第百話 ガレットはクレープのように甘くない。現実も甘くない
姉の服は買った、後は昼食を食べて帰るだけ。
(早く家に帰りたい)
というのが本間の本音だが、姉の幸せそうな顏を見ていると、もっと買ってあげたくなる。やりすぎると当人のためじゃないとわかっているが、孫がかわいい人の心情がよくわかる。
かわいいは正義。
素直で嬉しそうなリアクションは、こちらが幸せになる。
姉の希望で、カジュアルフレンチの店に入る。
表の黒板のメニューイラストを見て、「クレープはおやつじゃないか」と言ったら、「クレープじゃないし、甘くはないの」と姉に背中を押された。
どうも平たいクレープの上に何かのっているようにしか見えないが、違うらしい。
メニューを見ても、フランス語と日本語が書かれているだけだったので、一番スタンダードなのを選ぶ。
「ガレットといってね、薄い生地はそば粉でできてるの。上に卵や肉や魚等をのせるのよ」
「へえ」
そば粉と聞いて、ざるそばを思い浮かべる。看板のイラストは灰色ではなかったが、そばを切らずにそのまま焼いたものが頭に浮かぶ。
美味しいのだろうか。
「食べてみたかったのよね」
姉が楽しみにしているのだから、美味しいに違いないだろうし、なにより異世界で食べさせられそうになった闇鍋風ハンバーグより断然いいのは間違いない。
店内は壁は白く、テーブルも椅子も木材そのままの明るい色で。店員は外国人で、内装と合わせて日本と思えない。
(サメのトレーナーで来てごめんなさい)
本間はメニュー表を抱えつつそう思う。ちょうどサメが隠れていい。
飲み物を持ってきた店員に、メニュー表への視線を感じたが気づかなかったふりをする。
下げられては困る。このメニュー表は雰囲気を台無しにしないため必要だ。つまりは店のためなのである。
姉がスマホを取り出して写真を見せ、友人と行った店のことを話してくれる。年月のギャップや転校生として行った高校には、苦労があったと思う。
こうして、にこやかに話してくれるような友人ができて本当に良かった。
大学に入っても、同じように仲良くしてくれる人がいるといい。
「同じ大学に行く人はいるのか?」
「ええ、みかんちゃんが」
「……」
笑顔の姉には申し訳ないが、真顔になってしまう。
「未完サークルを立ち上げると、今から張り切っているの」
あまり聞きたくなかった。
未完部を卒業したところで、新たなものを作り出すだけだった。
みかんは作家と物語終了課の邪魔ばかりしていた。まともに勉強していたと思えない。ちゃんと勉強していた姉と同じ大学という一点において、納得がいかない。
「手始めに文芸サークルを吸収するって」
「あのよくわからんカリスマ性ならやりかねん」
頭が馴染みの痛みを訴えだす。本間は頭を振った。
今日は休日で姉と一緒なのだから、仕事のことは考えない。
と、ちょうどいい時に、食事が運ばれてくる。
想像のガレットとは違い、キツネ色より濃く焼けたクレープのような生地が四角形に折り畳まれている。
その中にハム、ズッキーニが模様のように並べられている。真ん中には卵の黄身が半熟でのせられていた。
生地が額縁、チーズと卵の白身がキャンバス、具材が絵のようだ。赤、黄、緑、白で配色もいい。
姉の方のガレットは、スモークサーモンが薔薇のようになっている。
姉がスマホで撮りだすのも当然だ。
本間は食べるのに邪魔なメニュー表を、空いている椅子に置く。
カシャッ
今、向ける角度が違った気がした。テーブルに向けてではない。
テーブルナプキンを首からかけ、トレーナーのサメを覆う。
「続、ナプキンを首からかけるのは、子供だけなのよ」
わかっている。
プレゼントでもらったサメのトレーナーが、かわいらしくて恥ずかしいだけだ。
「ほら、スマホを置いて。あったかいうちに食べないともったいない」
「そうね。でも、子供っぽいことを続がやっているのは恥ずかしいわ」
「ぐっ」
一緒にいて姉に恥ずかしい思いをさせるのは、心苦しい。
「わかった。ちゃんと膝に置く。だから姉さんもスマホを置いて」
姉はあっさりとスマホをテーブルの隅に置いた。
それを見て、ナプキンを膝に置く。
カシャッ
店の外から聞こえた。
ニヤッと都道が笑ってカメラを持っており、ひらひらと手を振るとまた夫婦共々遠ざかる。
固まった間抜け面も撮られた。
「……」
「続、すぐに食べた方がいいわよ。美味しい」
察していたことだが、四月になっても自分の周りは変わらなそうである。
次回は9月公開予定です。
『まったりスローライフを堪能しているようにみえるがこの男、残業中である~物語を終えないと現実世界に帰れません~』の章と夏美さんの大学入学の話を書く予定です。




