第九十二話 社会人と女子高生の恋愛は、創作の中でしか認めんぞおおお
角戸が書いている間、手持ちぶさたになった本間は疑問を姉に切り出した。
「ところで、ね……妹さんはなぜ角戸の家まで来たんだ?」
本間は姉に角戸の家に行くことなど告げてはいなかったし、そもそも家を知っているはずがない。
玄関のベルが鳴って出たら姉がいて、その瞬間に物語に一緒に飲み込まれたのだ。
「ええっと。その」
姉がもじもじと手を握りしめたり開いたりする。あまり言いたくはなさそうだ。その様子に本間はピンとくる。
「ね……妹さん。角戸と付き合うのはおススメしない」
「おいコラああああ!!」
テーブルの反対側から角戸の声がした。
姉の幸せを願おうと思えど、言うことは言わなければならない。角戸は売れない作家で将来性に乏しい。部屋はゴミだらけだ。
そんな奴に姉はやれない。
「いいかい。年上の社会人は大人で、憧れの目で見てしまうかもしれないが、幻想だからな。数年も経てば、大したことないというのがわかる。やめておきなさい」
姉がしゅんと頭を下げた。前髪で目は見えないが、口角が下がっているのはわかる。
沈んだ様子の姉に罪悪感を覚えるが、姉のためだ。
「おい勘違いもほどほどに」
パソコンから角戸が顔を上げる。
姉はまだ若い。角戸はいい大人だ。
姉が角戸の家まで来たということは、その前にも……と考えそうになって、ふつふつと怒りがこみあげてくる。
本間は立ち上がり、テレビの横にあった新聞紙を丸めた。
「角戸。未成年に手を出しやがって。社会人と女子高生の恋愛は、創作の中でしか認めんぞおおお!!」
「ちがうあああああああ!!」
「来月には高校生じゃなくなるもの」
「そういう問題じゃない」
「反論するところが違う!」
姉がギュッとズボンを引っぱってくる。角戸を守ろうとする健気さに、胸が痛くなるがそれとこれとは別だ。
「続。現実でも愛があればじゃ駄目かな」
姉の言葉にぐっとくる。いや、姉は優しいから、ダメな男につけ入られてしまうのだ。
「ちょっ!! 誰か知らないけど、火に油を注ぐのやめてええええ!!」
「知らないのに、付き合っていたのか!!」
「付き合ってないって!!」
「ちゃんと付き合う気もなかっただと! 遊びか!」
本間は姉の手をほどき、両手で新聞紙の強度を上げる。新聞紙では生ぬるい。なぜ物語に入った時に、いつもの日本刀を持っていなかったのだろう。
「誤解だあああああ!!」
お盆を持って、ずりずりと角戸は本間との距離をとる。
しかし、廊下への扉がある側が本間だ。窓から飛び降りない限り、逃げ場はない。奥へ奥へと本間は角戸を追いつめていく。
角戸がカーテンを開けると、
『先生、原稿をお待ちしております』と『窓から逃げるつもりですか?』
という張り紙が窓にされてあった。
「なんだこの旅館!!」
『作家缶詰プラン』。仮想の編集部が付き、作家を追いつめていくプランである。物語終了課も外注で使うことがある。
彼らは完結するまで、作家を宿から一歩も出さずに監視する。
「角戸お!! うちのね……妹さんをもて遊んで無事に済むと思うなよ」
本間はゆっくりと部屋の隅の角戸に近づいていく。丸めた新聞紙が力の入れすぎで折れてしまった。手近にあった週刊誌で補強する。
「ひいいいいい」
角戸はへっぴり腰でお盆を構えた。
「続」
凛とした姉の声が響く。本間は止まり、角戸はお盆を脇に抱え、祈りを捧げるように両手を組む。
「さっきの、どう思う?」
本間は無言で新聞紙を振り下ろした。
「止めるんじゃないんかああああい!!」
角戸はお盆で新聞紙を受け止めてくる。バシッとかなり強い音がした。
「うちのね……妹さんに頼ろうたってそうはいかないからな」
「人の話を聞けエエエ!! マジでそこの女の子とは初対面だって!」
「はぁ!? ならなんでお前の家を知ってんだよ」
「知らねよおおおお!!」
姉の夏美が角戸の家に来たのは、日が暮れても職場でないところに弟がいることをGPSで知って女性関係じゃないかと来たためである。
弟のことで頭いっぱいな夏美は、哀れにも角戸のことなどこれっぽっちも頭になかった。




