第四十二話 おおかみ3
母はいつもいない人だった。
いてもいない人だった。
私が居ても、いないものとしてくる。
泣こうがわめこうが目を合わせない。
いつしか大人しく、物のようにいるのが、母のためなのだと思った。
思ったのだろう幼い私は。
雨の日、曇ったガラスに文字を書くのが好きだった。音が出ないし、じっとしていられる。
おそらく、同じ年の子より文字が書けたし、読めた。
ずっと空想の世界で遊んでいた。
私はどこかのお姫様で、王子様が来てくれる。
母はいじわるな継母で、本物の母はあたたかく抱きしめてくれる。
でも母が私を見てくれないのは、私がいい子ではないからだ。
いい子なら、かまってくれる。
わるいこは食べられてしまえばいい。
あかずきんのように、オオカミに食べられてしまえばいい。
むしゃむしゃむしゃ
わるいこはたべる
むしゃむしゃむしゃ
おおきなおおかみさんは
わるいこをたべる
むしゃむしゃむしゃ
チラシの裏に書いていった。書いていくうちに長くなっていった。
よく覚えている。
紙がふわりと浮いて、文字が次々と現れて踊った。
こわくなって払ったら、紙がストーブの口に入り込んでしまった。
近寄ると火が上がったので、後退りした。
紙が燃えていく中、『ママ』という文字が見えた。
それから、母を見ていない。
火災から助けられた私は、遠い親戚だという本間家に預けられ養子となった。
母がどこにいったのかは、誰も知らなかった。
誰も話題に出さなかった。
きっと、どこかへ行ったのだろう。
高校生の時までそう思っていた。




