第百十話 物語撲滅委員会の活動内容
「本間様は物語撲滅委員会を聞き慣れず、警戒心を持たれているようですね」
老執事にしか見えない葉梨は、そう笑みを浮かべた。
本間は本心をずばりと言われて、口元を歪ませる。だが、通常の人なら怪しんで当然だ。
普通の人は『物語撲滅委員会の会長です』とは言わない。
「ご安心ください。物語終了課にとって我々は敵ではありません。物語が生まれないようにする。そうすれば、未完の物語も生まれない。簡単のことです」
「はあ。何をやっているんだ?」
非常勤職員とはいえ、物語終了課の管轄内で変なことをしてもらいたくない。
「東に二番煎じと悩むものあれば、じゃあいらないのではと囁き、西にこれ以上面白いものはないと言う作家あれば、同じ展開の人気作をそっと持ってくる」
「おい、やめろ」
穏やかではない。
「南に読まれないという人あれば、もうやめようと言い、北に創作論あれば、つまらないからやめろと言う」
「作家の心をへし折ろうとするな」
世間様にこの活動が知られれば、炎上どころの話ではない。非常勤でも、公務員は公務員だ。一般人にとって違いはない。
本間は自分の頭に手をつっこみ、髪をくしゃくしゃとする。
「いいか。余計なことはするな。公務員というのは、平穏無事につつがなく仕事をするのが一番なんだ。定年退職する時に『大過なく勤めあげました』と言って花束をもらうのが理想で」
「係長はもう無理だと思います」
小牧が余計なことを言う。しかも、哀れな人を見る目で。上司に対する態度ではない。
「ひどい」
「係長お一人で、どれだけ物語に飲み込まれているんですか」
「それは主に角戸の所為であって、俺の所為ではない」
大いに不本意である。
「俺は真面目に働いていて、巻き込まれているだけだ。角戸さえ完結してくれれば、厄介ごとが大分なくなるし、残業時間も減って……減って……」
引っかかりを感じて言葉が止まる。この頃は角戸の未完の作品がないので、物語の中に入ることもなく、それによって余計な残業もすることもなくなっている。
「角戸殿には、いかに彼のアイデアが使い古されているものかを証明し、自信をへし折って来ました。今の彼に新作を書く心の余裕はございません」
「あー」
角戸が落ち込みベッドの下に潜り込む様子が目に浮かぶ。しばらくは出ては来ないだろう。
ただ、最近なぜ角戸の作品が物語終了課に上がらないのかはよくわかった。
「その、そのな。被害にあっている俺が言うのもなんだが、作家のやる気を削ぐのはいかがなものかと思うぞ。物語終了課としては、終わらせてくれればいいのであって、書く気力をなくさせるのはちょっと……」
「執筆されなくなったことで、未完の作品がそのままになるのを憂慮されていらっしゃるのですね」
「いや、そういうことでは」
少し脳裏にはあるが。
今まで散々苦労させられたものの、全く書けなくなってしまうのはかわいそうだ。角戸にとっては仕事である。
「そんなこともあろうかと、完結依頼サイト『最終話を読みたい』を立ち上げました」
「はあ」
本間の素っ気ない応答に全く動じることなく、葉梨は堂々と腕を広げる。
「終わりまで読みたい読者が、作者の欲しいものリストから商品を買う。作者は完結させた作品をWEBで公開するか出版するかしたら、その商品を受け取れるという仕組みです」
「ほー」
ニンジンを鼻先にぶら下げる作戦といったところか。
「これで角戸殿に完結させることができました」
「素晴らしい!! よくやった!!」
思わず拍手をする。そういえば、角戸は現金な奴だった。
「係長、手のひら返しが早い」
小牧がジト目で見てくる。
「いいんだよ。終わり良ければすべて良しというだろう」
とにかく終われば何でもいいのだ。
「ちなみに角戸殿が欲しいものに設定したものは、主にゲームソフト、酒、カップ麺等でしたが、ネタ枠に夏ミカンがありましてね。ほとんどのファンが夏ミカンを選び、113箱の夏ミカンが送られる予定です」
「……奴らしいが、なんかちょっと哀れだな」
大量の夏ミカンを持て余した角戸が近所中に配り、その一部が都道を経由して、本間のところに行くことは、また別の話である。




