第九十一話 ラブコメの主人公が鈍感なのは、話を長引かせたい作者の都合
「いい加減にしろ、角戸。なあ」
本間 続は怒気をはらませながら言った。金髪のぼろ雑巾のような見た目の角戸は、ひきつった笑みを浮かべている。
「待て待て待て。また夢の中に入ったとか言わないよな。よなっ」
角戸は夢の中と誤解してくれているが、夢の中ではない。物語の中だ。また角戸 完の物語が暴走して飲み込まれた。
「残念ながらその通りだ。それもこれも、お前が話を長引かせて終わらせないからだ!! さっさと主人公とヒロインをくっつけろ!!」
本来ならば、物語に人が飲まれること、未完の物語が暴走することをは秘さないといけない。
だが、角戸のことは諦めた。
完結しないとひどい目に遭うことは、思い知ってもらう必要がある。
「主人公とヒロインがくっついたら、終わっちゃうじゃないか!」
「終わらせろと言っているだろうが! ラブコメで主人公が鈍感なのはよくあることだが、鈍感すぎるだろうが。何回も同じようなことやっているから、読者にあきられるんだぞ!」
「うわあああああん」
角戸は道路に膝と手をつく。
「続、それよりなんとかした方が」
ちょんちょんと制服姿の姉が、本間の背広をひっぱる。
今まで怒りを露わにしていた本間の顔がやわらかくなった。
「そうだね」
バンバンと子供のように、角戸が地面を叩く。
「物語が終わっちゃったら、仕事がなくなるんだもぉおおぉん!!」
「少しは反省しろおおおおおお!!」
【ラブコメの主人公が鈍感なのは、話を長引かせたい作者の都合】
三月。年度末で、公務員にとっては最も忙しい時期。
物語終了課も例外ではなく、残業時間が多くなる。休日出勤もありになる。年度が明ける前に年度内の物語は終わらせる必要があるのだ。
すべての物語を年度内とはさすがにいかないが、少なくとも一定量をこなさなければならない。
となれば、流入をストップさせるのは当然のことである。
本間は、また課長の命令で角戸 完の監視についたのだった。
この前と同じく二の轍を踏まないよう注意した。未完の物語をさらいだし、すべてのデータをUSBとポメラに保存した。
万が一、物語に飲み込まれたとしても、すぐに対処できる。中身を見て、物語を把握し、終了させる。
夢オチは使わない。
そうして例の如く、未完の物語が暴走したのであった。
「角戸には期待していないからな。こちらで完結させてもらう」
本間は旅館から借りたノートパソコンを立ち上げる。
ちょうど『作家缶詰プラン』なるものがあり、主人公らと鉢合わせせずに昼から書くことだけに集中できるので利用した。
角戸と姉の身の安全を確保する上でもいい。ラブコメもので危険があるとは思えないが、一応念のためだ。
畳の部屋に広いテーブルと座布団。
湯沸かしポットと茶菓子が用意されてあり、脳の栄養には困らない。
「なんだよう。言っとくけどな、そう簡単に二人がくっつくとは思うなよ。主人公はにぶにぶの仁部さんなんだからな」
書いた本人である角戸がふんぞり返って言う。
未完なのにえらい態度だ。
主人公の名前は仁部という男子高校生で、かなりの鈍感だ。
幼なじみのヒロインからのアタックに気づかないでいる。(佐藤が主人公でなくて少しほっとした)
まわりの人物は彼らが両想いだということをわかっていて、いい加減にしろと思いつつ見守っている。
「花火とか電車の音で告白がかき消されないところで、告白すればいいだけだろ。何度も何度も聞こえないネタしやがって」
「ハハハハハハハ!!」
笑い事ではない。
だが、感情のままに角戸と言い合うよりかは書く方が先だ。姉がなぜか来てしまっていることもある。
数十分後……。
「好きですと言ったら、普通は恋愛の好きという意味だろうが。何が友人として好きだと勘違いするかよ」
本間はパソコンへ顔を突っ込み、撃沈していた。
本間が書いたとおり途中までは物語が進行した。何の邪魔も入らず、ヒロインの告白まで行き着いたと思ったらこれだ。
(それまで、突然の電話、チャイムの音や鹿の襲来で邪魔が入っていたので、本間が告白させることができたのは快挙である)
「あー、よくあるある。ハッハッハッハ」
何もしていないくせに、角戸は高笑いだ。言われてみれば、ありがちというのもわからないでもないが悔しい。
「現実で好きと言われて、恋愛の方じゃないと勘違いする奴がいるなら見てみたい。おらんぞ!」
本間はパソコンからガバッと顔を上げる。
姉がつんつんと隣から腕をつついてきた。
「続、好き」
ピシりと角戸と本間が固まる。
「ね」
姉さんと呼びかけそうになって、本間は慌てて口を閉じた。
外部の人間の角戸からしたら、どう見ても年下の女性(制服姿)に対して姉さんはない。変な詮索はされたくはない。
「兄として、とても嬉しいよ。けど人前はやめよう。あと仕事中」
本間がそう言うと、「なんだ兄妹か」と角戸がつぶやく。
「兄じゃないもの」
姉がふくれっ面となる。視線が痛い。
(しまった!!)
まだ本物の弟と認められていない。先月もそれでサメのぬいぐるみで叩かれたところだ。義理の弟ですらまだ早い、近所の弟レベルだと。
「あ、はい。ごめんなさい。近所の兄です」
今度は、角戸からの視線が痛くなる。
「な、なんだ」
「リア充め」
「なにが?」
「言ってやんないぞ」
「???」
わけがわからないが、物語を終わらせることが先決だ。早く帰りたい。つい、愚痴がでる。
「なあ、角戸。主人公のにぶさはどうにかならんか。普通、男女で付き合ってと言われたら、どこに行こうじゃないんだよ。恋人関係になるってことだろう」
「続。付き合って」
姉の声に、本間は頬を緩める。
「いくらでも付き合うよ。どこに行こうか。でも、仕事中だから後で詳しく」
「脳みそにバグでも飼ってんのか!!」
角戸の叫びに、姉が小首を傾げて頬をつく。角戸がやれやれといった感じで両手を上げた。
「にぶいとか言われるだろ」
「まったく」
本間は真顔で言った。姉は不満そうで、角戸は呆れた顔をしている。
「一体何を言い出す。そんなことより、今は鈍い主人公をどうにかするのが先決だ」
物語を終了させないと、物語から出られない。
「続にどうにかできると思えない」
「同感」
姉も角戸も冷たい。
「何その反応!!」
姉はいい。角戸と違ってちゃんとした作家だ。作品を見せてはもらえないが、きちんと物語を投げ出さずに書いているらしい。
「だったら、角戸なら書けるんだよな。そうだよな」
ノートパソコンを角戸の方へ追いやる。姉なら自分や角戸よりも書けると思ったが、これは角戸がしでかしたことで、かつ物語終了課の仕事だ。
「今まで引き延ばしていただけだし。俺が本気を出したらカップル成立は容易いもんよ。ハッハッハッハ」
「だったら最初からさっさとやれっ!」
残念ながら、角戸が終わらせられるなら、最初から物語は暴走しないのである。




