第六十四話 作者は主人公を不幸にしがち
右 の人 「おまえさ~ほんと天然ボケだよな」
左 の人 「なんだよ。そんなことはないさ。そっちこそ養殖ツッコミだろ?」
右 の人 「何その養殖ツッコミって。養殖? 生け簀にでもいんの? 何ボケてんの?」
左 の人 「天然じゃないから養殖って言っているのさ。生まれた時からボケとツッコミを教えられ、繰り返して育っているから養殖だろ」
右 の人 「いやいや。おかしくない、その論理? 養殖ツッコミとか初めて聞いたんだけど」
左 の人 「そりゃそうだろ、養殖だぞ。誰かに増やすように仕掛けられているんだからな」
右 の人 「何? 養殖してどうするの? 食われるの?」
左 の人 「ボケとツッコミは笑いの原理。笑いは免疫力を高め、病気を治し、寿命を延ばし、コミュニケーションを円滑にし、遅刻や宿題忘れをごまかすことのできる最強の人類の英知なのだよ。養殖してボケとツッコミを増やすように秘密の計画が実行されているんだ」
右 の人 「おいおい、やっぱりおまえ天然ボケだろ」
左 の人 「天然だって? 侮ってほしくないなあ。天然ものは海産物とかじゃあ貴重品だろうけど、天然ボケとツッコミは加工されてこそ真の力を発揮するのだ! 天然のカニより養殖のカニより、カニカマこそが素晴らしい!」
右 の人 「カニカマはまがいものじゃん! カニ風味かまぼこやん」
左 の人 「いいツッコミだ。天然さんは練られてカマボコにされるんだ。だが、俺は天
然ものから加工されていない純粋な人工物! 人工ボケなんだよ。人工イクラと呼んでくれ!」
右 の人 「イクラちゃん」
左 の人 「それはやめて。他の人みたいだから」
「遊んでないで、原稿をやれ」
本間の怒号が飛ぶ。
角戸 完の両手に手人形があった。
右手の人形「笑いは締切をごまかすことはできないのか?」
左手の人形「いかんともしがたいみたいだな」
人形が喋るというていで、人形の口がパクパクと動く。
「笑えもしなければ、面白くもないぞ! さっさと諦めて書け」
本間はコタツのテーブルを指で叩く。
「面白くない……」
この世の終わりのような暗い影を背負い、角戸はベッドの下へスライディングする。
(相も変わらず、面倒くさい)
本間は額に手をやる。
公務員が忙しい年度末に、楽な仕事をやるという課長の口車にのったつけがこれだ。
角戸の執筆を監視するという、内容だけなら楽かもしれないが、何度も物語を暴走させてきた要注意人物である。
しかも面倒くさい。
角戸の家に来て、一番最初にやったことはごみ捨てだ。一人暮らしの部屋に、呆れるほどのカップ麺や発泡酒の缶、コンビニ弁当のゴミらが広がっていた。
窓を開け放ってどんよりした空気を追い出し、自分が身を落ち着けられるスペースをまずはつくった。
呼吸するのに喉がざらつくと思ったので、エアコンのフィルターをみるとほこりだらけ。フィルターのほこりを掃除機で吸い取り、ついでと床も軽くかける。
昼にはこれまたほこりを被ったフライパンを洗い、チャーハンも作った。
どこのお手伝いさんかと自分でも思う。
角戸が執筆している中、音を出して邪魔にならないようにと、イヤホンをしてラジオを聞いたり、本棚にある本を読んだりと気を使っているのに、この体たらく。
本間はコタツに入ったまま、額をテーブルにくっつける。
「角戸の作品は面白いから続きを読みたい。書いて欲しい」
「本当? 本当? もっと言って」
先程までの暗い影などどこへやら、明るく輝いて角戸がベッドの下から這い出てくる。金髪にふさっと灰色のほこりをのせながら。
(単純な奴だ)
「ミステリーのトリックはしっかりしてるし、ファンタジー戦記では魔法の特性を使った戦略がすごい、人物の心情描写が真に迫っている。続きを書こうよ」
「わーわーわー! 嬉しい嬉しい! 書こう!」
大の男がぴょんぴょんと飛び跳ね、デスクにつく。
「……」
一応、嘘はついてはいない。本を読んで知ったことだが、書籍化した角戸の物語は面白いのだ。作家として食べているだけある。
たぶん、数打ってホームランを打つ率が少ないだけなのだろう。空振りして、放っておかれたどうしよもない多数の駄作が物語終了課に来る。
「あのさ……」
角戸が執筆し終えた後、本間は思っていたことを口に出した。
「なぜ角戸の物語の主人公は酷い目にあってばかりなんだ?」
その疑問に対して、角戸は当然という風に答える。
「物語において、主人公を危機に陥れるのは作者の責務だぞ。順風満帆で何も起こらない平和な話では話にならない」
「そうか」
もしかしたら、主人公や登場人物にとって続きを書かれないことが幸せなことかもしれない。
どうしようもないことを考える。
未完部の発想な気がしないでもない。
―りーん
鈴の音に、意識を尖らせて本間は刀を取った。




