第二十一話 北九州は修羅の国とか言った奴、ちょっと裏までおいで
福岡県北九州市。
九州の最北端に位置し、本州と近いところでは対岸がくっきりと見えるほど。
また、よく知られてはいないが、政令指定都市の一つである。
歴史的には明治の産業の発展に寄与した官営八幡製鉄所があることや、出光興産の発祥地でもあるのだが。
悲しいことに、北九州と言えばと東京の者に聞いた印象はこうである。
―修羅の国と。
確かに、住宅街の倉庫から対戦車用のロケットランチャーが見つかったり、日本刀持っての立てこもりがあったり、駅の花壇に手榴弾が置いてあったりしたけれども、それだけである。
福岡では手榴弾を見つけ警察に届けると十万円もらえるが、そう頻繁には落ちてはいない。
暴力団対策に、県外の機動隊が入れ替わり立ち替わり総勢三百人来たこともあったが、平和なものである。
広島、大阪に警視庁の機動隊と豪華メンバーが集うのはそうあるまいが。
戦後史上凶悪な殺人事件の一つとも言われ、あのマスコミがあまりの酷さに黙った事件が起きた場所だが、それもそれだけのことである。
運動会での騎馬戦は、体当たりして騎手を落として土つけることで勝敗が決まる。ハチマキを奪い合うなんて甘っちょろいことはしない。
東京の人に言うと目を丸くされるのだが、なぜだろうか。
石を投げたらヤクザに当たることはないし、子供を育てやすい街に八年連続一位になっている。
嘘ではない。
物価も安く、暮らしやすいところである。
本当である。
【北九州は修羅の国とか言った奴、ちょっと裏までおいで】
夏休み。
実家のある北九州に帰って来たと実感するのは、セミの鳴き声だ。
ミーンミーンなどと、アニメや映画で情緒ある夏のバックサウンドではない。ワシャワシャワシャとけたたましい大音量が響き渡る。
本間は額の汗をぬぐった。
ジーンズにTシャツというラフな格好で、いつものスーツよりはましだが暑いものは暑い。
神社の裏手の森の土だらけの道を上っていく。木陰になっていて、アスファルトを歩くよりかは涼しく感じる。
ところどころ、木の根を踏まないよう避ける。先日、もし雨が降っていたならよく滑っただろう。子供の時、転げたことがある。
道が二股に分かれるところで、簡素な木のベンチに腰掛け、ペットボトルの水を一口飲んでリュックサックを地面に置いた。
荷物からノートパソコンを取り出し、太ももを机代わりにして、画面上に文字を打っていく。
これは褒められた行為ではない。上司にバレたら左遷ものだろう。
―物語終了課の係長が、未完物語を書いて暴走させようとしているのだから
「よお」
本間が声に顔を上げると、都道がこちらに来ているところだった。フードにクロップドパンツ、野球帽という姿で、同じ三十歳のはずなのに童顔も相まって未成年にしか見えない。
「その恰好、また補導されるぞ」
「それが面白いんじゃないか。警察手帳を見せると態度をコロッと変える」
「ああ、お前ってそういう奴だよな」
今更だったと思い、続ける。
「ここに来たのも、面白そうだからか?」
その言葉に都道はくしゃりと笑った。
「未完の物語が暴走すると人を飲み込み、物語の世界に行ける。楽しそうじゃないか」
「よく調べたな」
その事実は一般ではない。
もしそれが公になれば、わざと未完物語を作り出す人がいるかもしれないからだ。
「依頼人のことを調べるのが、定石だろう。失踪した姉のことも知らずに、卒業文集でからかった罪悪感というのもある」
「それは気にしなくていい。俺が小学生の時にいなくなったからな」
というより、都道が気にするタイプには見えないが。
姉は当時、十七歳という若さでどこかへ消えた。彼女の友人らの話でも事前に不審な点はなかったという。
とはいえ、小学生だった身からすれば、何もわからずに親に問いただして困らせた記憶しかない。
「未完の暴走は警察の上層部では周知の事実だったようだが。当たり前か。人の失踪で疑う必要がある選択肢の一つだ」
「そうだな」
疑わしい事例があれば、警察の要請で物語回収課が行く。偶に物語終了課が行くこともあるが。
「飲み込んだ未完の物語に、反応する鈴があるとか」
「これだな」
いつもなら左手首に括り付けている鈴を、本間は掲げて見せる。
「本間君の姉の事例では、鈴の音の反応はなし。残された作品に未完のものはなく、俺が調べたところでも文芸部の冊子や同人の収録作に未完のものはない」
念のため、都道に調査を依頼したが、ヤブヘビもいいところだ。
「以上のことから、物語の暴走の線は消えたわけだが。本間君がこだわるのは、どの作品でもないプロットか本文をちらりと見たことがあるせいじゃないかな」
「正解」
本間が憎たらし気に答えると、都道は薄い笑みをにじませた。
「本間君はこう考えたわけだ。未完の物語の原本は、見つかっていないがあるはず、と。私も彼女の作品を読ませてもらったけど、個々の作品は違うのにどこかで繫がっている。それは同じ登場人物だったり、作品の中の人が書いた小説だったり、場所は違えど同一の世界観だったりする」
都道が指先で帽子をくるくると回している。
「ならば、発見されない原本も既存の作品と繫がるはずだ、と。本間君はアレだろ。彼女の作品世界を基に、新たな未完物語を書き暴走させれば、姉がいるかもしれない物語世界とくっつくだろうと思っているんだろう」
「大当たり」
本間は苦虫を念入りに噛み潰したような顔をした。
角戸の作品の登場人物である『佐藤』が、別の作品で同一個体として存在できることを確認できたことは大きい。
それを都道は知らないはずなのに、そう推察するとは。
「それで、姉と会って現実に戻るよう説得するつもりか?」
「いいや、そんな藁の中から針を探す真似はしない。世界観が繫がったとしてもどこにいるかはわからないからな。居そうなところをターゲットにするけれども。姉さんの作品を内包できれば、こちらの書いた未完作品を終えれば姉さんを助けることができる。かもしれないだが」
「なるほどっ」
都道が指で帽子をはじくと、一回転して本人の頭の上にのった。




