第十六話 作家は物語を完結させてから天寿を全うして。お願い
もう駄目だ。
いくら書いたって、終わらないし。
次の展開思いつかないし。どうすればいいかもわからないし。
というか続きを期待してる人なんて、そもそもいないだろうし。
書いてることなんて、他の人がすでに書いているようなもんだし。
世の中には俺が書かなくても素晴らしい作品はたくさんあるし。
読む方だって、俺の駄作を読む時間があれば他のを読んだ方が時間の無駄にならないし。
もう駄目だ。死のう。
震える手で天井から吊るされた縄の輪っかを掴み、自分の首を入れる。
「死なせるかぁ―!」
そう背後から聞こえたかと思うと、刃のきらめきが視界の端に見える。縄が切れたのか、重力そのままに俺は床に転がった。
【作家は物語を完結させてから天寿を全うして。お願い】
「ったく、何やってるんだ」
本間は縄を切った刀を鞘へ戻し、踏まれたヒキガエルよろしくうつ伏せの大の字で横たわる金髪の男を見やる。
出張先のホテルの部屋に着いたと思いきや、いきなり監視対象が自殺しようとしてるとは思わない。
「おい、角戸 完だろ、おい」
普通、初対面の人には敬語や丁寧語を使うのだが、散々迷惑をかけられているので使わない。
「え、あ、お?」
金髪のヒキガエルが両手両足をバタバタさせてひっくり返る。
角戸はピアスをし、穴があいたズタボロのジーンズ(そういうファッションなのかもしれない)を着ていた。とても作家という身なりではない。
彼は本間を見るなり、
「誰?」
と言った。
説明がいっていないらしい。
課長と出版社の担当者の共謀がどういうのだったかは知らないが、作家の角戸が了承したものではないだろう。
「文部科学省の物語終了課、係長の本間だ。物語を終わらせられないお前さんの監視に来た。物語を終わらせるまで自殺も逃亡も許さん」
「いいえ。自らの作品を未完にさせるべく殉教者たらんとする姿、実に誠に感に入ります。ぜひ死にましょう」
みかん色のおさげ髪をした少女が、まるで受胎告知か預言を授ける天使のように角戸の手を包み込みそう言う。口にはアルカイックスマイルが刻まれていた。
窓から光が差し込み二人を照らしていて、宗教画のように見せている。
「……」
エンガチョよろしく本間は二人の手が握られているところを手刀で切り離すと、無言でベッドの枕をつかみ、少女に触れないよう注意しながら、その枕で少女をドアまで押していった。
廊下まで少女を押すとパタンとドアを閉める。
オートロックなので鍵がかかった音がカチリとした。
「なんか、今、天使のような、女子高生のようなのが見えた気がするんだけど……」
角戸が呆然とつぶやく。
「気のせいだ」
そう気のせい。そうでなくては。
「なんかドアのところガタガタしてる……」
「気のせい気のせい」
本間は頑迷にそう言うと、話を元に戻そうと続けた。
「物語を終わらせるまで監視するため、担当から鍵は預かっている。部屋は広いしテーブルもあって丁度いいから俺もこちらで仕事させてもらうぞ」
「担当さぁああん」
哀れな泣き声をあげると、角戸はゴロゴロと地面を転がる。
面倒くさそうな奴である。
「そもそも、物語を終わらせられないお前さんが悪いんだろうが。むしろホテルを用意してくれることに感謝しろ」
「違うよう。ちゃんと終わらせる仕掛けを作ったのにさ、担当さんが許してくれないんだよう!」
金髪の成人男性が幼稚園児並みに駄々をこねている。
面倒くさそうではなく、面倒な奴と認識を改める。
担当が駄目だっていうのなら、大した仕掛けでもないんだろうが、一応念のため訊いてみる。
「終わらせる仕掛けって?」
「ふっふっふっ。訊きたいか」
角戸は急に元気になり、起き上がるとほくそ笑んだ。
こうも態度が露骨だと逆に訊きたくなくなるが、いい大人なので我慢する。
「ああ。訊きたいね」
「くっくっくっ。この角戸 完、天才の思いつきをとくとご拝聴あれ」
まるでショーの司会のように角戸は大仰そうに腕をあげる。
「はぁ」
「そこ、テンション上げる」
とても面倒くさい。
「わー、どんなのだろう」
棒読みで本間は手を叩くが、それでも角戸は満足したらしい。
「まずはな。なるたけ色々な制限をいれた完全な密室を用意した殺人事件の話を書く」
「完全な密室?」
「そう。俺が考えうる限りの完全な密室だ。指紋と虹彩認証鍵がかかったドアの前には監視カメラ、窓は防犯対策で面格子、合わせガラスにして内側からの5重ロック、もちろん針金とかの入る隙間はない。さらに窓の外には雪があるのに足跡はない。壁や天井、床に仕掛けはなく、動くこともない。自殺と思われないよう、被害者は背中から刺されたナイフで死んでいる。っといった具合にだな」
それでどうやって解決させて終わらせるのだろう。
ミステリーならば殺人事件の犯人とトリックを明かさなければ、普通終わりとならない。
「それでどうやって事件を解決させるんだ?」
「そう、そこがポイントなのだよ、ワトソン君」
勝手にワトソンにするな、本間だ。
角戸は得意げな笑みがこぼれるを抑えようとして、抑えきれていない。
「その完全な密室殺人の話を『読者への挑戦状』として雑誌に出し、回答を募る! その中で良さそうなやつを拾って、当たりでしたと読者のトリックを使って解答編を書く! 完璧な仕掛けではないか。ハッハッハッハッ」
「完全なる他力本願!」
「なんとでも言いたまえ。思いついたのが勝ちなのだ!」
角戸は自分に酔いしれて笑い続ける。腰に手を当てて、反りかえりそうなほど。
「はぁ。あのな……いいか」
本間は幾分言いにくそうに手をあげる。
「なんだね。ワトソン君。奇抜なアイデアについていけないか。ハハハハハ」
「本間だよ」
無駄と思いつつ、訂正し続ける。
「そういうネタ、『東野圭吾』がもうやってる」
角戸の笑い声が途絶える。
表情が急変し、目と口がムンクになると変な叫び声を上げながらベッドの下へともぐりこんでいった。
ベッドの下は狭いのに、体が柔らかいものである。
「お~い。出てこい~。諦めてちゃんと書け~」
本間は猫バンバンの要領でベッドを叩くが、角戸が出てくる気配はない。
あれだ。とても面倒くさいじゃない。
撤回する。
超絶面倒くさい。




