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第五話 一日目/ビター、それは(シニカル)(3)

 風呂から上がると、濡れた髪もそのままに、僕と鳴門は脱衣場を飛び出した。

 僕たちは渇いていた。そう、アレを飲まなくては。


「コーヒー牛乳っ!」

「フルーツ牛乳っ!」


 売店の冷ケースに同時に手をかけると、僕と鳴門は顔を見合わせる。


「鳴門……風呂上がりはコーヒー牛乳だろ? あの甘さとコクこそが至高。火照った身体と渇いた喉を潤す、キンキンに冷えた褐色の甘露。これ以外は認められない」


 僕は勢いよくコーヒー牛乳の瓶を取り出した。


「カツオ。おまえこそ何を言っているのだ? 風呂上がりはフルーツ牛乳に決まっている。あの芳醇な香りと、口中に広がる絶妙な甘みと酸味のハーモニー。これに勝るものなど、ないっ!」


 鳴門が負けじと、大袈裟な身ぶりをしながらフルーツ牛乳の瓶を取り出す。


 すると、下から色の白い細腕がにょきっと現れて、コーヒー牛乳でもフルーツ牛乳でもない、白いプラボトルを取り出した。


「ここのおすすめは、近くの牧場で作ってる飲むヨーグルトらしいですよ。瀬戸内さんが言ってました」

 そう言うと、うさ乃はボトルを三本持ってレジへと向かった。


 再び顔を見合わせる僕と鳴門。


「そこまで言っておいて、今さら変えたりしないよな?」

「カツオ。おまえこそ、褐色の甘露だろ?」


 瀬戸内さんのおすすめという飲むヨーグルトはものすごく気になるが、ここで宗旨替えをするわけにはいかない。これは矜持の問題なのだ。


「あれ? 出てくるの同じぐらいだったんだね」

 湯上がり瀬戸内さんが現れる。キャミソールにハーフパンツという部屋着のようなラフな格好で、普段とは雰囲気が違う。


 しっとり水気を含んで潤った洗い髪は、後ろで束ねられてアップにされていた。

 露になる細く白い首すじ。

 うっすらと上気した肌はほんのり桜色で、なんとも言えない色香を漂わせる。


 うさ乃が持っていった飲むヨーグルトのボトルを受け取ると、瀬戸内さんは「ありがとおさん」と言ってにっと笑った。


 続けてうさ乃は、瀬戸内さんの後ろでもじもじしている御蔵さんにもボトルを手渡した。

 御蔵さんもラフなタンクトップにクロップドカーゴパンツという姿だったが、バスタオルを頭から被って、隙間から不安そうに目を覗かせていた。


 不審に思ったのか、うさ乃が御蔵さんのバスタオルを引っ張りながら尋ねる。


「御蔵さん。どうかしましたか?」

 すると、御蔵さんが小さな声で答えた。


「――か、髪がぼさぼさだから……」

「あー、乾かす時間ありませんでしたよね……。すみません」

 どうやら、うさ乃がヨーグルト飲みたさに、二人を急かして出てきたようだ。


「す、すっぴんだし……」

 御蔵さんがさらにバスタオルで深く顔を覆いはじめる。


「そんなの大丈夫ですよっ! なんの問題もありません。わたしが保証しますよっ!」

 言うと、うさ乃は容赦なく御蔵さんのバスタオルを剥ぎ取った。


「きゃっ」

 現れた御蔵さんの素顔は、いつもよりも少し幼いような印象を受けるものの、その魅力が損なわれるようなことはまったくなかった。それに、御蔵さんは記憶をデリートされてしまっているけれど、僕は彼女のすっぴんを以前にも見ている。でも、それは内緒だ。


「なんだ、御蔵さん。ぜんぜんかわいいじゃん。気にする必要がどこにあるのさ?」

 どうも僕は、ことあるごとに御蔵さんにかわいいと言っているような気がする。御蔵さんに軽薄なヤツだとか、思われたりしていないだろうか。


 あと、瀬戸内さんにも……。


「ほ、本当……ですか?」

 真っ赤になった顔を両手で覆いながら、御蔵さんが探るように訊いてくる。


「本当だって、うさ乃も大丈夫って言ってたじゃん」

 こうなったら、最後までやりきってやる。


「僕も保証するよ」

 本当だということを念押しするように、僕は口の端を片方あげてみせる。


 すると、ようやく信じてくれたのか、御蔵さんはそろそろと顔を覆っていた手を下ろした。

 そう言えば、瀬戸内さんもたぶんすっぴんのはずだけれど、彼女は普段からナチュラルなメイクのせいか、あまり印象が変わらなかった。


 御蔵さんが少し落ち着いたのを確認してから、僕は瀬戸内さんの方へと視線を向けた。

 見ると、瀬戸内さんは、いつの間にか姿を消していたうさ乃と一緒に、腰に手を当ててヨーグルトをイッキ飲みしていた。


 一息ついたあと、施設を出てクルマに乗り込む。次はモールへ食材の買い出しだ。

 クルマに乗ると、瀬戸内さんがエアコンを止めて窓を開けようと言い出した。


「いい感じで風が入ってきて、髪が乾くよ。きっと」

 僕は手元のスイッチを押して、前後の窓を全開にした。


 さらりと乾いた風が車内に勢いよく押し入ってくる。

 風切り音が耳をつき、みんなの声が急に聴こえなくなった。


「あーっ!」


 すると、吹き込む風の中で、その勢いを押し返そうとするかのように叫ぶ声がした。

 ルームミラーを覗いてみると、瀬戸内さんが大きな口を開けて、外に向かって叫んでいる様子が目に入った。


「あぁーっ!」


 すぐに、隣に座っていたうさ乃も真似をしはじめる。瀬戸内さんと一緒になって窓の外へ向かって叫んでいる。


 すると、唐突に僕の横からも野太い雄叫びが響いた。


「うおぉぉぉーっ!」

 鳴門のヤツもデカイ叫び声をあげている。


 風がうるさくて僕の席では聴こえないけれども、御蔵さんも口を開けているのが見えたので、一緒に叫んでいるのだろう。


 髪を風に靡かせながら、みんなして大声で叫んでいた。

 アホらしいと思いながら、僕もやけになって叫んでみる。


「あぁぁーっ!」


 なにもない田んぼ道で周りに人は誰もいなかったが、やってくる対向車に乗っていた人の何人かは、驚いたような顔をしていた。さぞかしイカれた連中だと思われたことだろう。


 そのうち、みんながおかしそうに笑いはじめた。

 何がそんなにおもしろいのか。こういう時のノリやテンションは、まったくもって謎としか言いようがない。僕だって笑いが込み上げてきて、どうにも抑えが利かない。


 車内が全員の笑い声に満たされる。


 そのうち、クルマはバイパスに合流をしたので、僕は全開になっていた窓を閉めた。

 風の止んだ車内には、FMラジオから流れるコルトレーンのサックスの音色が、緩慢と響いていた。

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