第百二話 サメといい子でお留守番するワンコ
姉が出ていって、ドアがゆっくり閉まるのを、本間 続はしょんぼりしながら見ていた。
姉の晴れの舞台を見守りたかったのだが、本人に嫌がられては仕方ない。
化粧をした姉は見違えていて、一瞬身を震わせるほど綺麗だった。不埒なやからが出て来ないか心配だ。
歓迎会は学生だけというのはわかっているが、見守れるところまでは見守りたかった。
鍵をかけないといけないのはわかっているが、また姉が戻って来ないかどうか気になってドアを見続けてしまう。
時間が経ち、もうさすがに戻って来ないと諦めて前に出るも、もしかしたらまたあるかもと後ろにさがる。
無駄な一進一退を続けた後に、ドアの鍵とチェーンロックをかけた。
(今から来てもいいというなら、スマホに連絡が来るだろう)
可能性が低いことを思う。
だがゼロじゃないと思ってしまうと、甘美な妄想は頭から離れなくなる。
本間はスマホの着信音とバイブレーションを最大にすると、ポケットに入れた。姉から一報があったら絶対に見落とさない。
そして、ソファーへと腰を下ろした。
(何も手につかない……)
姉が家から出てからまだ一時間も経ってない。
姉の入学式に行くつもりだったので、予定は何もいれていなかった。
ただただ時間が過ぎていく。
落ち着かず、部屋を一周り、二周り、三周りしてからソファーへ戻ってくる。
スマホは鳴らない。
(何かしよう)
何かしている間に姉から連絡が来るかもしれない。
撮りためていた海外ドラマの続きを見ようと、テレビをつける。
(いや、勝手に続きを見たら、姉が残念がるかもしれない)
本間は地上波にチャンネルを変える。クイズ番組をしていた。
「……」
映像が目の前にあることは認識すれど、頭に入ってこない。
姉の不在が気になる。いつもソファーの端に追いやられはするものの、テレビを見る時はほぼ一緒だった。
ソファーの真ん中に座っていると、とても居心地が悪い。なにかしっくりこない。
本間はヴィレヴァン、IKEA、ニトリ、海遊館のサメのぬいぐるみたちを一匹ずつソファーへ座らせた。
ヒレがうまいぐあいにソファーのひじ掛けにかかる。
そして、本間自身はソファーの隅に座った。
多少圧迫感はあるが、落ち着く。
サメはトモダチ。
ぼーっとしていると、ピンポンとスマホが鳴った。期待してはいけないと思いつつ、いそいそとスマホのロック画面を解除する。
『ひま?』
都道からのメッセージだった。
八つ当たりをしそうになったが、『ひまじゃない』と返信してスマホをポケットに戻す。することがないわけではない。立派な『待機』というすることがある。
とはいえ、手持ちぶさたなのでパズル雑誌を部屋から取り出し、無心で解いていく。
ピンポンとまた鳴る。
今度こそ姉だろうか。着いたという連絡でもいい。薄目でそっと画面をのぞく。
『ひっま?』
都道だ。スマホをぶん投げたくなる衝動を抑える。
ポケットにスマホを入れようとした時に、また通知音がなる。
『夏美さんの入学式の最中に』
『既読になるということは』
『家に置いてけぼり』
『かわいそうwww』
イラっとして、ちゃぶ台返ししているスタンプを送る。サメが大笑いしているスタンプが送られてくる。
十分ほどスタンプだけの応酬が続いた。
昼過ぎたものの、姉からの連絡は来ない。
遅めの昼食をつくることにする。
スパゲッティを茹で、冷蔵庫の野菜とソーセージを炒め、トマトケチャップと合わせれば簡単なナポリタンができる。
トマトケチャップの香ばしいにおいがするまで炒め、コンソメを入れるのが好みだ。
皿に盛り付けたナポリタンとフォークをテーブルへ運んだ。
「いただきます」
手を合わせてから、ナポリタンをフォークに巻き付け口に運ぶ。
味付けはケチャップとコンソメだけだが、うまい。茹で時間も少し長くしたので、もっちりとした食感。
だが――。
「……」
なにか足りないような気がして、フォークを置く。テーブルがいつもより広く感じて、寂しい。
本間はソファーのサメを一匹づつ、テーブルに着席させた。
四人用テーブルに三匹のサメ。
始めからそうであったかのように、ふてぶてしく堂々とサメがいる。
あまりの違和感のなさに、サメの前にカップを出し、コーヒーを入れる。いつもの癖で二人分をコーヒーメーカーでつくってしまっていたのだ。
「いただきます」
そして、食べ終わった後に我に返る。
椅子に座ったサメ三匹に囲まれた構図。一匹はヒレの先にコーヒーカップを抱えている。それを作り上げたのは自分。
(重症だ)
本間は頭を抱えてテーブルに沈んだ。




