第百十七話 萌えは増殖する
うどん一杯220円。大学の学食で一番安いメニューである。具はないが、ネギと天かすがいれ邦題。運が良ければほんのり海老の風味がする。
うどんが見えなくなるほどたっぷりいれるのが、妹川の好みだ。天かすがふやけて、ふにゃふにゃになったところをうどんと一緒にすする。
「妹川っ! ここにいたのか、聞いてくれ。『私の弟がこんなにもかわいい』の作者が学内にいたんだ」
姉歯 大輔が早口でしゃべってきて、向かいに座る。姉歯のランチはハンバーグ定食、480円はする。
「どうしてわかったんだと思っただろう。講義中にノートの端にキャラの名前とセリフを書いている人がいてさ。たまたま後ろから見えて、同志よここにいた! と仲良くできるチャンスをうかがっていたんだよ。そしたら、まさかのそのセリフが翌月の連載に使われていたんだ! 作者だ!」
うどんを食べていて相槌もうてないまま、話は進む。すすりきれるまで待てないらしい。
「作者に『作者ですよね』とは流石に言わなかったけど、講義があれば挨拶をし会話をふり、漫画や小説の話をするようになり、ついに姉弟もの良いよなという話ができた!」
姉歯がある女子と距離をつめていっているという話を聞いていて、リア充め羨ましいと思ったらそれか。残念なやつだ。
妹川はレンゲで天かすを山盛りにし、無言でうどんをすする。
「妹川の姉弟のエピソードを萌え化した話をしたら、作者様からネタにしていいかと言われたよ! もちろんオッケーしたね!」
(勝手にネタにすんな)
今、何かを言おうとすると大惨事になるので、目線だけで訴える。
「なあ、素晴らしいと思わないか。二次創作が公式になり、それを二次創作する。それがまた公式になって……拡大再生産!! 複利でがっぽり!!」
「習った経済の用語をすぐに使いたがるな」
冷静につっこんだのにも関わらず、姉歯は嬉しそうな顔を崩さない。
「しかもしかも、元ネタまで把握した。作者の兄は、この前居酒屋でからんできたおじさんだったんだ」
「ああ、あの姉好き重症な酔っぱらい」
味玉と砂肝は美味しかったです。
「公式の供給に加え、元ネタの供給。ありがとうございます! どうしよう死ぬ、のたうち回れる。爆発する」
「するな」
姉歯がさっきから挙動がおかしいので、自分のまわりの席が地雷原のように空白になっている。そういう意味では爆発物かもしれない。
「仲のいい姉弟をいつまでも見ていたい。姉が弟をかわいくイジメるのを見たい」
「姉歯はMなのか?」
「姉好きが弟と自分で同一視して楽しんでいると思ったら大間違いだ。むしろ、壁になって見守りたい。『私の弟がこんなにもかわいい』であったように、寒い日に外から帰ってきた姉が冷たい耳を弟のほっぺたに押しつけて嫌がられるのが見たい。嫌がれる度にきつく抱きしめて密着するのがまた良い! 尊い!!」
姉歯が天高く両手を合わせて祈っている。ここまで、目が輝いているいただきますのポーズがあっただろうか。
それはどうでもいいとして、地雷原が拡大している。遠巻きに見られている。危険じゃないから戻ってきて欲しい。
「あ、しまった」
姉歯が気づいてくれたらしい。もう少し普通の人に擬態して生きような。
「壁では、姉弟が遊園地に行った時が見れない」
そうじゃない。




