初めての心肺蘇生 前編
「「キャアアアアアアアアアアーーーーーー!!」」
東京都立健拳高校に甲高い悲鳴が響きわたる。
「「キャアアアアアアアアアーーーーーー!!」」
廊下に甲高い悲鳴が響いた。
「「キャアアアアアアアアーーーーーー!!」」
3年C組の教室にも甲高い悲鳴が響く。
「誰か! 救急車を呼んで! ハリィーアップ!」英語教師の木葉 未来が叫んだ!
耳川 実鈴があわてて鞄からとりだしたスマホにはバナナの皮がべったりと絡みついていた。
彼女はそれを震える手ではらいのけ、バナナで汚れた画面を制服の袖で拭い緊急電話にかけるが
「でんぱがない! でんぱが届かないよ!」
つながらなくてあせった!
丹 翔もスマホを取り出し、かけようとするが、「俺もだ!でんぱがない!」 やっぱりでんぱがなかった。
窓から必死に腕を伸ばしてスマホを空に掲げる銀髪ギャルの岡波路 メロ。
「どうなってんのこの教室!? アンテナがひとつも立ってないじゃん! ありえないんだけど!」
「私が助けを呼んできます! 木葉先生は救命処置を」
そう言い残し、長いつやつやの黒髪を揺らして颯爽と教室を飛び出していったのは学級委員長の鈴木もあかだ。
「きゅうめいしょち!?」 救命処置なんて私した事……!
木葉 未来(28)はふと、半年ほど前に行われた講習会の事を思い出した―――。
△
―――「……肘を伸ばしたまま、垂直に圧迫していきます。約4センチから5センチ沈むくらい――」
男の人が人体模型に両手を当てて説明をしている。
「真由美先生。あの男性の指毛って何かステキじゃないですか?」
「あなたどこに注目してるの?」
「白くて細長い指が華奢で繊細って感じなのに、指毛だけはしっかり主張してるっていうか、力強くて男らしいというかそういうギャップが……」
「そうかしら……私はもっと日に焼けていて、太くてごつごつした指で、平たい爪が付いてて、それが全部深爪になっていて。指毛はそうね……あの人よりも3倍か5倍くらい濃い感じ。でもそれを剃ってて、それでも剃りのこしや剃った後の粒々がチクチクしているみたいな隙感があったほうが母性をくすぐられるっていうか、グっとくるかも、って聞いてるの? ねぇ? 木葉さん?」
はぁ……あんな手で触れられたなら顔が好みでなくても意識しちゃうかもな……不謹慎なのは分かってるけど、あの上半身だけの人形がちょっとうらやましいと思っちゃった……んもう、バカだな私……。
▽
―――ああああ~ちゃんと真面目に説明聞いておくんだったぁぁ、どうしよう~。
バカ!おちこんでる場合じゃない、しっかりしろ私!
その時だ、木葉の脳裏に何故か2つの文字が浮かび上がった。
【E・D】
イー、ディー?
それだ! こういう時はEDだわ!
「誰か! すぐにEDを持ってきてちょうだい! お願い!」
「EDって何ですか?」
「あれよ、心肺停止した人に使う、持ち運びができる、機器の様な!」
「AEDの事ですか?」
「そう! それよ! 持ってきて!」
「先生! そんな物はこの学校ではみた事ないです!」 丹 翔が叫んだ!
何ですって!?
確かに私も一度もみた事がないわ! くそっ! もう私がやるしかないじゃない!
覚悟を決めろ私!
木葉はサーターアンダーギーの詰襟とシャツのボタンをはずして胸をはだけさせた。
思い出せ、思い出せ!
出来る!
私は出来る!
神様、力をお貸しください!
木葉は一度だけ深呼吸をすると、両手を重ねてサーターアンダーギーの金玉のあたりをグッグッ、とおしこんだ。
「きっ木葉先生……」
「しーっ! 今は待って!」
「そこは……」
「集中しているの!!」
先程AEDを言い当てた、副学級委員長、クラス一番の天才、七三ワケをびしっと決めたメガネイケメン長井 紀央が何か言いたそうにしているが、話を聞いている余裕もないほどに木葉は精神的に追い詰められていた。
ひたいの汗をぬぐう木葉、自慢のすだれ前髪はびちょびちょに濡れ、おでこに張り付いている。
次はマウストゥマウスね、落ち着くの私!
出来る! 出来る!
私は彼を救える!
木葉のくちびるとサーターアンダーギーのくちびるの距離がちかづくにつれ、教室のみんなもゴクリと|息をのんだ。
そして接触。
フーッ! フーッ!
木葉が必死に息を送り込む、しかし木葉の息は全く入っていかない。
「木葉先生! 僕にやらせてください!!」
顔を赤くした少年がピンとまっすぐに手をあげ名乗り出た!
「長井君!?」
「僕もできます! 1週間前にテレビで蘇生術のやり方をみました!」
「頼んだわ!」
思わぬ助け舟、たのもしい生徒がいてくれてよかったと、木葉は少しだけホッとした。
長井紀央は上着を脱ぎ、シャツを腕まくりしながらサーターアンダーギーを見下ろした。
木葉先生のやり方は変だった、きっと教師という責任感からか、うろ覚えのままにやるしかないと挑んだにちがいない。
正直俺も完璧には覚えてはいない、だけど、少なくとも木葉先生よりかは出来るはずだ!
―――そのころ職員室では1年C組担任の柴垣大河がデスクの椅子にもたれ、何らかのプリントを眺めながら鼻の穴にティッシュを詰め込みぐりぐりしてくつろいでいた。
そこへ生物の教師、工藤 真由美が元ヤンの色気たっぷりのゆるふわパーマをかきあげ、豊満な白い胸を強調した服の上にさらっと羽織った白衣のポケットに手を突っ込んだままかっこよく歩いてやって来た。
「柴垣先生」
「はい?」
視線はプリントに向けたまま、鼻に突っ込んでいたティッシュを抜き、傍のゴミ箱に捨てて、マグカップのコーヒーに手をつける柴垣。
「新しく入った佐藤は、どうですか?」
「砂糖?」
「はい、クラスに馴染めそうですか?」
「ああ~転校してきた男の子。 確か君の甥っ子だったっけ? 珍しい苗字だねぇ、サーターアンダーギーて」
「え、彼がそう言ったのですか?」
「そうだよ? サーターアンダーギーゴーヤーくんでしょう? 両親のどちらかが外国の方なの?」
「違います!」
あのバカ、その名前は冗談だって言ったのに!
「柴垣先生、彼の苗字はサーターアンダーギーじゃないです、佐藤です、さとう」
「へーそうなの? へへ、何で彼はサーターアンダーギーなんて言ったのかな、へへヘ」
「さあ……そういう年頃なんじゃないですか……。資料にはちゃんと佐藤剛矢って書いてあったはずですよ」
「いやあ、その資料なくしちゃってねぇ、へへ。 最近なぜだか物をよく無くすんですよ」
「えぇ……」
ちょっと引く。
その時だ!
「いた! 柴垣先生!」
長い黒髪を乱れさせ、息を切らしてやって来たのは1年C組学級委員長の鈴木もあかだ。
「はぁはぁ、サーター、はぁ、アンダ、ギー君、がっ!……」