5色、渦巻く
「……止め、止めてくれよぉ、レッド……!」
涙声は、イエローこと黄川田潤司のものだ。
亀龍島ネイチャーセンター、通称「五龍基地」の食堂で、レッドがいつもの嫌がらせをイエローにかましている。
「お前イエローなんだから、カレーだけ食ってりゃいいじゃん」
今時、小学生でも言わないベタな理屈を振りかざして、レッド――赤石聖哉が、イエローの夕食から、トンカツとサラダとヨーグルトを取り上げた。
――またかよ。
彼らから、やや距離を置いて食堂の長テーブルに付いている、俺達――ブルー、グリーン、ピンクの3人は、素知らぬ振りを決め込んで、黙々と夕食を口に運んだ。
「お前、また太ったんじゃねぇのかあ? ダイエットだ! お前、ダイエットしろよ! これ、片付けといてやるよ!」
「太ってないよ! まだ食べて――」
多分、一口二口スプーンを運んだだけだろう。それなのに、レッドはイエローのトレイごと掴み、さっさとカウンター裏のシンクに放り投げた。
ステンレスの食器類がガシャガシャ音を立て、食べ物ごと廃棄されたことが分かる。
「いいか! お前らも、イエローのダイエットの邪魔すんなよ!」
「……ああ」
レッドの顔を見ずに答え、俺達は淡々と食事を続けた。
「よーし。俺、ちょっと飲んでくるわ! あと、よろしくぅー」
『あと』とは、基地内の清掃始め、明日の朝食当番、業務報告、諸々のことである。奴の職務放棄は、今に始まったことではない。
トレードマークの赤いシャツを颯爽と翻して、食堂を出て行った背中を、誰もが苦々しく睨んでいた。
「――ううっ……くっ……!」
テーブルの端で、イエローが俯いている。
目の前には、彼の財布が放り出されていた。『飲みに行く』――その金の出所は、これだった。
「食えよ」
サラダの皿を手に、グリーンが席を立った。サラダの上には、トンカツが2切れ乗っている。
「――あ、ありがとう」
まだ震える声で、頭を下げた。続いて、ピンクこと桃井鈴音が、キッチンから小皿に盛ったカレーライスをイエローの前に置く。
「これだけしか残っていなかったけど」
「う……ごめん、ありがとう」
俺はヨーグルトの皿を手に立ち上がりかけ――浮かした腰を再び下ろした。
「こーんなことだろうと思ったぜ」
食堂の入口に、出掛けたはずのレッドが仁王立ちしている。
「食べ物、ムダになっちまうだろぉ?」
つかつかと戻ってくると、イエローの前の二皿を掴み、先刻同様シンクに投げ捨てた。
「……いい加減にしろよ」
グリーン、緑谷隆太郎が眼鏡の奥から冷たく睨む。
「あぁ? 何か言ったかぁ?」
振り返ったレッドは、グリーンを椅子から乱暴に引き剥がし、鋭く平手を飛ばした。床に落ちた銀縁の眼鏡を、わざとらしく踏みつける。バキ、と乾いた音が静寂に刺さる。
「俺の言うことは、絶対だよな」
吐き捨てると、奴はピンクの腕を掴んだ。
「嫌! 止めてよ! 離してっ!」
「お前は優しいから同情しちまったんだよなぁ? でも、俺《ご主人様》の言い付けには、従わなくちゃな……」
ニタリと笑んだまま、抵抗する彼女の腕を捻り、桜色のTシャツの上から乳房を激しく揉みしだく。
「嫌あぁっ」
「……レッド」
ツインテールを揺らして泣き出す姿に、思わず立ち上がった。
「フン。忠犬は黙ってろ」
「――っ!」
イエローに食事を分けなかったのは、断じて奴の言葉に従ったからではない。
だが――俺は、奴に弱みを握られている。他のメンバーには知られたくない、秘密がある……。
「よしよし」
忠犬を褒めるように言い放ち、レッドは嫌がるピンクの腰を無理矢理抱えて、食堂を出て行った。
「――畜生」
俺は、震える両手を握り、唇を噛んだ。
「お前……何に怯えてるんだ」
いつの間にか、グリーンが傍に立っていた。
「な――何でも」
「ない、って顔じゃねぇだろ」
ポン、と左腕に触れられて、咄嗟に身を竦めた。左頬を赤く腫らしながら、しかし割れた眼鏡をかけたグリーンは、冷静に俺を見据えている。俺は、息を飲む。
「――僕、もう耐えられない」
緊張を破ったのは、イエローだった。
テーブルの上に、池が出来ている。ベビーフェイスの大きな瞳から壊れたように涙が溢れている。
「後1年半も、こんなこと、我慢できないよ!」
俺達の基地での暮らしは、3年間と限られている。レッドが暴走を始めたのは、顔合わせから3ヶ月が経った辺りからだ。
明るく、よく冗談を言っていたイエローが、段々と無口になり、人目を避けて泣くようになった。それでも、レッドが気遣うように絡んでいたので、能天気な俺達は『リーダーに任せておけば、大丈夫』と思っていたのだ。
2人が笑顔でいる様子を目にしながら、レッドの狡猾な暴君の眼差しにも、イエローの悲痛なヘルプの叫びにも気付かず――更に半年が過ぎていた。
「……潤司、颯真。奴を殺そう」
「――グ」
「いいよ、隆太郎」
それは、暫く振りに聞く互いの本名だった。
躊躇う俺の声を完全に押し退けて、潤司が同意した。ずっと待っていたと言わんばかりの、希望に満ちた微笑みで。
「俺に考えがある。協力してくれるな、颯真」
身を固くしたままの俺の肩を、グリーン――隆太郎が強く掴んだ。拒否すれば、『レッドの忠犬』を自認することになる。
「……分かった」
修羅の道に踏み出した。もう後戻り出来ないと覚悟する一方で――剃刀を喉元に突き付けられたような恐怖が、背筋を這い上がってくるのを感じていた。