野生の男子高校生 前編
ふぐわふ、あむあむあむあむ。
この草うめえ。
むしゃむしゃむしゃ。
ぶちッ、ぶちッ、あむあむ、むしゃむしゃ、くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ。
この葉っぱもうめえ。
オレ(佐藤剛矢)は今、河川敷で草を食っている。
メエエエエエ~!
「シイイイイイイー!!」
ヤギがいたから威嚇してビビらせてやったぜ。 しっぽまいて逃げていきやがった。
若くて柔らかい草が一番食べごろで美味しいなんていうヤツもいるが、しっかり育って緑が濃くなったやつの方が食べ応えもあって味も濃くて美味いと俺は思う。
はぶ、むしゃむしゃむしゃ、あむあむあむあむ。
お! あれはもしかすると! スタタタタタタ=3
見ろ! これは野生のクルミだ、殻ごといただくぜ。
木からクルミをぶちっともぎ取って口に頬張る。ガリガリガリガリ うめえ!
バサバサバサ、クルミの木の枝に何か黒いものが止まった。
ん、カラスか。
カアー!カアー!
うるせえな。
バサバサバサ、カアー! カアー! バサバサ!
「欲しいのか?」
カアー!カアー! カアー!
「うるせえ!」
俺は枝からクルミをもぎ取りカラスにさしだした。
くちばしで受け取るカラス。
しかし、くわえたまま食べようとしない。
「(ガリガリモグモグ)どうした? (ガリガリモグモグ)食べないのか? (ガリガリ)」
カラスはつぶらな目で、ただただ見つめてくる。
何だか喉が渇いてきたな。
「(モグモグムシャムシャ)もう行くぞ、バァイ」
俺はカラスに別れを告げて、すぐそばに流れている川へ向かった。
バサバサバサバサ、カアー!カアー! カア-!
カラスが頭上を飛んで行ったかと思えば、コツンと額に何かが当たった。
地面に転がり落ちたそれは……クルミだ!
あのカラス……
「うおおああああああ!!」
ババン!
ムッとしたので、そのクルミにげんこつをしてしまった。
殻が割れて中身が飛び出したクルミをみて、何だか心が苦しくなった。
どうしたんだ俺、最近すぐにイラっとして物にあたってしまう、クルミには何の罪もないのに。
むしろ感謝しないといけないだろ、食べさせてもらってるんだから。
「ごめん、クルミ」
俺がその場を離れたら、どこからかカラスが戻ってきて、地面のクルミをつついていた。
メエエエエエエエ~! メエエエエエエエ~! メエエエエ~!
ヤギ!
今度は3匹もいる!
「あっちへ行け! シイイイイイイーー! シイイイイイー!」
誰だこんな所にヤギなんて放したのは! 市役所か! この辺一帯の草は俺の物だ!
シーシー言っていたらよけいに喉が渇いた。
シーシーが何の事か分からないっていう人の為に説明するけど、ネコ科の動物が敵を威嚇する時によくやるやつだ。みた事あるだろ。
動物を威嚇する時は、前のめり気味で、いかり肩にして、目を見開いて鼻にしわを寄せ、歯茎をむき出しにしてシーシー言っとけばだいたい通じる。 体を大きく見せるために腕と脚は少し広げるとなお良い。
それでも向かってくる勇敢な動物もいるから気を付けろ。
こいつならイケるとか、こいつには効かないとか、場数を踏めば自然とわかるようになる。
くそが! なんでこんな説明をしないといけないんだ俺は喉が渇いてるんだ! 川の水を飲むぞ!
俺は川の真ん中あたりまで走った。
心配するな、浅い川だ。
真ん中辺りでも玉が浸かるか浸からないかくらいの水位しかねえ!
流れもゆるい、見ろ! 小魚が泳いでいるのがよく見える、美味そうな水だろ?
夕日に照らされ水面がオレンジ色にキラキラ輝いている。
今日は特別に、水がより美味く感じる飲み方を教えてやる。
簡単だ、まず肩幅くらいに足を開いて、流されないように足指で地面をしっかりとつかんで踏ん張る。くそっ! 靴をはいたままだった、まあいい。靴を履いてても踏ん張れる。
あとは思いっきりお辞儀をするように頭ごと川に突っ込んでごくごくごくっといくだけだ。
バシャーン!
「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク、ぷっはー! うめえー! うっ……」
「お”ぅ……んぷ……」
「おっ……お”お”おおおおおおおおおおおえええ! はぁ、はぁ、はぁぅっ……お、お”っ、おえええええええええ……はぁ、はぁ、はぁ」
勢いよく飲み過ぎたか……せっかく飲んだのに半分くらいもどしてしまった……。
落ち着いた。
よし、もう1回飲もう。
バシャーン!
「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク、ぷはー……、おぅっ……ぷ」
やっぱり天然水は美味い……な。
なんて考えていたら、上流の方向から男達の声が聞こえてきた。
「お茶飲みすぎたな、1人15杯はいったんじゃね?」
「うぇ~い!」
「やめろバカ、俺にかかるだろうが!」
見たら、川沿いに3人の男が並んで立っていた。
耳を凝らしてみる。
「見て見て、こうやって上に向けると虹がみえる」
「お前もやめろ!」
「ほんとだ! きれいだな」
「だろ? 匡俊もやれよ」
「やるかよ!」
「3人で合わせればもっとでかい虹が出るかもよ」
「それより、風向きのせいでしぶきが俺にもかかってるんだクソ!」
ショ、ションベン……、俺の水飲み場で……しかも3人で仲良く……。
俺は今、身体が怒りで震えていた、ショ、ションベンだと……。
「あ、何かいる!」
「どこ?」
「わ、ほんとだ動いてる!」
「カッパか?」
「こっちに向かってきてね?」
「近づいてきてる!」
「どうする!?」
「落ち着け、よく見ろ、ただの人間だ」
俺は怒りの感情を押し込めて、彼らの前に無言で立った。
左右の二人は警戒しているようで若干引き気味だが、真ん中に立っている両瞼から銀髪にかけて縦の黒のラインが2本入ったソフトモヒカン野郎だけは顔色も変えずに堂々としていた。
「な、何だこいつ……」
右側のバーママッシュの金髪イケメンが最初に口を開いた。
俺は何も言わずに、ただそいつの目をみつめた。
「何か用かよ」 左のサーファー風のロン毛イケメンが言った。
何か用かだと……。
「チンチンを仕舞え」
「何だって?」
「あ?」
「チンチンを仕舞うんだ」
「はあ? お前にはこれが見えてねえのか? 今でてる最中だろ? ああ?」 金髪イケメンがバカにしてくる。
「チンチンを仕舞えと言っている」
「こいつ頭おかしいぞ!」
「テメエぶっかけられてえのか?ああ?」
「まて!」 ずっと黙りこんでいた真ん中のソフトモヒカンが口を開いた。
「俺達ドリンクバーでお茶を飲みすぎてよ。なかなか止まんねえんだよな。あと15秒だけ待っ」
バシャン!
「「うわっ!」」
バシャン!
「こいつっ!」
バシャバシャバシャバシャバシャ!
俺は両手で川の水を必死にかいて3人のチンピラ風に浴びせてやった。
「この野郎、やっちまえ!」「おおー!」「ぶっかけだ!」
キレたソフトモヒカンの合図で3人が勢いよく川に入ってきた。
「オラぁ!」 バシャン! バシャン! バシャン! バシャバシャバシャ!
「倍にして返してやるぜ!ぎゃはは」 バシャバシャバシャン! バシャン! バシャン!
「あひゃっひゃっひゃ! 浴びろ浴びろ浴びろー!ひひゃっひゃ」バシャバシャバシャ! バシャン! バシャン! バシャバシャ!
3対1の水の掛け合いが始まった。
俺もやられっぱなしではいられない、反撃だ。
「うっ……く、ぷ……く!」 バシャバシャバシャ!
さすがに3対1では分が悪い。
3人分の水がかかって口も目も開けられねえ。
それでも俺は勘を頼りに水をかいた。
「きゃははは、どこに向かってかけてんだよバカめ!」バシャバシャバシャ!
川の流れもあるし、3人の水攻撃をできるだけ避けながらだと、立つのもやっとだ。
「あひゃひゃ、何だよその動きはよ! 生まれたての小鹿かよ! ぴゃっひゃっひゃ」 バシャン!バシャン!
「オラオラオラオラ!」 バシャシャシャシャン!
「さっきまでの威勢はどうした小鹿野郎!ぎゃははは」 バシャバシャバシャ!
「ひっぷ……ひ、ひきょう…だぞ!」 バシャン! バシャン! バシャン!
「あっひゃっひゃっひゃ、だからそこには俺達はいねえっつーのバーカ!ひゃっひゃっひゃ」 バシャバシャバシャンバシャン!
「オラオラオラオラオラ!」 バシャンバャシャンバシャン!
ソフトモヒカンはオラオラしか言っていない。
5分後とうとう俺は気を失ってしまった・・・・・・。
ω
―――「おい! 起きろよ! 生きてんのかよ!」
女の人の声がする……。
なんかいい匂いもする……。
バチン!
頬に衝撃を感じる……。
「佐藤! 起きろっ!」
バチン! バチン! バチン! バチン!
「ん……」
うっすらと目を開けるとそこには見覚えのある銀髪ギャルの顔があった。
バチン!
「イテ……」
「あ、起きた!」
表情が明るくなる銀髪ギャル。
「何だよ生きてんのかよ、今度こそ本当にくたばったのかと思ってマジあせった~」
空が明るい、鳥たちの鳴き声も聞こえる……朝か。
ピーンとまっすぐに横たわったまま、視線しか動かさない俺の様子に心配になったのかギャルが顔をのぞいてくる。
「何か言えよ、大丈夫なの?」
「……だいじょうぶだ」
「立てる?」
そう言うとギャルが俺の肩をつかんで起き上がらせようとするので、俺も重い身体に気合を入れて起こしてみた。
「ウッ……」 なんか気持ち悪いと思ったその瞬間。
「お”お”お”お”お”お”おおおおおおおおおおおおええええ!」
口と鼻の穴から大量の水がマーライオンのごとくあふれ出し、ギャルの顔面に直撃した。
「キャあ!ぷ…イャ…お…ヤ……ペッ…アボ……う…べっ! いや!」
ぐはっ! 彼女に突き放されて後頭部を強打する俺。
「何これぇ~!?きもぉ~い‥…」 目もろくに開けられず、今にも泣き出しそうな表情で小鳥のように両手を震わせるギャル。
濃いメイクも、バチバチのつけまつげも取れそうになってひどい顔だ。
俺は、吐いたからか気分が良くなった。 さっき打った後頭部は少し痛むが、余裕で上半身を起こせた。
「ふ、ふざけんなよ佐藤! うちこれから登校なんだけど! マジありえないんだけど」
ギャルはグチグチ言いながら鞄からとりだしたタオルで顔や体を拭いている。
シャツが張り付いて強調された胸はハンドボールが2個ついてるみたいだ。
「髪もびしょびしょじゃん、今日気合入れて巻いてきたのに~、マジ佐藤ふざけんな、ていうか何でこんな所で寝てるわけ? 学校も全然来ないし」
「朝からキーキーキーキーうるせえな! 学校行くならさっさと行けよブスっ!」
「はぁ!? ひど!」
「何が『はぁ? ひど!』だ! 別にお前にビンタされなくても俺は最初から生きていたし手を貸してもらわなくても自分一人で起き上がれるぜ! 命の恩人きどってんじゃねえぞゴミが!」
「……バカっ! もう知らないっ! これからは一人で勝手にくたばってろブサイクバカチンコ!」
銀髪女はそう言い残すと、ぷいっと振り向き「ほんと心配して損した、地獄に落ちろクズ!」って言いながら走って行ってしまった。
ギャルの後ろ姿を見送った後、俺は再び地面に寝そべり空を見た。
空に浮かぶ二つのまあるい雲があいつの胸にみえた。