表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

初めての心肺蘇生 前編

「「キャアアアアアアアアアアーーーーーー!!」」

 東京都立健拳(けんけん)高校に甲高い悲鳴が響きわたる。



「「キャアアアアアアアアアーーーーーー!!」」

 廊下に甲高い悲鳴が響いた。 



「「キャアアアアアアアアーーーーーー!!」」

 3年C組の教室にも甲高い悲鳴が響く。

「誰か! 救急車を呼んで! ハリィーアップ!」英語教師の木葉(きば) 未来(みく)が叫んだ!


 耳川(みみかわ) 実鈴(みりん)があわてて(かばん)からとりだしたスマホにはバナナの皮がべったりと絡みついていた。

 彼女はそれを震える手ではらいのけ、バナナで汚れた画面を制服の(そで)(ぬぐ)い緊急電話にかけるが

「でんぱがない! でんぱが届かないよ!」 

 つながらなくてあせった!


 (たん) (しょう)もスマホを取り出し、かけようとするが、「俺もだ!でんぱがない!」 やっぱりでんぱがなかった。


 窓から必死に腕を伸ばしてスマホを空に(かか)げる銀髪ギャルの岡波路(おかはじ) メロ。

「どうなってんのこの教室!? アンテナがひとつも立ってないじゃん! ありえないんだけど!」 


「私が助けを呼んできます! 木葉(きば)先生は救命処置(きゅうめいしょち)を」 

 そう言い残し、長いつやつやの黒髪を揺らして颯爽(さっそう)と教室を飛び出していったのは学級委員長の鈴木もあかだ。


「きゅうめいしょち!?」 救命処置なんて私した事……!

 木葉(きば) 未来(みく)(28)はふと、半年ほど前に行われた講習会(こうしゅうかい)の事を思い出した―――。

 

   

        △



 ―――「……肘を伸ばしたまま、垂直に圧迫していきます。約4センチから5センチ沈むくらい――」

 男の人が人体模型に両手を当てて説明をしている。


真由美(まゆみ)先生。あの男性の指毛って何かステキじゃないですか?」

「あなたどこに注目してるの?」

「白くて細長い指が華奢(きゃしゃ)で繊細って感じなのに、指毛だけはしっかり主張してるっていうか、力強くて男らしいというかそういうギャップが……」


「そうかしら……私はもっと日に焼けていて、太くてごつごつした指で、平たい爪が付いてて、それが全部深爪になっていて。指毛はそうね……あの人よりも3倍か5倍くらい濃い感じ。でもそれを剃ってて、それでも剃りのこしや剃った後の粒々がチクチクしているみたいな(すき)感があったほうが母性をくすぐられるっていうか、グっとくるかも、って聞いてるの? ねぇ? 木葉さん?」


 はぁ……あんな手で()れられたなら顔が好みでなくても意識しちゃうかもな……不謹慎なのは分かってるけど、あの上半身だけの人形がちょっとうらやましいと思っちゃった……んもう、バカだな私……。

 


   ▽



 ―――ああああ~ちゃんと真面目に説明聞いておくんだったぁぁ、どうしよう~。

 バカ!おちこんでる場合じゃない、しっかりしろ私!


 その時だ、木葉の脳裏(のうり)に何故か2つの文字が浮かび上がった。 

 

 【E・D】


 イー、ディー?


 それだ! こういう時はEDだわ!

「誰か! すぐにEDを持ってきてちょうだい! お願い!」

「EDって何ですか?」

「あれよ、心肺停止した人に使う、持ち運びができる、機器の様な!」

「AEDの事ですか?」

「そう! それよ! 持ってきて!」


「先生! そんな物はこの学校ではみた事ないです!」 (たん) (しょう)が叫んだ!


 何ですって!?

 確かに私も一度もみた事がないわ! くそっ! もう私がやるしかないじゃない!

 覚悟を決めろ私!


 木葉はサーターアンダーギーの詰襟とシャツのボタンをはずして胸をはだけさせた。


 思い出せ、思い出せ! 

 出来る!

 私は出来る!

 神様、力をお貸しください!


 木葉は一度だけ深呼吸をすると、両手を重ねてサーターアンダーギーの金玉のあたりをグッグッ、とおしこんだ。

「きっ木葉先生……」

「しーっ! 今は待って!」

「そこは……」

「集中しているの!!」


 先程AEDを言い当てた、副学級委員長、クラス一番の天才、七三ワケをびしっと決めたメガネイケメン長井(ながい) 紀央(きお)が何か言いたそうにしているが、話を聞いている余裕もないほどに木葉(きば)は精神的に追い詰められていた。


 ひたいの汗をぬぐう木葉、自慢のすだれ前髪はびちょびちょに濡れ、おでこに張り付いている。 


 次はマウストゥマウスね、落ち着くの私! 

 出来る! 出来る! 

 私は彼を救える!


 木葉のくちびるとサーターアンダーギーのくちびるの距離がちかづくにつれ、教室のみんなもゴクリと|息をのんだ。


 そして接触。


 フーッ! フーッ! 

 木葉が必死に息を送り込む、しかし木葉の息は全く入っていかない。


「木葉先生! 僕にやらせてください!!」 

 顔を赤くした少年がピンとまっすぐに手をあげ名乗り出た!


長井(ながい)君!?」


「僕もできます! 1週間前にテレビで蘇生術(そせいじゅつ)のやり方をみました!」

「頼んだわ!」


 思わぬ助け舟、たのもしい生徒がいてくれてよかったと、木葉は少しだけホッとした。



 長井紀央(ながいきお)は上着を脱ぎ、シャツを腕まくりしながらサーターアンダーギーを見下ろした。


 木葉先生のやり方は変だった、きっと教師という責任感からか、うろ覚えのままにやるしかないと挑んだにちがいない。

 正直俺も完璧には覚えてはいない、だけど、少なくとも木葉先生よりかは出来るはずだ!




 ―――そのころ職員室では1年C組担任の柴垣大河(しがきたいが)がデスクの椅子にもたれ、何らかのプリントを眺めながら鼻の穴にティッシュを詰め込みぐりぐりしてくつろいでいた。 


 そこへ生物の教師、工藤(くどう) 真由美(まゆみ)が元ヤンの色気たっぷりのゆるふわパーマをかきあげ、豊満な白い胸を強調した服の上にさらっと羽織った白衣のポケットに手を突っ込んだままかっこよく歩いてやって来た。


柴垣(しがき)先生」

「はい?」 

 視線はプリントに向けたまま、鼻に突っ込んでいたティッシュを抜き、(そば)のゴミ箱に捨てて、マグカップのコーヒーに手をつける柴垣。


「新しく入った佐藤は、どうですか?」

「砂糖?」

「はい、クラスに馴染めそうですか?」

「ああ~転校してきた男の子。 確か君の甥っ子だったっけ? 珍しい苗字だねぇ、サーターアンダーギーて」

「え、彼がそう言ったのですか?」

「そうだよ? サーターアンダーギーゴーヤーくんでしょう? 両親のどちらかが外国の方なの?」

「違います!」 

 あのバカ、その名前は冗談だって言ったのに!


「柴垣先生、彼の苗字はサーターアンダーギーじゃないです、佐藤です、()()()

「へーそうなの? へへ、何で彼はサーターアンダーギーなんて言ったのかな、へへヘ」

「さあ……そういう年頃なんじゃないですか……。資料にはちゃんと佐藤剛矢(さとうごうや)って書いてあったはずですよ」

「いやあ、その資料なくしちゃってねぇ、へへ。 最近なぜだか物をよく無くすんですよ」

「えぇ……」

 ちょっと引く。


 その時だ!

「いた! 柴垣先生!」 

 長い黒髪を乱れさせ、息を切らしてやって来たのは1年C組学級委員長の鈴木もあかだ。


「はぁはぁ、サーター、はぁ、アンダ、ギー君、がっ!……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ