第六十話 金は天下のまわりもの
目に眩しいほどの白い壁。太い円柱がそびえ立っている。
天井が眩暈がするほど高い。
日が射す窓から雲が見える。空の雲の方が高いとわかっているのだが、区切られてしまうと少しの恐怖を感じてしまう。
全体の雰囲気としては西洋の教会に似ているが、宗教的なものは一切ない。
ここは銀行の本店だ。
「アリスさん。ついて来なくていいんだよ」
本間は歩きながら言う。
大丈夫だとは思うが、危険がないと言えない。
「レベル1のポンカンをほっとけません」
ポンカン……
早く帰ろう。
そして、寝よう。物語世界では昼だが、現実では夜中だ。深夜労働である。
「言われたとおりに準備してきたわよ」
GMが横から現れて手を上げた。
そういえば、この人も深夜労働だ。
「深夜労働、お疲れ様です」
「そうね。言われれば、深夜労働ね」
GMはくすっと笑う。なんでかアリスには尻尾を引っ張られた。
奥へと進むと、神経質そうで真面目そうな初老の男が立っていた。
白髪が多く、苦労したような皺が顔に刻まれている。
「お初にお目にかかります、頭取。冒険者のポンカンです」
頭取はうろんげな表情を、客を迎えるように外向きに変えた。
「おお、冒険者殿。お金を預けるでしたら、ここではなく表の方へ」
「いいえ。あなたに用があるのです、頭取」
争いに来たわけではない。穏便に済ませられるはずだ。
何も大勢の聴衆の前で劇をやるわけではない。落ち着いて、自分の役割を演じるだけだ。
本間はゆっくりと息を吸って、開幕の口火を切った。
「あなたが召喚している冒険者たちを元のところへ戻してもらいたい」
頭取は面食らった顔をする。
頭取は『頭取』として作られたキャラクターだ。いきなり何を言うのかと、思うだろう。
現実の人物が召喚され異世界転移したという筋書きは、佐藤のアイデアだ。
ありがとう、佐藤。
角戸 完の物語に飲み込まれたくないので、二度と会いたくはない。
「あなたは三国の戦争に心を痛めた。倒れていく戦友たち、建物は焼かれ住処を追われる人々、罪もないのに犠牲になる子供たち。あなたは戦争を『冒険者たち』に外部委託することにした」
頭取は戸惑いながらも、本間の話を聞いている。
聞いてさえいればいい。
これは物語ることによる呪いだ。世界の改変だ。
本来ならば文字にして書くところだが、ゲームでは通用しない。
代わりに語る。
「冒険者たちは積極的に楽しんで戦争を代行してくれる。死んでも生き返る。何度でも終わらない争いを代わりにしてくれる」
冒険者たるプレイヤーにとって戦争はゲームで遊びで楽しいものだが、ゲームの人物にとって戦争は現実で過酷で悲惨なものだ。
「そして、三国の間には魔物を配置した。三国の人々が直接対峙をしないように」
「何を言ってるんだ」
頭取がうめく。
何を言われてもいい。耳を塞がれなければ。
「魔法を使うには魔石が必要だ。魔石でモンスターを召喚して配置する。倒されても死体が残らないのは召喚される前の場所に戻るからだ。残されるのは魔石だけ。何度もモンスターを倒されても、魔石は冒険者が回収してあなたの下へと持ってくる」
本間は金貨を親指で上へと弾く。
金貨が宙を舞ったところで、杖でVの字を描き「風の刃」と呟く。
耳鳴りのような音がして、金貨が真っ二つになった。
本間は金貨を空中をつかむと、断面を見せる。
断面に透き通った青いものがのぞいた。
「金貨は魔石」
世界は改変している。
「あなたは魔物で三国の人々を恐怖に陥れ、冒険者たちという味方を登場させた。冒険者たちは三国の人々のために喜んで魔物退治し、争う。三国の国王や首脳連中はこの仕組みを知っているだろう。あなたに協力した。脅したのかどうかは知らないが。だから、お互いにいがみ合っているはずの三国の通貨が共通」
頭取の目が険しくなり、唇が引き締められる。
本間はGMに目くばせをし、GMもそれに頷いた。
「今まで協力してきましたが、今日で最後です。貴方に最初に力を与えた者として、命じます。ただの銀行業をやる頭取におなりなさい」
頭取はわずかに口を開いた。
唇が震えたかと思うと人が変わったかのような高笑いが響く。
「これで最後にするものか」
テンプレ通りの悪人顔をした頭取がそう呟いた。
(あ、これヤバいな)
本間の視界の端で、アリスが斧を構えるのが見えた




