第七十八話 元勇者 VS 魔王
焦るな。
撃たれたとしても、弾は刀で斬れる。
刀の間合いまで接近できれば、勝てる。打撃で失神させればいい。
―タァン!
軽い発砲音が聞こえるか聞こえないかで、佐藤は刀を振り弾をはじく。正面から黒い男へ向かって走る。
黒い男は奥へと駆けた。途中で、キャスター付きの椅子を蹴っ飛ばしてくる。
避けずに足で横へ蹴る。一瞬、椅子へ目を向けた途端に、撃ってくる。バックしながら、二丁の拳銃で。
両方とも頭に当てにきている。目の端で捉えたところを勘で刀で払う。
このくらいなら、立ち止まることはない。
黒い男は、笑っていた。
楽しくて仕方ないというふうに。
そこには、焦りや命の危機というものは感じられない。人間とは思えない。道化師か悪魔がお似合いだ。もしくは、魔王。
黒い男がカウンターを片手で飛び越える。
続こうとしたところで、銃弾の雨が降ってくる。
慌てて、カウンターの元に隠れた。床で弾が跳ねる。それに当たらなかったのは角度のためだろう。
上からいくことを諦め、身を低くして横から追う。
カウンターの奥は、通常は職員が仕事をするところだ。机がくっつけられて、いくつかの島になっている。
机の境はファイルやパーテーションで仕切られ、それがいい具合に視界を遮ってくれる。
だが、それは同時に佐藤が黒い男に近づきにくいということも意味していた。
奥まで行ったのだろう黒い男の足音が消える。
佐藤からは黒い男の位置はわからない。中途半端に顔を出せば撃たれるのは確実だ。
刀を握り直し、呼吸を整える。
(殺さなければ、殺される)
手加減とかいうものができる相手ではない。
(本間さんも忘れているから、死んだとしても)
言い訳とわかっていても、ねじ伏せた。正当化する。
(生きていたい)
たとえ、創作物だとわかっていても。
唇を噛む。手汗があっても、刀の握り心地は変わりない。蛍光灯の光で刀が強く輝いて、波の刃紋がよく見える。引き込まれるような人を殺せる美しさに、ぞっとした。
刀から思わず目を離す。
(ただの道具だ)
意を決して、机の影から飛び出る。狙ったように銃弾が発せられた。無我夢中で刀を振るうと弾に当たってくれる。
黒い男が部屋の隅の方に立っていた。背後にはドアがあるが、閉まっている。ドアノブを回して逃げるような時間は与えない。
一直線に突撃する。
黒い男は左手の拳銃を投げた。それを払うと同時に左肩に突き飛ばされたような衝撃を受ける。
「え」
遅れて焼けるような鋭い痛みが走る。血が流れているのを感じて、やっと撃たれたということに気づいた。
構わない。足はそのまま走れる。
刀の有効範囲まで届く。
「化け物か」
黒い男が苦笑いしたのが聞こえた。




