戻って来た問題児
「ぎゃああああああ!」
「ニャン」
「いやあああああ!」
「ニャー、ニャー」
「猫みたいに鳴いても可愛くないしー」
おはよー! みんな元気ー!? 実鈴もとっても元気だよー! フー!
今、登校中なんだけどね、今日も変な鳥に追いかけられてるんだよー!
ここ数日は毎朝この変な鳥に追いかけられてるの。
好かれちゃったのかな~、困ったなあー、きゃははは。
とくに頭を狙ってくるってのが分かったから、最近は、お父さんから借りた工事用のヘルメットを被って登校してるんだよ、似合ってるでしょ? ウフフ。
「ニャオ~」
「イヤ~こっちくんなバカー!」
「ミャオ!」
「ひえ~」
ああ~今日もいい天気だぁ! 走っれ~!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
変な鳥を何とか撒いて、ごきげんにスキップしながら学校へやって来た耳川実鈴。
1年の校舎へ向かう途中、芝生の上で胡坐をかいている銀髪ギャルを見かけた。
あ! あの子、同じクラスの岡波路メロちゃんだ!
いつもバチバチに厚化粧をキメている岡波路だが、今日はメイクが崩れてひどい顔だ。
手鏡とにらめっこをしながら、ひとりで何やらぶつぶつ言っているようだ。
「うぅ~何でこんな日に限ってポーチ入れ忘れてんの~、まぢサイアクなんだけど……」
そんなに知り合いでもないし、ギャルにちょっと怖いというイメージを持っている耳川は、そのまま何事もなく通り過ぎようと思った。
「指でこすったら余計にひどくなったぢゃん、もうヤダ~、ぴえぴえ~……」
しかし、辛そうにしてる岡波路を何だか見過ごせなくて勇気を出して声をかけてみることにした。
「おかはじさん……」
「ん?」
「どうしたの?……だいじょうぶ?……」
「は? べつに?」
「…………」 やっぱり怖いよぉ。
何か言いたげにたたずんでいる耳川にしびれをきらした岡波路が口を開いた。
「何? なんか用?」
「えっと……もしよかったら私のやつを…」
あわてて鞄のチャックを開けて、化粧ポーチをゴソゴソと探す耳川。
その時だ!
「めめろろー!」
突然遠くから声がした。
「あ!オカピー!」
さっきまでムスッとしてた岡波路の顔がパッと明るくなる。
やって来たのは岡波路の友達のギャル4人組だ。
「めめろろ、おぱヨー! キャハハ!」
「キャハハハ! おぱヨーめめろろ!」
「おぱよーん!」
「てかめめろろ! 何そのドブみたいな顔面、マジうけるんだけどーキャハハ!」
「マジだ! めめろろその顔面はガチでヤバいて、きゃははは!」
「きゃは! 顔使って溝掃除でもしてたんかめめろろ?きゃはは!」
「ぎゃはははウケる―! 人様の前に晒して良いってレベルじゃないよねー、ぎゃははは!」
「ちょっと言い過ぎじゃね……」
「あはは、控えめに言ってその顔面は地獄……ていうかこの子誰?」
金髪ピンク髪のギャル、通称オカピ事、岡田雛が気まずそうにして立っている耳川に気がづいた。
「めめろろの友達?」
「わたしは……」
「チゲーよ! ただの同クラの子、たまたまここで会っただけ」
「ふーん……」
耳川の足先から頭のてっぺんまでを品定めするように見るオカピ。
「芋みスゴす……」
オカピのぼそっと言った一言に、取り巻きのギャルたちがクスクス笑う。
ばつが悪そうにする耳川を見て岡波路が口を開いた。
「それよりさ! ねえ! 化粧品かしてくんない? ウチ、自分のヤツ、家に置いてきちゃってさ」
「いいよ、でもめめろろ溝メイクすごく似合ってるからそのままでもよくね? きゃははは!」
「あははは! めめろろってどんなメイクしても映えるよね! あははは!」
「そうだよ、めめろろはそのままでもカワタンだよ、きゃはは!」
「ふざけんなよ、いいから行こ! トイレ行こ! ね! はやく」
「あははは!そういえばさ、ウチ昨日、新しいマスカラ買ったんだよね~」
「何それ」 「まぢで~」
「めっちゃイイよ! めっちゃまつ毛バサァアアー!ってなる。 めめろろ、貸すから使ってみ?」
「え~あたしも借りたい」
「お前はもうじゅうぶんバサってるだろうが」
「もっとバサりた~い」
「男子たちに瞼にカラス飼ってんのって言われてたじゃん」
「それな」
一人その場に残され、気まずそうに立ち尽くす耳川。
ギャル達の後ろ姿に「いってらっ……しゃい……」と、小さく手を振り見送った。
そのときだ!
バンッ!
「きゃっつ!」
後ろからやって来た男子3人組の内の一人と右肩がぶつかり前に転んでしまった。
開けっぱなしだった鞄から筆箱やら教科書やらバナナやらアーモンドの袋やら弁当箱やらスマホやら色々をぶちまけてしまった。
「こんな所でぼーっと突っ立ってんじゃねえぞこのクソアマがぁ!」
「ひぃ!」
「ぶっこまれたいんかコラ、メスブタ! 気をつけろ! 」
「スミマセンッ!」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ」
「ぎゃははははは!」
取り巻きが笑う。
驚きで委縮していた耳川が顔をあげると、そこに居たのは隣のクラスのイケメン、穴熊匡俊と、その取り巻きの金髪パーマイケメンと黒髪ロン毛イケメンであった。
穴熊は超問題児としてこの界隈では有名で、ほとんどの生徒が名前を知っている。
穴熊が地面に落ちているバナナに気がついた。
「お! メスブタにしては良いの持ってるじゃねえか」
「それは3時の!」
「没収だ! 慰謝料の代わりにとっといてやる、ペっ! 行くぞ! 純樹! 安門!」
「あ、いいな~、匡俊だけ、ずりぃ」 駄々をこねるロン毛の純樹。
「お前は自分のバナナでもペロペロしとけよゴミがあ!」
「バナナなんて持ってねえよ……」
「純樹! 俺のバナナを食べろよ! ほらよ!」 ヒュン!
「おお! サンキュッ! 安門!」
「安門! お前バナナ隠し持ってたのかよてめえ!」
「おう! おやつがわりによく食べてるからよ、いつもポケットに入れてんだよ」
「俺がさっき腹減ったって言ったとき何も言わなかっただろクソが!」
「ごめんごめん、忘れてたわ」
「クソが!」
穴熊たちが去っていき、耳川は地面に散らばった荷物を拾いはじめた。
あ~怖かった~、何事もなく行ってくれてよかったぁ……バナナのおかげだな……あもんていう人もバナナが好きなのかな……。
その時、耳川の頭になつかしい声が響いた……。
『バナナが好きな者に悪い人はいない……』(耳川のおじいちゃんの言葉)
「おじいちゃん……」
耳川が荷物を拾っている姿をみても、手助けしようとする者は誰もいない。 それどころか耳川の私物を踏みつけて通り過ぎて行ったり、唾を吐き捨てていく輩のような精神の生徒がほとんどだ。
耳川は、弁当箱を包んだハンカチについた砂ぼこりを手で払いながら、ちょっぴり惨めな気持ちになっていた。
「はひ~、汚れちゃったよ~……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
耳川が教室に入ると、数人の男友達と談笑していた丹翔がすぐに気が付いた。
「お、実鈴! 今日も朝早くから工事現場のバイトか? えらいな!」
「「ぎゃははははは!」」
男子たちに笑われて苦笑いの耳川、すぐにヘルメットを取る。
「はは…おもしろい……、おはよう……」
「そう言えばさ! お前ら今朝のニュースみたか?」
耳川の覇気のない小さな声は、翔と雑談していた古川ヨシオらのでかい声にかき消された。
「みてねえ」
「メグちゃんのお天気コーナーだけみた」
「メグちゃんかわいいよな! 俺も好き。って今はそんな事はどうでも良いんだよ!」
「何だよ」
「最近このあたりで野生の男子高校生てのが何度も目撃されているらしいぜ」
「何だよそれ」
「河川敷の近くで遊んでいた小学生たちが高校の制服を着た少年に追いかけられたとか、夜にデートをしていたカップルが襲われたとか色々。通報が後をたたないらしい」
「へー」
「それよりB組の穴熊匡俊さんが謹慎処分あけて戻ってきたって事の方が怖いんだが」
「穴熊さん、謹慎してたのか」
「知らなかったのか翔、一時期、校庭やグラウンドに穴がいくつも出来てて問題になってただろ」
「ああ、俺達サッカー部もろくに練習もできないって困ってたしな」
「あの穴、全部掘ったの穴熊さんだぞ」
「まじか! ひとりでか!?」
「おう、その土砂を教室に持ち込んだせいで授業がまともに出来なくなったからって罰として1週間の謹慎処分を言い渡されていたんだって」
「それだけの事をやってたった1週間の謹慎かよ」
「それは穴熊の親が有名企業のおえらいさん―――」
「はい、みなさん席についてー」
C組の担任、柴垣大河が教室に入ってきた。
小脇に抱えていた帳簿をドン!と教卓に置くと、咥えていたつまようじを、ポマードでびしっと固めたオールバック頭に突き刺した。 また後で使うつもりなのだろうか。
「朝のホームルームをはじめましょう」
そういって柴垣はニコっと笑って生徒のほうを見た。 メガネの茶色いレンズの奥に目じりに皺をよせたニタっとしたおめめがみえる、今日もあいかわらず凄く胡散臭い笑顔だ。
「えーと、それと、今日は新しく転校生がきていますー」