第六十一話 ラスボスは変身するもの
本間はアリスに攻撃させないよう前に出て、頭取へと対峙する。
「抵抗はやめませんか。この事実を民に伝えますし、冒険者が預けたお金はとうに大量に引き出してます。あなたの手元に魔石の金貨が少ない以上、続けることは不可能でしょう」
都道とGMに依頼して、銀行に預けていた金貨は引き出させている。金貨イコール魔石ということを盛り込んだため、頭取の手元に力となるものを置くのは危険という判断だ。
「なら、奪えばいい。冒険者なんぞまた召喚すればいいのだから」
頭取は青い液体の詰まった試験管を胸ポケットから取り出し、飲もうと傾ける。
「風の刃」
本間が放った魔法は試験管を壊せど、口に入れることを防げなかった。
「が」
アリスの突進技を手で口を塞いでキャンセルする。
「退避!」
本間は叫んで、アリスを抱え上げて駆ける。
これは勘だ。長年、物語と接してきた者としての。
建物全体が揺れる振動と共に、後ろで光が爆発したのを感じた。
(建物が崩れるのは、ラスボスを倒してからだろうが。定石に従え)
本間は舌打ちして、真っ直ぐ出口を目指す。
太い石柱にヒビが入り、上から細かな砂が降ってくる。後ろの方で、天井が崩れる音が聞こえた。
がれきが次々と落ちてくる。
一つでも当たればひとたまりもない。
(ただの演出)
そう思いたかったが、ゲームの世界ではあるがゲームではない。
アリスを抱え直す。
と、前の石柱が轟音を立てて傾いた。
思わず本能的に足を止めてしまう。GMはするりと羽でも生えたように、先をいった。
(しまっ)
止まっても意味がない。後ろはもう崩れている。
本間も身を低くし、アリスの頭を庇いながら、続いて通り抜けようとした。
石柱が追うように落ちてくる。身がざわついた。
「おいで、ゴーレム」
男の声がしたかと思うと、瞬時に目の前に岩で出来た巨人が出現する。ちょうど倒れかけた石柱に引っかかった。
そのまま、明るい方へ出る。
「ふへー」
銀行を出たところで、本間はアリスを下ろす。安全とは言い難いが、とりあえずはいいだろう。
GMがクスクスと笑う。
「ポンカンさん。初心者だから知らないのかもしれませんけど、小さな見た目でもプレイヤーは全員同じ速度で走れるわよ」
「え」
本間はアリスを見やる。アリスはニコニコしている。
「そうでないと、種族によって有利不利がでるでしょう」
「あ」
GMの言う通りだ。アリスめ、楽をしたな。
「よー、ポンカン」
男の声がして、振り向く。黒髪に赤く縁取りのある黒い軍服のようなものを着ている男がニヤニヤして手を振っていた。
すらっとしていて、モデルのような爽やかなイケメン。名前はシティー・ロード、都道……。中身はガキだ。
ただ、あのゴーレムを召喚した同じ声でもある。
「お、さっきはすまん」
「大したことではないさ」
都道は、片手に持った本をパタンと閉じつつ、
「戻れ」
と言う。その声で奥に見えていたゴーレムが消えた。
都道は本を腰の鞄に入れた。
にこやかに笑いつつ、歓迎するように両手を広げてみせる。
「信じていたよ。ポンカンがなんとかしてくれるとさ」
「嘘をつけえぇぇ!!」
本間は杖で殴りかかるも、白刃取りのごとく都道に止められる。
自分がケモ耳女性で、当の本人がハンサムな男性なのが許しがたい。
「うわ、耳が尻尾が動いてる、はははははっはははは、はっ、ひっ」
「うっさい! 笑いながら呼吸困難になるなっ」
本人の意思とは無関係に苛立っているためか、尻尾が地面を高速で叩く。それでまた都道が笑うため酷い悪循環に陥っている。
「笑いすぎて腹が痛っ、ひぃ、ははははははは」
杖で両手が塞がっているため、本間は蹴り上げようとしたものの、スッと都道に片手で押さえられる。杖は片手で持たれていた。
「チャイナドレスで蹴ると見える」
何がというのは察した。
「お前の所為だろうがああぁぁ!!」
本間は杖を捻って戻し、鋭く突くも、ひゅっとかわされる。
「イチャついている場合じゃないわよ」
GMが呆れた声をもらした。
「イチャついてなどいないっ!」
断固否定する。見た目は美男美女かもしれないが。だが、都道を攻撃している場合でもない。
「ずるい」
アリスが尻尾を引っ張る。
「ずるくもないっ!」
本間はふうと息をついた。
「おい、残念だけどな。俺の策は失敗したぞ」
「いいや、大成功だ。ラスボスを創りだしたのだから」
都道が空を指す。
ゲームや小説の挿絵でしか見たことのないドラゴンが空を飛んでいた。
禍々しい黒いコウモリの翼が生えたトカゲというより恐竜のような。
「あの試験管の中身は竜化の薬だったんだ……」
アリスが呟く。
そうだ。人を竜にして戦争に使っていたという話をしていた。
「ポンカンの筋書き通りなら、冒険者を殺す気があっても街を壊す気はないだろう」
いつもの余裕めいた笑みで都道が言う。
と、時を告げる鐘がいくつも重なるようにうるさく響く。パソコンのエラー表示のように、個人個人に赤いウィンドウが大きくポップアップした。
『ラストクエスト。古竜を倒せ。
場所:プレイヤーVSプレイヤーエリア
注意:現在、ログアウトは出来ない状態になっています。死ぬと現実の肉体も死にます。予めご承知おきください。
このクエストを成功させれば現実に戻れるので、腕に覚えがあるものは挑戦するといいでしょう』
ウィンドウが小さくなり、開始まで5分のカウントダウンが始まる。
アリスは緊張した面持ちになり、GMは腕組みして何かを考えているようだ。
「なるほどな。あのエリアなら住民に被害がかからない」
都道は上機嫌そうだ。
「勝てるか」
「これでも訓練されたプレイヤーなのでね。物語で自動生成されたやつなら、ギミックはわかるだろ」
本間は声を潜めた。都道にしか聞こえないように。
「人の手がかかっている恐れがある」
「それはそれで、面白そうだな」
都道はにたりと笑い、対照的に本間は眉をひそめた。
(勝てるかもしれない。だが、一人も犠牲を出さずに勝てるか)
戦闘となれば、レベル1の本間にできることはない。苦々しく上空を眺める。
「とりあえずは、金貨を預けておく。それから」
都道はそう言って、麻袋を投げてよこす。慌てて両手で受け取るとずっしりと重さを感じた。
続いて、腰の鞄から青い宝石があしらわれた一冊の本を出して開き、上へと掲げた。
「おいで、不死鳥」
甲高い鳴き声とともに、赤い孔雀のような鳥が現れる。ゆったりと羽をはばたかせてホバリングしている。
都道はむんずとフェニックスをつかむと一本羽をむしった。先程とは違う高い悲鳴があがる。
そうして取った羽を本間の胸元に挿す。
「赤い羽根募金か?」
「そうだな。インディアンの飾りをやってもいいぞ」
都道は痛そうな顔をしていないが、フェニックスから手をつつかれまくっている。カッと威嚇され攻撃されている。
「やめてやれ。羽をむしりまくって食べる気か」
「フェニックスの血って不老不死になるって言うよな。美味いかな?」
「やめろ」
都道はあっさり諦めたのか、手を放す。フェニックスが都道の手の届かない上空にまで飛んでいった。
不意にふざけた笑みを消し、都道が真顔になる。
「自分がレベル1だということはよくよく自覚しろ。君の仕事はここで終わりだ。何もするな」
「どうせ何もできないさ。ラスボスを楽しんで倒してきてくれ」
本間はなげやりにパタパタと手を振った。
アリスが本間のところまで来て、気をつけの姿勢をさせるように本間の腕をとり押さえる。
「いい。私が戻ってくるまで、いい子にしているのよ」
「はい」
反射的にそう本間は答えて、何だか大昔にそういったやりとりをしたようなしてないような気になった。




