第三十三話 ホラー映画にありがちなこと
悪い予感はしたのだ。
変に物語回収課が物分かりよくなって、未完の物語を積極的に地方にまわすようになったこと。
課長がわざわざ面談室を取ったこと。
トドメはその面談室に都道がいたことだ。
「よお、本間君」
「本間係長、よく来たね」
都道は嬉しそうな笑みを浮かべ、課長はいつものとおりに微笑んでいる。
(なにこの、スマイルセット。ケンタッキー頼んでない)
本間 続は引きつりそうな頬を、無理やり仕事用に切り替えようとした。二人に相対し、空いている革張りのソファに座る。
「あの、課長。話というのは」
「そうそう、本間係長には未完の危険な物語を回収にいってもらうことになる。都道さんと一緒にね」
「よろしく」
都道は手をひらひらと振る。
「えっと課長、どういうわけでしょうか」
物語を回収するのは、物語回収課の仕事のはずだ。
「物語回収課の仕事をちょっと手助けするという条件で、物語を地方に分担するのに加担してもらうことにしたのだよ」
(ああ、だから仕事量が減ったのか)
敏腕な課長がすることだけある。
(いや、待てよ)
「もちろん危険ということは承知している。なので、応援を頼むことにしたんだよ。警視庁の方も物語の暴走に理解があり、暴走しがちな問題児がいるということで快く人材を貸してくれた」
「どうも」
都道が小さく手を上げる。
(お前、問題児扱いされているぞ)
「いえ、その、課長。物語終了課の全体としては良いことだとは思いますが。私の仕事量増えませんか?」
本間の意見に、課長は微笑みを返しただけだった。
「本間係長。今は何月かい?」
「十一月です。課長」
「国会審議しているね」
「ですね」
「中央、霞ヶ関では人手が欲しいみたいなんだよね。他省、具体的に言うと厚生労働省が欲しがっていて……」
ごくりと本間は生唾を飲み込んだ。
「それだけは。強制労働省にだけは……」
噂だけは聞いたことがある。
夜中まで国会対策で詰めていて、終電がもうなくなりタクシーチケットで帰る日々。
特に、厚生労働省は通称『強制労働省』とか。
国会がない時でも万年残業。月200時間超える時もあるという。
「人として、健康的で文化的な最低限度の生活を送りたいので、回収をやらさせて頂きます」
本間が未完の物語を回収する羽目になったのは、こういう理由である。
****
ゾンビが少なくなったのを見て、奥へと走る。
覆面した男が横からゾンビに足首をつかまれて、ズルっと引きずられる。
素っ頓狂な悲鳴を上げて、男は片方の足でゾンビの頭を蹴った。ぐちゃり、という腐ったキャベツを叩いた音が響く。
本間は男の足先へ刃が突き立てると、ゾンビの腕自体が割れた。
「ゾンビに噛まれるなよ。ゾンビになる」
原本の脚本を本間は読んではないが、物語に特別な言及がない限り、同じものは同じ要素を持つ。ゾンビなら人を襲う、噛んだ相手がゾンビになるという風に。
男が手をついて立ち上がる。
(この男、なんで覆面なんだろ)
と本間は一瞬思ったが、それは後で訊けばいい。
「急なことで混乱してるだろうが、これは夢だよ。単なる夢だ。ただ、ここで死んだら現実でも死ぬから頑張ろうな」
本当は夢ではなく物語の中なのだが、一般人への説明はそうなる。
未完の物語が暴走する、と知られるわけにはいかないのだ。
都道がクスクスと笑いをもらす。
(楽しそうだな。ちくしょう)
本間は舌打ちをした。
都道にしんがりを任せ、裏口の戸を本間は蹴飛ばす。
幸いにも戸の裏にゾンビはいなかったが、音で外にいるゾンビがこちらに気づいたのを感じる。
道路へと走り、車のドアを開けようと片っ端からガチャガチャと引く。
必ず、鍵を差したまま放置されている車はある。
なぜなら、ゾンビ映画だからだ。
すんなりとドアが開いた感触に、本間は心の中でガッツポーズした。
「こっちだ! 車に乗れ」
手を振って合図し、運転席に滑り込む。
後部座席に覆面男が転がり込み、速足ながら銃を撃っていた都道もそれに続いた。
キーを回す。
かすれたエンジン音がして止む。再びキーを回すが、同じ結果。
「おい、早くしろよっ! ゾンビが来るじゃねぇかよっ!」
覆面男が焦った声を出す。
サイドミラーに大量のゾンビが見えた。その先頭の一部はもう近い。
「大丈夫さ」
本間は淡々とキーを回す。
エンジン音は最初はするものの、続かない。
「何が大丈夫だあぁぁ!!」
覆面男は運転席を掴んで揺らした。
ゆっくりだが、着実にゾンビが歩いてくる。大量にいると壁が迫ってくるようにも見える。
「走るゾンビじゃなくて良かった。流行りではあるからな」
そう本間は言いつつ、バックミラーを見やった。
「いいや、甘いな。このパターンは、途中から急にスピードを上げて脅かしてくるものだよ」
都道の言うそのままに、ゾンビが急接近してきて窓に手をついた。青白い手があり得ない方向に曲がる。
「うあああああああ!!」
覆面男が悲鳴をあげ、運転席を叩く。都道は「おー、リアル」と感心していた。
次々とゾンビが車に追いついて、車体を揺らす。
バンバン、と次々と窓にゾンビの血の手形がついていくのが見える。
「こうもっと怖がらせる工夫がないよな」
ぽつりと本間が呟くのに、都道が同意した。
「映画にならんわけだ」
「言えてる」
「てめえら、何話してやがる!」
覆面男はガタガタと震えていた。
(一般人は怖がっているので、ある程度成功かもしれない。脚本家さん、ごめん)
未完にして、銀行の金庫に納めるという面倒なことをしたことは許さないが。
更にしつこくキーを回してもエンジンがかからない。
「ぎゃあああああああ!!」
覆面男が喉がやられそうなくらいに叫ぶ。
ゾンビが頭突きをしてリアガラスに蜘蛛の巣のようなヒビができたのが、バックミラーで確認できた。
(そろそろか)
本間はぐっと力を入れてキーを回す。
今までが嘘かのようにエンジンが入る。アクセルを踏み込み、まず前のゾンビを轢き、ギアをチェンジして後ろをも引き倒す。
再度、ギアを変えてハンドルを横にきり、アクセルをベタ踏みする。
急加速したためか、覆面男の頭が窓にゴツンと当たった。
ゾンビが小さくなったのを見て覆面男は安堵したのか、思いのたけを叫ぶ。
「てめえら、どうして冷静でいられるんだよおお!」
「まあ、そういうものだから」
「お約束だな」
本間と都道はよくB級映画を見る人だった。




