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第三話 片想い一方通行シャッフル(1)

「んじゃ、また」

「うん、またね」


 お昼ご飯を食べ終わってから、中庭のベンチで喋っていると、あっという間に授業へ向かわなくてはいけない時間になっていた。


 午後の授業は二組に別れる。一方は瀬戸内さんと鳴門。もう一方は、僕とうさ乃に御蔵さんという組み合わせだ。


 僕はうさ乃を引き連れて、御蔵さんと一緒に教室へと歩き始める。

 ちらりと一度振り返ると、遠く小さくなっていく瀬戸内さんの後ろ姿が見えた。今日も瀬戸内さんは変わらずに可憐で、すばらしく愛らしかった。目を閉じれば、その姿を瞼の裏にはっきりと想い描けてしまうほどだ。


 ――若干、そういう病的な自分が怖い気もするが……。


 そんな、学内でも一二を争う美貌の瀬戸内さんと、なんで僕のようなうだつの上がらないヤツが懇意にしてもらえているのかというと、いま隣を歩いている御蔵さんがきっかけだったりする。


 入学したての頃、教室の場所がわからず、おろおろと困っていた御蔵さんに、僕はおもいきって声をかけた。いや、やましい動機からではないので、誤解のないようにお願いしたい。困っている同じ新入生を放っておくことが、正義感溢れる僕にはどうしてもできなかったというだけのことなのだ。


 ……まぁ、でも、まったく微塵もなんにも思うところがなかったと言えば嘘になるかもしれないし、まるで御蔵さんに魅力がなかったみたいな話になってしまうのも、それはそれでよろしくない。なので、その、なんだ、ほんのちょっとだけ「かわいいなぁ」と思ったりしたのは事実だ。それは認めよう。なんといっても、御蔵さんは一年前から御蔵さんなのだ。素敵でかわいらしくて、そのまぁ、いろいろ大きいわけだ。お近づきになりたいと思ってしまった僕のことを、誰が責めることができよう。で、その御蔵さんの友達が瀬戸内さんだったというわけなのだ。


 そんなことを思い出しながら歩いていると、めずらしく御蔵さんから話しかけてきた。

「ウ、ウミちゃんって……すごい、ですよね」

 もしかすると、うさ乃に言っているのかもしれないと思ったけれど、せっかくの御蔵さんと話をする機会なので僕が答えてみる。


「そうだね。瀬戸内さんには人を惹き付ける何かがあると思うよ」

 すると、御蔵さんが洩らすように小さく呟いた。

「なんで……ウミちゃんみたいに……なれないんでしょうか……」

 視線を落としたまま、御蔵さんは少しだけぼんやりとした表情を浮かべると、次の瞬間、はっとしたように慌てはじめた。


「あ、いやっ、わたし……なに言ってるんだろっ!?」

 色の白い肌を紅潮させながら、御蔵さんは手のひらで覆うように頬を押さえた。そんな御蔵さんの言葉に、気がつくと僕は思わず口を開いていた。


「――もし、御蔵さんが瀬戸内ウミになれないことを嘆いているのであれば、そんなことには意味がないよ。人を羨んでも仕方のないことだからね。仕方のないことを悩んでいても、ちっとも前には進めない」

 そして、半身を捻って御蔵さんと向かい合う。


「それに、そんなことに時間を費やすには、人生は短すぎるよ。なにをどうしたって、御蔵イルカは御蔵イルカにしかなり得ないんだから、そこから始めないと」

 僕は、自分の喋りに酔ってきたのかもしれない。変な高揚感に後押しされて、僕は御蔵さんの肩に手を添えると、そのまま先を続けた。


「トビウオがどんなに鳥に憧れたって、翼で大空を自由に羽ばたくことはできない。反対に、鳥がどんなに頑張って水に潜れるようになっても、水の中では生きていけない。それは仕方のないことなんだよ。でもね、仕方がないってのは、諦めることじゃないし、努力をしないことの免罪符でもない。言うなれば、それは存在しない幻想からの解放なんだ」

「存在しない幻想からの……解放?」

 御蔵さんが不思議そうな表情を浮かべる。


「そう。自分の考える、誰かの考える、そうであったらいいなという、そうであるべきだという完璧な姿。そんな有りもしない幻想と、現実の自分を比べたりしちゃダメなんだ」

 僕はもう、自分でも止められなくなっていた。溢れるように一気に言葉が口をつく。


「御蔵イルカと瀬戸内ウミを比較することには意味がない。両者に違いがあることは当然だよ。だって違う人間なんだから。違う人間であることは変えようがない。それこそ仕方のないことだ。それにね、他者との比較の中から幸福な解を得られることはまずないよ。それは何も生まないからね。いいかい? 御蔵イルカは御蔵イルカであり、他の誰でもなく、他の誰にもなれないんだ。でも、それでいいんだよ。自分を自分で受け止めることでしか、ひとは前に進めないんだから。それは、僕も御蔵さんも、みんな誰だってそうなんだ」

 興奮して捲し立ててしまったけれども、そろそろ種明かしをしなければ……。


「――――あ、あの、枕崎くん……ち、近いです」

 気がつくと、御蔵さんがさらに顔を真っ赤にして、目を白黒させていた。確かに、御蔵さんの顔は僕の眼前にあった。どうやら、僕は調子に乗って、のめり込み過ぎたようだ。


 すると、例のウィンドウを開いて何かをしていたうさ乃が、挙手をして話に入ってきた。

「あのー、センセー。いいこと言ってる風ですけど、ぜんぜん意味がわかりません。あと、御蔵さんが訊いてるのはそういうことじゃありません」

「えぇっ!? ダメ!? 違うの!? ……実はさ、これって鳴門の受け売りなんだよね。あいつに言われて感心しちゃってさ、僕もいつか誰かに言いたくてうずうずしてたんだけど……」

 ため息をつきながら、うさ乃がやれやれといった感じで腰に手を当てる。


「なるほど、だから意味がわからないんですね。納得です。では、端的にお尋ねします。御蔵さんはいまのままでもかわいいと、あなたは思いますか?」

 あれ? そんな質問だっただろうか?


「えーっと、そのなんだ、御蔵さんはいまのままで十分、いや、とてもかわいい……です、よね?」

「いやいや、わたしに訊かないでください。わたしが訊いてるんですから」

 うさ乃は呆れたように、また、ため息をつくと、くるりと向きを変えて御蔵さんを見据えた。

「っということなんですが、いかがでしょうか? 御蔵さん」

「ふえっ!?」

 うさ乃に詰め寄られて、御蔵さんが思わず変な声をあげる。


「いかがもなにも、それじゃあ最初の御蔵さんの質問に答えてないぞ!? うさ乃!?」

 そりゃ、御蔵さんだって、そんなこと尋ねられても困るだろうに。ほら、さらに真っ赤になっちゃって――


「ちっ」


「えっ!? なんで舌打ち!?」

 じろりといった感じでうさ乃が僕を睨んできた。すこぶる感じが悪い。何気に傷付くから止めていただきたい。


 すると、うさ乃は頭を掻きながら近づいてくる。

「わかんない人ですねぇ……さっき、センサーが検知した脈拍と発汗の異常値はひとり分ではなくふんぐぁっ!?」

「またその話かよっ!」

 だから言わせるつもりはない。僕が誰にどきどきしているかなんて、絶対、公にするものか。うさ乃もしつこいぞ、まったく。


 僕はまたもやうさ乃の口を塞ぐ。今度はうまくお面の下に手を差し込めた。

 もごもご言ってるうさ乃を押さえ込みながら、御蔵さんの様子を確認する。すると、彼女は首筋まで真っ赤にさせながら、ぽけーっとしていた。


「御蔵さん、大丈夫? 具合でも悪い?」

 うさ乃を押さえる手に力をこめながら、僕は御蔵さんへ尋ねた。


「……だ、大丈夫です。ありがとう、ございます」

 御蔵さんは目を泳がせながら答える。本当に大丈夫なのだろうか。

 しかし、よく考えたら、御蔵さん本人を目の前にして、かわいいとか恥ずかしいことを言っちゃったりしてたな、僕は。


 ちらりと無意識に視線を向けると、こっちを見ていた御蔵さんとばっちり目があった。僕も御蔵さんもそのまま固まってしまう。なんだか妙に意識しているのがわかる。


 ――何か言わないと。


 そう思っていると、御蔵さんがぷるんとした唇をわなわなとさせながら、ようやくといった感じで声を発した。

「……あ、あの、枕崎、くん……。わ、わたし……その、」

 なんだ、どうしたのだろう。なぜだか、すごくどきどきしてくる。

「う、うん……」


 ――ごくり。

 思わず喉が大きな音を立てる。


「ううん、やっぱり……なんでも、なんでもない、です」

 最後の方は消え入りそうなほどに小さくなっていく。御蔵さんの目は少し潤んでいるようにも見えた。

 なんでもなくてよかったという安堵と、紡がれながった言葉に期待をしてしまう気持ちとが混ざりあって、僕の小さなため息になる。


「……そう。なにかあったら、いつでも言って。力になれることは、たぶんそんなに多くないかもしれないけど、話を聴くことはできるからね」

 興奮と胸の高まりはどこか遠くへと鳴りを潜め、僕はいつも以上に冷静な気持ちになっていた。


「うん。……ありがとう」

 御蔵さんがこくんと小さく頷くと、うさ乃が当て付けるように大きなため息をついた。


「はぁぁぁーっ。二人とも、もうちょっと協力してもらいたいもんですよ。ったく。せっかくお膳立てまでしたのに……」


 うさ乃は、ぶつくさと文句を言いながらウィンドウを立ち上げると、手早く何かを入力していった。


 結局、うさ乃が何にむくれていたのかは、よくわからなかったが、その後、授業を二コマ受けてから帰路についた。

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