第三十一話 ちょっかいかけて弟を怒らせたいブラコン年下の姉(女子高生)VS 姉が何してもかわいいと思っているシスコン年上の弟(三十路)
「つまりはだ。君は弟さんの本音を聞きたいんだろ」
弟の親友、都道はそう結論づけた。
「なら、簡単だ。訊けばいい」
そんな単純な話ではない。
「弟は私の前では猫をかぶっているの」
本間 夏美はそう肩を落とした。
「ちょうど良い。今晩は本間君と飲む予定だ。いい具合に、飲ませて酔わせて帰らせるから、訊いてしまえばいい」
「酔って……」
家でもノンアルコールビールしか飲まない彼がそう酔うだろうか。
「酒で人の本性が出るというだろう」
都道はそう口の端を上げた。
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ソファで夏美がテレビを見ていると、玄関の方でガタタと戸を閉め鍵をかける音がし、
「ただいま」
と、聞く人を想定していない、とりあえず習慣で言ってみた小さな声がした。
普段、弟は夜遅く帰ってくる時は音がしないようにゆっくり戸を閉める。
手を洗っているだろう水の音も荒い。
「起きとったん?」
ふらふらと弟がリビングに顔を出した。足元がおぼつかないほどではないけれど、しっかりとは立っていない。
(珍しい)
顔も赤くなって、口調も違う。
思わず口を開けて見つめていると、弟は怪訝に思ったらしい。
「なーん?」
「ううん、なにも」
弟は首をかしげつつ、奥へ消えると水をグラスについで戻ってくる。
グラスをテーブルに置くと、お気に入りの椅子に陣取っているイケアのサメとニトリのサメのぬいぐるみをぽいぽいと夏美の隣に置き、普段通りに座る。
「ふー」
満足そうに背もたれに深く沈み込み、水を飲む。
(あの椅子はいつか解体しよう)
「もう遅いけ、早よ寝りぃよ」
弟は力の入っていない腕を上下に揺らした。当の本人の方がすぐに寝そうなくらいに眠たそうだ。
「私、続に言いたいことがあるの」
まっすぐに弟の目を見る。
弟は背もたれから背を離し、とろりとした眼差しが真剣なものになる。
(せっかくの酔いがさめてしまう)
それでは意味がない。
大人しい皮を被ったいつもの弟では話にならない。
「いえ、そんな大したことないの。ほんとよ。なんてことないの」
慌てて訂正すると、弟は空気が抜けたように背もたれへと返っていく。眼差しも柔らくなり、ゆるゆると目が閉じられる。
「……」
すー、という健康的な寝息が聞こえた。
「だからって、寝ていいわけじゃないのっ!」
すぐ横にあったイケアのサメで弟をバシバシと叩く。
「う。うん?」
身じろぎしながら、弟が目を覚ます。
「あのね……」
「うん」
弟が身を起こして、真面目な表情になる。
(調整が難しい)
「酔ったままでいて、それで寝ないで、ちゃんと聞いて」
脅すようにサメを差し向ける。サメの鋭い歯(といっても布)が弟の顔に刺さった。
「あ、うん」
コクコクと弟は頷いたので、サメは引っ込める。
「わかっているとは思うけど、七味の中ブタを外したのも、続の鞄にゴキブリやカエルのおもちゃを入れたのも、ミステリーの犯人の名前を手帳に書いたのも私なの」
謝らない。
ごめんなさいと言ったら、きっとあっさり許されてしまう。
弟はふわふわとした頭で言われたことを処理しているようだった。
ぼーっと中空を見ている。
「どう思う?」
「どう?」
「私のことどう思う?」
気を使われて本音も少しも言われない関係なら、いっそのこと嫌われてもいい。被った猫なんて、引き剥がしてしまえ。
弟は、
「姉さんは世界一の姉だと思うよ」
とふわりと笑った。
(違うっ。嬉しいけど、違うっ)
魚雷のごとく放ったイケアのサメは、弟の顔を直撃した。
「あ、えっと。恥ずかしがらなくても」
弟はサメの潰れた顔面を直すべく、ぽんぽんと叩いて整える。
「でも、そういう姉さんもいいと」
二発目のサメが着弾する。
今度は本当に羞恥心ゆえだった。
残念ながら(?)、夏美の望み通りに続に怒鳴られることになるのは、ずっと後のこととなる。




