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第五話 一日目/ビター、それは(シニカル)(1)

 都内から、クルマで関越道を快走すること三時間半。僕たちは瀬戸内家の別荘に到着した。クルマは僕が実家から借りてきたので、必然的に僕がそのまま運転手をやることになった。


 そこは、山の雑木林を可能な限り壊さないように配慮して造られた別荘地で、点在する家々は山荘のような雰囲気の建物が多かった


 そのうちのひとつ、二階建てのログハウス風の建物が瀬戸内家の別荘だった。

 到着すると、瀬戸内さんは慣れた様子で、てきぱきと水道を開栓したり、ブレーカーを上げたりと動き回っていた。


「カツオくん、お水が出るか確かめてもらえる?」

「うさ乃ちゃんは二階の窓を開けて換気をお願い」

「イルカちゃんは、わたしと一緒に軽く拭き掃除でもいい?」

「鳴門くんは荷物を運び入れてもらえるかな?」

「終わったら、みんな拭き掃除手伝ってね」

 ここが瀬戸内さん家の別荘ということもあるけれど、やっぱり瀬戸内さんは人の中心になるタイプだ。

 一通り拭き掃除が終わると、一階のリビングにみんなが集まった。


「おつかれサマンサっ!」

 にこやかに言う瀬戸内さんと、ばっちり目が合ってしまう。


「ほら、カツオくん。そこで返さなきゃ! いつも言ってるじゃん!?」

 頬をちょっと膨らませながら、若干、不満げな様子で瀬戸内さんが目を眇める。


「えっ? あ、うん。タ、タバサ……」

 こんな僕を笑ってくれてもいい。でも、どうか僕に躊躇いがないだなんて思わないでほしい。これはうさ乃に言われたことなのだ。瀬戸内さんのセンスに付き合う必要があると。


「よくできましたっ! もっとレスポンスがいいと百点満点だよ!」

 にぱっと弾けそうな満面の笑みを浮かべる瀬戸内さん。この笑顔によって、すべては赦される。


「みんな、ありがとね。おかげで直ぐに終わったよ――」

「んじゃ、ほら、川に行きましょう」

 間髪入れず、瀬戸内さんの言葉にうさ乃が被せてくる。服の裾に手をかけて、いまにも脱ぎだしそうな勢いだ。


 ちなみに、今日のうさ乃は制服ではなく、白いレースのフリルが付いた、涼しげなワンピースを着ている。僕の部屋に大量にある段ボール箱から発掘された物のひとつだ。制服以外もちゃんとあるようだ。

 すると、横から御蔵さんがおずおずと切り出した。


「で、でも、うさ乃ちゃん。もうすぐ夕方になるから、早めに食材の買い出しに行かないと……」

「そうだぞ。晩メシは炭火をおこしてバーベキューだからなっ!」

 なんとなく自動的にBBQ担当になっている鳴門が、うさ乃の肩をぽんっと軽く叩く。


「そういうわけだ、うさ乃。まぁ、川は明日だな。今日は買い出しに行く時に、近くを通って様子を見るぐらいにしておこう」

 いまから泳いでいたら、夕飯の支度をしている間に真っ暗になってしまう。


「うー、せっかく正式な作法に則って下に着てきたのに。残念です」

 うさ乃がしょぼんとした様子で肩を落とす。


 正式な作法って、小学生かおまえは。


「じゃあさ、泳がない代わりに、買い出しに行きがてら、少し寄り道して温泉に行こうよ。家にもお風呂はあるけど、この近くにはたくさん温泉があるから選び放題だよ」

 瀬戸内さんが棚の引き出しから、温泉のパンフレットをがさっと出してきた。


「へー、ホントだ。町営とかの公共施設なんだ。どこもクルマで十分ぐらいで行けるみたいだよ」

 設備もキレイな感じで入浴料も良心的ということもあり、そのうちのひとつにみんなで行ってみることになった。


 手早くバスタオルや着替えを用意してクルマに乗り込む。

 途中で約束どおり川原を覗いてから、一番近い温泉へと向かった。車中、川を見たうさ乃が妙に興奮していた。水量こそ少なかったものの、川の水は澄んでいて問題なく泳げそうだったからだろう。


「うさ乃。なんでそんなに川に入りたいわけ?」

 ルームミラーの中にいるうさ乃に向かって、ちらりと視線を向けて尋ねてみる。


「わたしたちには海や川で泳ぐ習慣がありません。衛生的ではないと考えられているからです」

 その答えを聴いて、うさ乃の住んでる惑星にも海や川があるんだなっと、ぼんやり考える。


「じゃあ、なんでおまえは泳ぎたいんだ?」

 うさ乃がこっちで問題なさそうに順応しているところをみると、きっと、そこは地球の環境と近いのだろう。


「ダメだと言われると、やりたくなるのが人情というものです。非合理的だとわかっているのに、やってしまう。きっとそこには理由などないのです。何かに抗う、逆らうという行為は、あらゆる生命体にプリインストールされている業なのですよ、きっと」


 うさ乃は窓の外へ視線を向けると、胸に下げたトンボ玉を指で弄りながら、遠い山並みを見つめはじめた。そうやってトンボ玉を弄ぶうさ乃を、これまでにも僕は度々見かけていた。無意識にやっているクセなのだろう。なんとなく落ち着くのではないかと思う。こういうところも普通に人間っぽい。


「あ、あぁ。うん、そうかもな……」

 なんと答えたものやら。瞬間、違うことを考えていた僕が言葉に詰まっていると、瀬戸内さんが激しく同意を表明してきた。


「わかるっ! スマホに最初から入ってる変なアプリとかいらないよねっ!?」

「ウミちゃん……それ、プリインストールの話だよね……」

 御蔵さんがめずらしく能動的にツッコむ。


「えぇー、だってあれ、みんなにダメだって言われてるのに、入れちゃってるんでしょ? 同じだよ」

 山椒は小粒でもぴりりと辛い。


 瀬戸内さんがにこやかに言うと、なかなかにパワフルだ。

「個人向けPCも結構そうだよな。あれもいらないモンばっかりだ」

 静かだから、てっきり寝てるのかと思っていた鳴門が加わってきた。

 おまえもそういうの気にするとは意外だ。


「業だねっ」

 瀬戸内さんがルームミラー越しに、きりっと引き締めた視線を投げ掛けてくる。


「なんだか違う話をしていますね、みなさん?」


 うさ乃が不思議そうに車内を見回した。

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