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第七話 二日目/夜 アルクホール・ファイヤーワークス(1)

 さすがにBBQ二日目ともなると手馴れたもので、火起こしも下準備も初日とは比較にならないほどに手際よく進められた。食材も飲み物も適切な量を昨日で把握済みなので、すべて過不足なく用意ができていた。


 日中に川遊びをしていたということもあって、今日はみんなかなり空腹だったらしい。焼きあがるそばから次々と胃袋に収めていく。今日は瀬戸内さんと御蔵さんの二人も軽く飲んでいて、昨日よりもリラックスしているように見えた。そのせいなのか、みんなテンションが昨日よりも高く、笑い声が途切れることがなかった。


 お腹も満たされてひと段落ついた頃、花火をやろうという話しになった。瀬戸内さんが言うには、この時期になると、大きな街道沿いに花火を売っている臨時の店舗がいくつも現れるそうで、花火を買うのには困らないらしい。実は今日の帰り道、僕らもそのうちのひとつに立ち寄って、小さめのセットを購入していた。


 別荘横の坂道を下った所に防火用の貯水池と広場があるので、花火はそこでやることにした。炭はもう燠火にはなっていたが、コンロに蓋をして空気孔の扉を少しだけ開けておく。うまくいけば、戻ってきても火は消えずにいるかもしれない。


 あたりはすっかり暗くなっていた。街灯がほとんどないこともあって、別荘の周りは暗闇そのものだった。懐中電灯の灯りを頼りに坂道を下っていく。僕の前を瀬戸内さんが歩いているはずなのだが、姿はぜんぜんわからなかった。


 昼間のスイカ割り以降、僕は瀬戸内さんと二人きりになれる機会をずっと窺っていたのだが、うまいタイミングをなかなか見つけられずにいた。近くにいるはずなのに、彼女との距離は遠い。じりじりと焦りだけが募っていく。


 到着した貯水池の広場から見上げると、別荘のウッドデッキが確認できた。生い茂る木立が目隠しになってはいたが、そこだけが暗闇の中で煌々と明るいので、なにか問題があれば直ぐに気づくことができるだろう。池からはカエルの鳴く賑やかな声が、絶え間なく聴こえてくる。


「へぇー、これはきれいですねぇ! 色がたくさん変わりますよ!」

 買ってきた花火は小さいセットで、手持ちタイプの物しかなかったのだが、うさ乃にはとても好評だった。


「だろ!? ほら、こっちのやつ、自分でやってみなよ」

 袋から一本取り出して渡すと、うさ乃は恐々と手に取って、指先で着火箇所を確認した。それから、予め立てておいたロウソクの炎で火をつけると、勢いよく火花が噴き出した。


 弾ける光に照らされて、うさ乃の姿がぼんやりと暗闇に浮かび上がる。

 立ち込める煙と火薬の匂い。響く弾けるような笑い声。


 同じタイミングで火をつけた御蔵さんとうさ乃は、一緒になってぐるぐると腕を回して円を描いてみせる。そんな風にはしゃぐ御蔵さんの姿はとても意外で、僕の目には新鮮に映った。


 すると突然、けたたましい笛の音が暗闇に轟いた。それは、鳴門が少し離れた所でロケット花火を打ち上げた音だった。パンっと乾いた破裂音が、笛の音に続いて夜空に響き渡る。


「カツオくん、一緒にこれ、やらない?」

 僕がロケット花火に気を取られていると、後ろから瀬戸内さんに声をかけられた。

 瀬戸内さんが手にしていたのは線香花火の束だった。


「そうだね。派手目のやつはもう終わりだし」

 しゃがんで火を付けると、線香花火はぷくりと膨れながら、パチパチと細かな火花を散らしていく。


「線香花火って夏っぽいけど、ちょっと寂しい感じがするよね……」

 そう呟く声の方へ視線を向けると、線香花火のオレンジ色の灯りに照らされた、瀬戸内さんの整った顔が見えた。浮かび上がる暖色の揺らめきと、暗闇に滲む陰影が、瀬戸内さんを普段よりもずっと大人っぽくみせる。


「……そうだね」


 僕の指先に摘まれた線香花火は、何段階かの変化をみせたあと、ぽとりと火玉が落ちて消えてしまう。その瞬間、僕は自分がどうしようもなく寂しい人間のような、そんな気持ちにさせられた。


「……落ちちゃったね」

 瀬戸内さんが、瞳だけを僕に向けながら、ため息のように漏らした。


「……うん」


 気がつくと、僕には周囲の音が聴こえなくなっていた。聴こえてくるのは瀬戸内さんの声と、彼女が持つ線香花火のちりちりという火花の音だけ。うさ乃の笑い声も、御蔵さんのはしゃぎ声も、鳴門のロケット花火も、貯水池のカエルの声も、すべてが耳に入ってこなかった。


 僕の胸をなにかがせり上がってくる。止められないなにかに突き動かされて、気が付くと自然に口を開いていた。


「僕は……」


 すると突然、ドーンっという音が聴こえて、向こう側の空が明るくなった。

 空には大輪の真っ赤な牡丹が咲いていた。


 打ち上げ花火だった。

 牡丹はきれいに広がると、尾を引きながら夜空に溶けていく。


「おぉーっ!!」

 うさ乃と鳴門が揃って感嘆の声を上げる。


「川向こうは今日が花火大会だったんだぁ」

 行ってみればよかったかもね、と続けると、瀬戸内さんは夜空を見上げて立ち上がった。


 なんとなくタイミングを逃してしまった僕は、その後、うさ乃と御蔵さんのハイテンションコンビと線香花火に興じることになった。この二人はだいぶ酔っているようだった。


「ほりゃっ! わらしの火玉、すんごい大きいやよっ!? うさろちゃんのやつとー、がっらいさせちゃえっ!」

 二人はそれぞれの線香花火の先端を合わせると、さらに大きな火玉を作った。


「うわぁ! もう落ちそうですよ!?」

「落ちる落ちる落ちるぅぅぅーっ!」

「あぁーっ! 落ちたぁっ!」

 そうやって互いに叫び声をあげると、今度は二人でけたけたと笑い合う。


「ウチらのは全部終わったから戻ろっか。家からも向こうの花火は見えるからね」

 花火の残骸をバケツに入れながら、瀬戸内さんがみんなに言った。


 別荘のウッドデッキまで引き上げてくると、炭火はまだ明々としていて、遠火の弱火といった感じだった。


 冷蔵庫からビールを取ってくると、みんなで火を囲みながら空に上がる花火を眺めた。

 すると、若干、足取りの怪しくなったうさ乃がふらふらとやってきた。


「なにをやっているのですか観音崎さん。せっかくわたしが必要以上にはしゃいで、瀬戸内さんとの会話のきっかけとなっているというのに。情けない……」

 言葉はしっかりしているものの、端々にれろれろ感を漂わせたうさ乃が詰ってきた。


「いや、素で楽しんでるだけだろ、おまえは。昼間だって、川の水へ入ってあんなに喜ぶのはカエルかうさ乃ぐらいなもんだ」

 ビール缶を持ったまま、人差し指でお面の隙間からうさ乃の頬っぺたをぷにっと押してみる。


「ちょっと! そんな失礼なこと言ってると、石廊崎さんこそカエルに変えちゃいますよ!?」

 うさ乃が頬を押さえながらキッとこちらを向いた。


「そんなことできんのかよ?」

 ぐびりとビールを一口含んでから、うさ乃の頭をポンとひとつ叩いてみる。


「できますよっ! 地球人類を造ったのは誰だと思ってんですか!? 技術的にはなんだってできるんですからねっ! そんで、大間崎さんをカエルにしたら、川よりも大きな海に放り投げてやりますよ!」

 うさ乃は遠投でもするかのような身振りをしてみせる。


「そんなことしたら、確かカエルは死ぬぞ?」

 そんな話があったが、本当なのだろうか。


「大丈夫です! その時はわたしが助けますから! ホントですよ!? 技術的にはなんだってできるんですってば!」

 むふっー、と鼻息を荒くしてうさ乃がエキサイトする。


「かーっ、なんとでも言ってろ」

 酔っ払いの世迷言には付き合いきれない。僕が野良犬でも追い払うようにしっしっと手を振っていると、これまたテンション高めの御蔵さんがやってきた。


「なんの話れすかぁ!? 内緒話はぁダメれすよ!?」

 こっちもてろてろになっていた。御蔵さんはうさ乃にがしっと抱きつくと、ぐりぐりと頬ずりをはじめる。


「うひゃあっ! くすぐったいですって! 御蔵さん!?」

 うさ乃が嬌声をあげて悶えるが、御蔵さんが攻撃の手を緩める気配はない。そんな二人がじゃれ合う様子を見ながら、ふと、僕は持っていたはずのタオルがないことに気が付いた。


「貯水池だ……」

 池の畔にあったベンチに置いた記憶がある。面倒ではあるが、取りに行かなければ。


「忘れ物したから、ちょっと池に行ってくるわ」


 騒いでる二人組にではなく、反対側で花火を見上げている瀬戸内さんと鳴門に向かって声をかけた。

「んー、気をつけてね」


 瀬戸内さんは視線を僕に向けると、片手を上げて応えてくれた。鳴門の方は僕を見て口の端を上げてみせる。

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