第四十九話 愛は人を救うことだってある6
位置がわかって、助けに来てくれたのは感謝する。
ただ、助け方を考えて欲しい。
犯人がトイレに行った時に助けるとか、穏便な方法はあっただろうに。なぜに直接対峙しようとする。
本間は下唇を噛んだ。
「私が死んだら本間君を解放するのだろう。本間君の忘れ物をお届けに来たよ。それっ」
都道が鞄と刀をこちらに向けて放り投げる。ちょうど中間地点に落ちた。
「じゃあ、今ここで死ね! そうしないとコイツを殺す」
チンピラが銃口を本間の頭に押しつける。
金属の硬さと冷たさで、ゾッと背筋を這い上がる。
「まあまあ、キンピラ君。ここまでくればさ、私が自殺しようが君が殺そうが同じじゃないか」
都道は人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。実際、馬鹿にしていても不思議ではない。
手にしていた銃の弾倉を取り出し、弾をバラバラと床にこぼしていく。
無機質な金属音が響いていった。
「さて、殺しにくるがいいよ」
空の銃をぽいっと投げて、都道は不敵に笑った。
(何をしているんだ?!)
心臓がけたたましく鼓動を鳴り響かせていて、うるさい。耳の傍に心臓はないはずなのに。
「はあ?!」
チンピラは都道の行動に額に皺を寄せた。
銃というのは現実では当たらない。
漫画や映画、ドラマのように銃は当たるものじゃない。
銃社会のアメリカの警官でさえ、7メートル以上離れての発砲で命中率が9%。慣れていない者なら、当然それより落ちる。
だから、警察官が発砲する時は大量に発砲するか至近距離で撃つ。
当たらないからだ。
一発で頭に当てるような真似ができるのは、物語の世界か、自分が知る限りでは都道しかいない。
目測でおそらく7メートル以上は離れているものの。
(だからといって、絶対に当たらないわけじゃない!)
「中学を中退して、バイトも続かず、その日暮らし。SNSでの裏募集で受け子をやって逮捕され、前科あり。麻薬の運び屋しても途中でバレる。銀行強盗も未遂。何も果たすことができないクズが、君だ」
「《《ドブ川》》」
チンピラが反応して銃口を都道へ向ける。
本間は膝を使ってチンピラに体当たりした。
発砲音がしたが、何かに当たった音はしない。
―りーん
何度も聞いたことがある鈴の音がした。
世界がネガポジ反転して切り替わる。
すべて白い、建物も岩も、背景も何もない白紙の世界。
距離感が狂いそうな世界の中に、穴のような黒い塊が見える。
発砲音が再度する。
チンピラが撃った二度目の弾丸は、目の前に出現した黒いオオカミに命中した。
「なんだあ!」
チンピラが叫ぶ。
人一人丸のみにできそうなほど大きなオオカミ。頭だけで成人男性の身長くらいある。黒い目だけ光があり、体全体の毛は夜闇にとけそうなほどだ。
黒いオオカミは食べようとしていた女性を置いて、チンピラの方へと跳躍した。
「なんだよっ! ああああああ!?」
チンピラは情けない叫び声を上げて、転げるように発砲しつつ逃げていく。
オオカミの毛が本間の頬をかすめていった。
(なんだ?)
オオカミに食べられていても、おかしくはなかった。
生きている。
(どういうことだ?)
放心し、気が抜けて倒れているところを、都道に起こされた。
「本間君。専門だろ。なんとかしろ」
都道が本間の縛られた手首をナイフで切って解放し、そのままナイフを渡す。
本間が自身で足の拘束や目隠し、口のガムテープを外している間にも、都道は黒いオオカミに対して発砲している。
「都道、いつのまに銃を?」
「気にしている場合か。刀はそこにある。終わらせることを考えろ」
その通りだ。
状況はどうあれ、これは物語の暴走。内容がわからずともなんとかする。それが仕事だ。
本間は刀を拾い上げた。
「刀で斬りにいくから、援護頼む」
都道からの銃撃のためか、オオカミがこちらを向く。
あれだけ当たっているのにかかわらず、血を流している様子はない。
「後ろを向き、目を閉じ、耳を塞げ!」
都道が懐から穴ぼこの殺虫剤みたいなものを出して、ピンを抜いて投げた。
何かというのを理解する前に、都道の指示に従う。
あれは。
音響閃光弾だ。対テロ、立てこもり用の。強烈な光と音で犯人の目を眩ませ、数秒間麻痺させる。
(どこからパクった?)
目を閉じ、耳を塞いでも、凄まじい光と音を感じる。
背中を叩かれて振り向くも、都道の口が動いているのが見えるだけで、声は聞こえなかった。
刀を抜いて、首を振っているオオカミへと走っていく。
原型があるものや同じようなものは、同じ要素を持つ。同じ弱点と倒され方をする。
特に物語に言及がない限り、ドラキュラは太陽の光と銀が弱点で、カッパは皿が割れると死に、幽霊は執着を解消させてやれば成仏する。
大きなオオカミと言えば、北欧神話のフェンリル。
口を引き裂かれ、あるいは心臓を刺されて絶命する。
心強い発砲音が聞こえる。音が戻ってくる。
オオカミの目がこちらを向く、口が開き濡れた牙がのぞいた。
スローモーションのように時間が遅く感じる。
牙から逃れるように、オオカミの脇下を片手を地面に付けつつ滑り、胸を刀で刺す。
綿を刺したような感触しかなかったが、オオカミの形をしていた黒い塊が霧散していく。幻のように消えていった。
「ふー」
オオカミがいなくなった後は何もない。綺麗な白紙の世界だ。
たぶん、オオカミ以外はさして書かれもしなかったのだろう。何もない。
離れたところに、最初に食べられそうになった女性がいた。二十代くらいの若い。
本間はその女性が目元がどことなく姉に似ていると思い、ひっかかりを感じた。
「本間君」
「おわっ。ああ、都道、ありがとう」
にゅっと後ろから出てきた都道に驚きつつも、礼を言う。
「アレが死んだら、本間君は悲しむ?」
「アレって?」
「アレ」
都道が向けている視線の先にチンピラがいた。
大の字になって倒れている。
都道がカニのように二つの銃をささげているということは、奪ったのだろう。
「いいや。悲しむような善人じゃないね」
「そうか」
言うなり、都道は発砲した。
チンピラの頭すれすれを通った気がする。
「キンピ~ラ君。遊びましょ♪ 鬼ごっこしようか。当たったら負け~」
「うああああああぁぁ!!」
「ちょっと待て、都道! 悲しい、悲しいかもお!」
軽快に響く発砲音をBGMに、男三人の変てこなかけっこは現実世界に戻る短い間行われた。




