第三十八話 おおかみ1
「姉さん。大事な話だからよく聞いてほしい」
そう弟に切り出されたので深刻な内容かと思ったら、未完の物語が暴走するという件だった。
(ごめんなさい。それは知っているの)
頭の端を通るように、弟の話が抜けていく。靄がかかったように聞こえる。私の身を案じているのはわかる。けど、見当違い。
私が何も言わないのが悪い。
「姉さん?」
意識が引き戻される。弟は心配そうな顔をしていた。
「わかりにくかった?」
「そんなことない」
ただ、知っていただけで。
「そうか」
弟は気づかわしげな表情をしていたものの、切り替えるように口の端を上げる。
「もし物語世界に入ってどうしようもない時や死にそうになった時は、夢オチを使うんだよ」
「夢オチ……」
その話は初耳で、思わず弟の目を見る。
「夢オチは物語を強制終了させる。そのためか高確率で物語が終わったのに、物語に飲み込まれた人間が戻れないというエラーを引き起こす」
「終了したのに現実に戻れない?」
「そう。簡単に使えないよう、夢オチには大臣承認が必要とされる。もちろん、話にそっていれば夢オチでもエラーを出さないが。エラーの危険性があっても夢オチを使えというのは、確実に終わるからだ。物語の中で死ぬよりは、物語世界に留まった方がいい」
「エラーを起こした人は戻れるの?」
「原本がわかっていれば、続きを書いて終わらせればいい。原本がわからない場合は困難なようだが。物語世界では完結しているから、夢オチ後にしばらくして時間が止まるらしい。姉さんのように、後々に助けられて時間のギャップがある人間は他にもいるんだよ」
「あ……」
弟は私のことをなんらかのミスか事故で物語世界に行ったのだ、と思っているのだろう。それは違うのに。
「姉さん?」
「何でもない」
最初の物語の暴走を思い出してしまって、胸がざわついた。
―あれは、おおかみの話。人を食べる話……




