婚姻する事になり、それだけでなく、セシリア王女、いや、セシリア皇太子妃の女官となって勤める事にした。
自分を200年前に火炙りにした、マディニア王族の子孫、マディニア王とその王妃。息子のディオン皇太子殿下とフィリップ第二王子が王宮で嫁いできたセシリア王女を出迎える。
まず、マディニア王が、セシリア王女に。
「遠い所、良く参った。私がマディニア王。そして。隣にいるのがマディニア王妃。其方の伴侶、ディオン皇太子と弟のフィリップ第二王子だ。」
紹介を受け、セシリア王女がディオン皇太子の前に歩み出る。そしてドレスの裾を両手で摘み優雅なお辞儀をして。
「アマルゼ王国が王女。セシリアです。よろしくお願い申し上げます。」
ディオン皇太子はその強さから、破天荒な勇者とか、規格外の勇者とか言われていた。
男前のさわやかな笑顔で。
「このような美しき女性を妻に迎えるとは嬉しいものだ。俺はディオン皇太子だ。
よろしく頼む。」
そんな様子を女官として着いて来たリーゼティリアは見つめていた。
王も皇太子も第二王子も遠い昔に自分を陥れた第一王子にどことなく似ていなくもない。
それは彼らの血を引いているのだから当然といったら当然なのだが。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
その時、背後から声をかけられた。
「マディニア王。それから皇太子殿下。おめでとうございます。僕は元。アマルゼ王国の第一王子であったユージンです。」
ディオン皇太子が進み出て。
「セシリア王女の兄上か…。国を捨てたと聞いたが。」
ユージンは頷いて。
「はい。王立病院のツルハ医師の元、医者を目指したいが為に国を捨てました。僕はツルハ医師を尊敬しています。ひとりでも多くの人の命を救いたい。」
ディオン皇太子はユージンと握手をし。
「俺も同じ想いだ。大昔、我が国は過ちを犯した。無実な聖女を火炙りにし、殺したが為に災厄に見舞われた。二度とそのような事が起きてはならない。正義を貫き、一人でも多くの人々を助けたい。俺はその為に良い王になりたい。」
その言葉を聞いて、リーゼティリアは驚いた。
本当に悔いているの?私を殺した事を悔いているの?
死ぬ前に懺悔をして死んでいったらしい、第一王子を思い出す。
フラフラと進み出ると、ディオン皇太子に向かって叫んだ。
「ほんとに?ほんとに悔いているのですか?私を殺した事を悔いているのですか?」
涙が流れる。
ディオン皇太子は頷いて。
「悔いている…。我が祖先の代わりに謝る。すまなかった。もし、貴方が聖女だったならば、謝りたい。」
リーゼティリアは慌てて。
「いえ、私は…ごめんなさい。」
セシリアがリーゼティリアを紹介する。
「私の女官ですわ。優秀な。よろしくお願いします。ディオン皇太子殿下。」
ディオン皇太子はほほ笑んで。
「よろしく頼む。セシリアの力になってやってくれ。」
リーゼティリアもドレスの裾を両手で摘み、お辞儀をして。
「ありがたき言葉。こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。」
ユージンが近づいてきて、リーゼティリアの手を取る。
礼をして二人はその場をとりあえず退出した。
ぽつりとユージンに向かって呟く。
「有難う。ユージン様…。私…もう…憎しみはなくなりました。これからは貴方と共に、この国の為に生きます。」
ユージンも優しくリーゼティリアの肩を引き寄せて。
「良い国にするお手伝いをしよう。僕は王立病院で病に苦しむ人を救う。君はセシリアの力となって国の為に尽くしてくれ。」
200年ぶりの憎しみの霧が晴れたように、午後の日差しが王宮の窓から優しく差し込んで二人を照らしていた。