第八十六話 おねショタ姉弟ラブコメを読まされようとしている弟(三十路)
本間 続は眠たかった。
残業続きで睡眠時間を削っていたからだ。仕事が溜まった責任の自覚があったため、あまり文句は言えなかった。
休日はたっぷり寝たかった。
姉のために朝食を作ったなら、すぐにでも二度寝をしたかったのだ。
だが、しかし。
『よぉ、例の読書感想文の課題図書を送る。明日には着くから、楽しみに待っていてくれ』
という都道からのメッセージがあったのが昨日の夜。
その課題図書というのは、『私の弟がこんなにもかわいい』というもので、姉弟の恋愛ものだと言う。
そんなものを読んでいるところを姉に見られたら、今度こそ『近所の弟』ですらなくなってしまう。
なにか誤解されて、汚らわしく思われるのも恐い。
なぜ、なんでもするとか言ってしまったのだろう。愚かな。
『楽しみなわけないだろ』
そう本間が書くと、すぐに既読になり、都道から大笑いするサメのスタンプが連打された。連打され過ぎて、上から下までサメで埋まる。
(あのやろ。いつかいつか仕返ししてやる)
本間は昨日のことを思い返して、心の中でそう誓った。
つまりは、都道からの荷物をちゃんと受け取るまで寝られないのである。
姉には荷物を開けないようにと言ったものの、手違いや勘違いというものはある。中身が中身なだけにきちんと確保しておきたい。
しかし、それにしたって。
「ね、む、い」
苦いコーヒーを喉に流し込む。
常飲しているためか、カフェインの効きは悪い。
本を読んだりしたら、完全に寝る自信がある。かといって何もしないのでは、眠りに誘われる。
というわけで、ジャージに着る毛布を被ってソファーに座り、ろくに頭の中に入ってこないテレビを見ている。
隣では姉が座り、大学受験の勉強をしている。世界史と英語の問題集がローテーブルの上に広げられている。
姉は灰色のサメのワンピースを着ていて、可愛らしい。
それでいて、真剣な表情でノートに答えを書いていく。
自分にもそんな時期があっただけに、微笑ましい。
それはそれとして……。自分は――
姉にソファーの端まで追い込まれている。脚を閉じ、縮こまっている。
(生息可能領域が狭い)
最初は普通にソファーに座っていた。(お気に入りの椅子は、とうの昔に解体されている)
姉が隣に座ってきて、体ごとずずずと押してきて、仕方なくちょっと離れたらまた押してきて……を繰り返したらこの状態である。
(狭い)
訴えたいものの、勉強の邪魔をしたくはない。逃げようにも、着る毛布の端を尻に敷かれている。
「……」
ねむい。
くっつかれているため、あったかい。眠い。
意識が遠ざかり、こっくりこっくりと頭が揺れる。
頭が姉の肩へ触れ、ビクッと体が震える。慌てて、反対側に頭をやる。頬をつねる。
眠っては駄目だ。
ピンポーン!
と救いのチャイムが鳴る。本間は着る毛布を脱いで、玄関へ向かう。
玄関を開けると雨風が降りこんできた。
「すみません。雨がひどくて」
青い制服の配達員が詫びる。届けられた二つの荷物が多少濡れてはいるが、気にするほどでもない。
「いいえ、お疲れ様です」
本間は荷物を受け取って玄関の棚に置き、受領書にサインをする。
配達員がぺこぺこと頭を下げて去っていった。ドアがバタンと閉じる。
と、荷物の伝票の文字が薄いのに気づく。雨で濡れ差出人はおろか、宛先も本間しか読み取れない。
(俺宛てはどっちだ)
姉が隣で同じように困惑した表情で立っていた。




