第十八話 近頃、死亡フラグを立てる奴は生き残る
目を開けると猫耳にメイド服の少女がいて、本間はもしかしてメイドカフェにでも入ったのかもしれないと思った。
「えっと」
ソファに寝かせられていたということは、助けられたということだろうか。
本間は起き上がり、ソファに座りなおす。
「状況はよくわからないが、ありがとう」
そう言うと、少女はバッと顔を赤く染めて、
「あ、あんたのためじゃないんだからね。砂浜に打ち上げられていたのが見苦しいから、景観を良くしようと人を呼んだだけよ。勘違いしないでよねっ」
とぷりぷりしながら去っていく。
「ナニアレ……」
突然のことに本間は唖然として、少女を見送った。
いつのまにか角戸がそばに立っており、意味ありげに腕を組む。
「彼女はツンデレ探偵、寒田甘子。犯人に『あ、あんたなんか犯人だと思ってないんだからね!』が決め台詞」
「わかりにくっ」
(というより、お前も巻き込まれたんかいっ!)
周りに人がいるので心の中だけでそう叫ぶ。
「絶海の孤島に流れ着くなんて、フツーあり得ねえだろ。アイツが親父を殺したに決まってるぜ」
いかつい顔をした男が言う。それに対し、勝気な印象をもたらすショートカットの女が、
「そうかしら。兄さんがお金なくて遺産目当てに殺したという理由の方が、もっともらしいわね」
とケラケラと笑った。
「やめなさい二人とも。そんな子に育てた覚えはありませんよ」
年配の和服に身を包んだ女性が咎める。
(わかりやすい自己紹介フェーズどうも)
本間はそう突っ込む。
会話からして殺されたのは父。この場にいるのは兄、妹、母ということだ。
そして、自分は物語に入る都合上、どこかからか流されて来たということになっているらしい。
ただ自己紹介フェーズはまだ終わっていなかったらしい。
「あら、お母様だって父の悪癖に辟易してたじゃない。遺書を発表するって父が言って、わざわざ親戚の子を連れてきたのが気にくわなかったんじゃないの」
ショートカットの女が青年の方を見やる。
「はあ」
困ったように笑ったその若い青年に本間は見覚えがあった。
「佐藤」
「あ、本間さん?」
(角戸め。新たな登場人物をつくりだすのが煩わしくて流用しやがったな)
何度もトラックにひかれて転生したあの主人公だった。
顔や背格好もほぼそのままで変わらない。
「『今夜、誰かが殺される』だって?」
本間は聞き間違いでないかと繰り返すが、佐藤は申し訳なさそうに頷いた。
「はい、そう書かれたビラが島のあちこちにばら撒かれて、みんな気が立っているんです」
「警察には電話したんだろう。被害者の件もある」
「いえ、電波が届かないんです。だから一週間後の帰りの船を待つしかなくて」
本間はスーツの胸ポケットから携帯を取り出し、かけてみようとしてやめた。
まず海に浸かって電子機器類は使えないと考えなければ、変にまわりに勘繰られる。
「ひとまず、今夜は居間で皆で一緒にいるのが一番だろ」
現実的なことを本間は言っただけなのだが。
「ああ!? 人殺しがこの中にいるのはわかっているんだよ。一緒に居られるか。俺は自分の部屋で寝る」
強面の兄がそう言い放ち。
「同感ね。私も部屋のシャワー浴びるわ」
妹もそう言い。
「あの……あとで大事な話があります。明日の朝、来てくれます?」
と母は本間にそう言い去り。
「そうか……もしかして、あいつが……」
と角戸はぶつぶつ言いながら居間から出て行く。
「犯人がわかったわ」
と探偵が言い。
悪い予感がしながらも、本間は訊いてみる。
「誰ですか?」
「今は言えない。また後ほど言うわ」
とクールに探偵も去っていく。
(どいつもこいつも死亡フラグをむやみやたらと立てるんじゃない―!!)
このような場面展開において、原則一人になった奴から殺される。
一人で部屋にこもるのはご法度だ。
シャワーや風呂に入るのも無防備になる点で駄目だ。
大事な話やら、何かを匂わせる発言するのもアウト。
一番いけないのは、犯人がわかったと言いながら言わないことだ。
いや、ここに死亡フラグを言っていない者がいる。
「僕も何か言った方がいいんですかね。流れ的に」
そわそわしながら佐藤が言う。
「言わなきゃいけないってことはない」
「これが終わって帰れたら、好きな子に告白するんだ」
うん。それは微笑ましいな。がんばれ。
ミステリーにおいて、閉鎖空間における殺人が起きた場合、時間が経てば経つほど状況は悪化する。
早めに処理して、早く帰るに限る。
物語終了課の案件ではないので、物語自体が手元にないのは痛いが、推測で補うことは可能だ。
居間の監視カメラの存在は知っていたので、佐藤の部屋で紙とペンを借りる。
有効そうな手段を思い描き、物語を書いていく。保険は出来うる限りかけておく。
できるのは大筋の脚本を仕立てることだけだ。
世界が、登場人物がその脚本に合っていれば、ほぼそのとおり動く。
「で、呼び出しておいて、何だ?」
角戸が振り向く。
カブトムシを模した館のツノ部分の廊下、被害者の部屋のドアの前。
事前情報どおり、監視カメラのレンズが上に見えた。
本間は話を切り出す。
「犯人のことだが。『アガサ・クリスティ』のフェアかアンフェアかで論争になった推理小説のことは知っているだろう」
「ああ、語り部が犯人という……」
何かに思い至ったのか、角戸の視線が険しくなる。
作者は神と例えられることがある。
登場人物を思い通りに動かしたり、様々な視点から物語を語り、三人称の地の文は絶対である。
だが、作者本人が実体化している今なら、作者は神ではない。ただの人だ。
人なら嘘をつくものだ。
悪意ある『信頼できない語り手』が犯人だとしたら、どんな状況であってもすべて覆る。
文章では完全な密室があるようにこしらえても、実際は妄想とも嘘とも片付けられる。
前提をひっくり返すことができる。
本間は静かに告げる。
「お前が犯人だと、とても筋が通るんだよ。角戸 完」




