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第六話 二日目/昼 水菓子はシャチと一緒に(2)

「おかえり。うさ乃ちゃんたちも、あったかい紅茶飲む? 結構冷えたんじゃない?」

 瀬戸内さんがステンレスのポットを掲げながら尋ねてきた。


「そうですね。言われてみれば少し寒いような気もします」

 うさ乃は両手で自分を抱くと、二の腕を摩った。

 御蔵さんがコップを取り出して、瀬戸内さんが紅茶を注いでいく。


「――はい。うさ乃ちゃん、どうぞ。ま、枕崎くん、は?」

 うさ乃へコップを差し出しながら、御蔵さんは僕にも尋ねてくれた。


「いや、僕はいいや。ありがとう。こっちにするよ」

 僕は特に寒さを感じていなかったので、ペットポトルの水を手に取った。


 コップを受け取ったうさ乃が、お面を少しずらして紅茶を飲もうとした時、僕はうさ乃の唇の色が変わっていることに気が付いた。


「うさ乃、唇が青くなってるぞ。少し水に入らないで、陽に当たって身体を温めた方がいい」


 言われたうさ乃は、クルマへ近寄ってサイドミラーを覗き込むと、お面をもう少し押し上げて自分の顔を確かめた。


「おぉっ!? ホントですね。そういえば警告アラートが頻繁に出ていました。あまりの楽しさにスルーしていましたが」

 ウィンドウを呼び出すと、うさ乃は警告内容を確認した。


「どうやら、二十分のインターバルが必要なようです」

「じゃあさ、いまのうちにスイカ割りやろうよ」

 瀬戸内さんが目を爛々とさせながら、前のめりに提案してきた。


「もう十分に冷えてる頃だと思うから、いいんじゃないかな」

 本当はすごく興味があるのに、僕は冷静を装いながら、みんなの反応を窺う。


「よし。やりましょうっ!」

 うさ乃が、ぐっと拳を固めて意気込んでみせる。


「じゃ、じゃあ、わたしスイカ取ってくる」

 御蔵さんが、飲みかけの紅茶が入ったコップを置いて川辺へ歩きだす。


「――あ、バット持ってくるの忘れた」

 続いて立ち上がった瀬戸内さんがぽつりと呟いた。


 すると、スッと手頃なサイズの棒が、瀬戸内さんの後ろから差し出された。

「ほら、これなんかちょうどいいんじゃないか」

 片手に網とバケツをぶら下げた鳴門だった。


「おっ! ぴったりだね。ありがと鳴門くん」

 棒を受け取ると、瀬戸内さんは両手で構えを作ってから、ブンブンと振り下ろして感触を確かめた。


「持ってきたよぉ」

 そこへ、御蔵さんが重そうに両手でスイカを抱えながら戻ってきた。


「ありがとう。そっちの砂地になってる平らなところでやろう」

 御蔵さんからスイカを受け取ると、僕は顎をしゃくって砂地を指し示した。


 準備が整うと、順番決めのじゃんけんをした。その結果、鳴門、御蔵さん、瀬戸内さん、僕、うさ乃の順番になった。


「のわぁーっ! わたしの順番がくる前に割られてしまう可能性が高いじゃないですか!?」

 うさ乃が慌てて騒ぎはじめる。だが、勝負の世界は厳しいのだ。おまえの番がくる前に僕が見事に割ってみせよう。僕だってスイカを割ってみたいと思っていたのだ。しかし、もしかすると、僕のところにすら順番は回ってこないかもしれない。一番手の鳴門は妙に気合が入っていて、初っ端から割ってしまいそうな勢いだ。


 そして、目隠しをした鳴門が、ぐるぐると十回その場で回ってから棒を構える。

 鳴門が歩きだすと、みんな一斉に指示を飛ばしはじめた。


「そのまま、真っ直ぐ」

「あー、ちょっと右です」

「そこそこっ!」

 ふらつきもなく、鳴門は確かな足取りでスイカへと近づいていく。


 これは本当にやられるかもしれない。僕が半ば諦めかけた時、鳴門の握っている棒が振り上げられた。


 ――バシっ!


 鳴門の振り下ろした棒は、地面をしたたかに打った。


「いやー、ダメだったか」

 鳴門は目隠しを外すと、スイカとの距離を確かめて悔しがった。


「んじゃ、次はイルカちゃんだね」

 瀬戸内さんが御蔵さんの背中を押して、スタート位置へと着かせる。


「これは……なかなかにエキサイティングですねぇ」

 うさ乃が鼻息を荒くして興奮していた。目隠しをされる御蔵さんの周りを、ちょこまかと動き回っている。


 御蔵さんの番がはじまる。かなり覚束ない足取りで、ふらふらとあらぬ方向へと脚を向ける。


「そっちじゃないよっ! 反対反対!」

「あー、行き過ぎ!」

「あっ、そこで右向いて!」

「そこだ! やっちゃえ!」


 ――コツン。


 見事に空振り。まぁ、当たったとしてもスイカが割れていたかは疑問のあるところだが。


「んー、難しいですね」

 御蔵さんが恥ずかしげにはにかむ。ある意味、予想を裏切らない展開だった。


「ふっふっふ……いよいよ、わたしの番だね」

 羽織っているパーカーは半袖なのに、瀬戸内さんは腕まくりをするジェスチャーをしながら、スタート位置へ向かう。そして、目隠しをして、ぐるぐると回ると瀬戸内さんは気合を入れた。


「よぉーしっ。いくよぉ!」

 スタスタと歩きだすと、かなり真っ直ぐにスイカへと向かっていく瀬戸内さん。


「おー、そのまま」

「あと三歩でいけるよ!」

「ぎゃーっ! 瀬戸内さん、やめてくださいっ!」

 うさ乃の悲痛な叫び声が上がると同時に、瀬戸内さんが力いっぱいに棒を振り下ろした。


 ――ガチンっ!


 かなりギリギリなところで、どうにか当たらなかった。


「ひゃー、あぶなかったですよ」

 うさ乃が安堵の胸を撫で下ろしながら、ふうっと息をひとつ吐いた。


「んー、惜しかったよ」

 瀬戸内さんは屈み込むと、残念そうにスイカをペチンと叩いた。

 いよいよ僕の番になった。うさ乃には悪いが、僕は割る気満々だ。


 ひとり気合を入れていると、瀬戸内さんが棒と目隠しタオルを手にしながら、小声で話しかけてきた。

「カツオくん、わかってるよね?」

 言いながら、瀬戸内さんは、ちらりとうさ乃の方を見やった。


「えっ? なにを?」

 なにか約束をしていただろうか。少し思い返してみても、該当する記憶はなかった。


「うさ乃ちゃんに割らせてあげるのっ。みんなうまくやってきたんだから、カツオくんも続いてよ?」

 瀬戸内さんは、再びうさ乃をちらりと見ながら、さらに声を潜めるとそう言った。


「なに、みんなわざと当ててなかったの?」

 言われてみれば、確かに鳴門なんか余裕で割れそうだったのに、あっさりと外していた。


「そう。うさ乃ちゃんに楽しんでもらいたいじゃない?」

 そう言って、瀬戸内さんがぐっと距離を縮めてきた。そのあまりの近さに、彼女の吐息が肌に触れてくる。


 胸がどきっと跳ねるように疼く。


「い、いや、僕もやったことないから楽しみたいとか……ダメ?」

 でも、なかなか諦めがつかなくて、つい悪あがきをしてしまう。うさ乃のことを想えば必然だというのに。


「カツオくんはまた今度、わたしと一緒にやろ。ねっ?」

 言って僕を見上げると、瀬戸内さんは、にぱっと笑いかけてきた。それは本当に完璧な笑顔で、瀬戸内さんが最も素敵な女のコに見える最高の表情だった。


「ホ、ホント……に?」

 動揺した僕は、舌を縺れさせながら尋ねた。


「うん、ホント。わたしもスイカを割りたい。あー、もう一個ぐらい買っておけばよかったね」

 目隠しタオルの折り目を直しながら、瀬戸内さんは小声でそう言うと、ぺろっと舌先を出してみせた。


「だから本気で割りにいっちゃダメだからね?」

 瀬戸内さんは、屈んだ僕の顔に目隠しタオルを結びつけながら、念押ししてきた。


「わかった」

 今日、絶対に瀬戸内さんへ想いを伝えよう。そして、この夏の間に、必ず二人きりでスイカ割りをするのだ。この時、僕はそう心に固く誓った。


 瀬戸内さんに誘導されてスタート位置に付くと、彼女と入れ替わるようにうさ乃がやってきた。


「なにやら進展があったご様子。首尾は上々といったところでしょうか?」

 声を潜めて、悪事に加担をする越後屋みたいな調子で尋ねてくるうさ乃。


「奸計を弄する悪役みたいだな」

「お主も悪よのぉってやつですかね?」

 うさ乃もつまらないことを知っている。どこで仕入れてくるのだか。


「まぁ、そんなところだ」

「じゃ、わたしにも美味しいところを残しておいてくださいね、お代官様っ」

 言って、うさ乃は僕の背中をぽんと軽く叩くと、その場を離れていった。


 そして、僕が予定どおりスイカを割らずに空振りすると(わざとじゃなくても当たらなかっただろう)、遂にうさ乃の番になった。


「真打ち登場というやつですねっ!」

 うさ乃が棒をぶんぶんと振り回して、気合を漲らせる。


「うさ乃。まさか、そのデバイスを使おうとか思ってないよな?」

 僕はふと、うさ乃の腕に付けられている例のデバイスを見て尋ねた。


「えっ、あ、いや、当然じゃないですか!? なにをそんな言いがかりを!?」

 わざわざツッコむのも気がひけるぐらいに動揺したうさ乃は、慌ててデバイスのなにかをオフにした。


「じゃ、じゃあ、みなさん。適切なナビをお願いします」

 そう言って、うさ乃は胸のトンボ玉にキスをすると、ぐるぐる回って棒を構える。そして、そろりと慎重に脚を踏み出した。


「ちょい右っ」

「そのまま五歩まっすぐです」

「おっ、いい感じ! そこでストップ!」

「よし、思いっきりいけっ!」

 うさ乃が腕を大きく振り上げる。渾身の力を込めて、握りしめた棒をスイカ目掛けて打ち下ろす。


 ――ボグシャっ!


 鈍く響く打撃音に、重なるように続く破砕音。

 うさ乃の一撃は、見事にスイカを叩き割った。


「おぉっ!」

 一斉に湧き立つ僕らギャラリー。


「この手応え! やりましたよっ!」

 すかさず目隠しを取って成果を確認するうさ乃。今にも飛び上がらんばかりだ。


「やったねっ! うさ乃ちゃん!」

 駆け寄る瀬戸内さんと、うさ乃がハイタッチをすると、パンっと小気味よい音が川原に響いた。


 その後、割れたスイカ(四分の一は砕け散った)を、みんなでわけて平らげた。シャクシャクとした確かな食感と、糖度の高いたっぷりとした甘さは、水菓子という言葉を僕に思い出させた。


 そんな休憩時間が終わり、うさ乃はまた川へと入り浸り、他の面々も気ままに過ごしたりと暢気にしていると、もう昼下がりのいい時間になっていた。


「そろそろ温泉行って、買い出しに向かおうか?」

 さり気なくゴミを集めて廻っていた瀬戸内さんが、一区切りついたらしく、そう切り出してきた。


 それを近くで聞いていたうさ乃が、瀬戸内さんに懇願するように尋ねる。

「あ、あと一回だけやったら終わりにしますから、まだいいですかね?」

「もちろん。しっかり堪能してきてっ」

 瀬戸内さんが、にこりと笑顔で返すと、うさ乃はすっ飛んでいって水の中へバシャンと身を躍らせた。


 最後の一回が終わってうさ乃が戻ってくると、僕らは荷物をまとめて昨日と同じ温泉へと向かった。そして、風呂から上がると、今日は素知らぬ顔で飲むヨーグルトを購入。ちなみに、鳴門も飲むヨーグルトをチョイスしていた。目が合っても、お互いなにも言わなかったのは、男の矜持というものだ。


 温泉を後にすると、まるで昨日をなぞるかのようにモールへと向かい、食材を購入して別荘へと戻った。

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