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第一話 うさぎが来たりてメシを喰う(1)

 その日の午後。


 インターフォンに呼ばれて玄関のドアを開けると、そこには女のコが立っていた。クラシックなセーラー服姿で、初夏の今時分には、いささか見た目が重たい冬服。たぶん高校生か中学生。どちらなのかは判別がつかない。


 なぜなら、その娘は背が小さいのでどちらにも見えそうだということと、顔には夜店で売っているようなうさぎのお面を被っていたからだった。


「こんにちは」

 うさぎのお面女子はぺこりとお辞儀をする。


「マスク・ド・うさぎです」


 この時点で、僕はドアルーペで相手を確認してから応対に出なかったことを激しく後悔した。すると、彼女の横から、黒いスリーピースのスーツに身を包んだ細身の男が音もなく姿を現した。


「わたくし、こういう者です」

 男はそう言うと、唐突に両手を突き出してきた。その指先には名刺が挟まれている。

 僕は反射的に名刺を受け取ると、そこに書かれていた文字に目を走らせて読み上げた。


「日本国政府 担当 小笠原トウ」

 他には携帯電話の番号しか載っていなかった。


「日本国政府ってざっくりし過ぎだし、これを信じろと?」

 さすがの僕でも、これを真に受けることはできかねた。


「重要な機密に抵触しますので、それ以上のことはお伝えできないのです。ご理解ください」

 小笠原という黒スーツの男は、少しも表情を変えずにハッキリとした口調でそう答えた。


「枕崎カツオさん、十九歳。北多摩北大学の二年生、本籍は東京都杉並区、血液型A型のてんびん座。彼女いない歴は年齢に同じ。で間違いないですね?」

「いや、まぁ、合ってますけど、最後の情報いらないですよね?」

「マスク・ド・うさぎによる人類経過観察プロジェクト推進法、第三条第九項に基づき、本日現時点をもって、あなたは観察対象者乙に任命されました」

 僕のツッコミには一切触れることなく、小笠原氏は上着の内ポケットから折りたたまれた通知書を取り出すと、丁寧に広げて全文を見せてきた。


「法定ガイダンスは受講済ですよね?」

「えぇ。まぁ。大学でも必須でしたから」

「では、詳細は割愛させていただきます。後でこちらのパンフレットに目を通しておいてください。免責事項や義務違反に関する罰則事項などが載っております」

 どさっと分厚い電話帳みたいな冊子を渡された。こんな物を誰が見るというのだ?


「なお、今回の観察期間中に発生する経費につきましては、日本国政府が負担をいたしますのでご安心ください」

「……えっと、領収書を貰っておけばいいんですか?」

「いえ、その必要はありません。あなたの行動はすべてモニタリングしておりますので、そういった計算もこちらで行います」

「えっ? いま、さらりと怖いこと言いませんでしたか? モニタリングって……」

 そんな話しは初めて聞いた……いや、講習で言っていたような……。まぁ、とにかく、僕のプライバシーはどうなる。


「ご安心ください。あなたの情報を取り扱う技官は専任の一名だけですし、収集した生の情報にアクセスできる者は人間にはおりません」

 一ミクロンも表情を崩すことなく、小笠原氏が抑揚のない声で説明してくる。


「いやいや、そういう問題じゃなくて……んっ? 人間にはいないって?」

「はい。収集された情報は、データ解析エンジンによって加工されたものしか人間は見ることができない仕組みになっています。保安上必要な情報以外は、個人を特定できる情報は紐付けされませんので、どうぞご安心を」 

 そうは言いながらも、こちらを安心させる気などまったくないことが、小笠原氏の声音からはひしひしと伝わってくる。きっと彼にはその必要がないのだ。


「はぁー、わかりましたよ。どうせ何を言っても無駄なんですよね?」 

 不毛なやり取りに嫌気が差してきて、つい投げやりな口調になってしまう。


「法律で決まっている国民の義務になりますので。――ご理解、ご協力に感謝いたします」 

 一瞬だけ小笠原氏の口元に微笑が浮かんだように見えた。たぶん気のせいだろうけど。

 すると、それまでだんまりを決め込んでいたうさぎのお面女子が、しばらくぶりに口を開いた。


「事前説明は終わってるんじゃなかったんですかぁ、小笠原さぁん?」

 かわいらしい声で、拗ねたような甘えたような声を出すうさぎのお面女子。

「申し訳ございません。我々の不手際によりお時間を取らせてしまいました」

 しかし、小笠原氏はうさぎのお面女子に対しても、一切その表情を変えることはなかった。

 そんな小笠原氏のぜんぜん心がこもっていなさそうな謝罪の言葉が終ると、うさぎのお面女子は僕の正面へと進み出てきた。高い位置で結わえられた、艶やかな黒髪サイドテールがぴょこんと揺れる。


「そんなわけなんで、よろしくお願いしますね。御前崎さん♡」

 首を軽く傾げながら、うさぎのお面女子は明るい跳ねた声音で挨拶をすると、さっと右手を差し出して握手を求めてきた。


「――枕崎です」


 違うから。それは岬の名前だから。

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