プロローグ
20X2年 七月
七月六日は、台風一過の翌日だった。空気を吸い込むと、まるで清流の水を飲んだように澄んでいて雲ひとつ無い青空が広がっている。
しかし美里由依の場所から空を見上げても、僅かに青い破片しか見ることが出来ない。
見上げた先は、巨大な杉に似ているが濃い紫の葉を茂らせた、異彩をはなつ木々の天幕で覆われていた。それらは以前から生えていたサクラやケヤキ、クヌギなどの木々をすみに押しやり、周囲を埋め尽くしている。
また人の腿くらいある異様に太い蔦が、お互い複雑に絡み合い天井まで伸びていた。
周囲を見渡した有り様は、一見すると熱帯雨林のようでもあり、知床や屋久島のような太古の森のようでもある。それは何というか、まったく不可解な空間といえるだろう。
ここも以前は都下でも手入れの行き届いた、美しい公園だったと聞いている。
彼女の周囲には、自衛隊から新しくできた省庁の「特殊検疫警戒区域 管理庁」へ出向している五名の隊員達がいて、周囲を散開しながら目的の対象を捜索していた。そして捜索対象やその痕跡がないか、目を皿のようにして必死で探してくれている。
しかし捜査範囲である、約百メートル四方を懸命に探しているが、目当ての対象は、見つけられない。予定の捜索時間はもう、終わりかけているに違いない。
由依は無理に同行を依頼し、周囲から途絶されたこの場所に降りるために隊員同様ヘリから救命用のホイストと呼ばれる、ケーブル一本で人を上げ下げする機械を使用しここまで来た。
彼女は高いところが苦手にも関わらず、二十メートルの高さに対する恐怖を、何とか押し殺して来たというのに・・・それでも目的に辿り着けない、なんともやるせない気持ちをどこに持っていけばよいのか検討もつかない。
由依が目標を必死で探しながら進んで行くと、お昼に全員で休憩をとった、池のほとりに行き当たった。池の周囲は、なぜか草原で物悲しい印象を覚える。途方にくれて少し濁った静かな水面をみていると、後ろから捜索部隊の隊長がやってきた。
そしてそっと隣にやってくると、申し訳無さそうにヘルメットに手をあて・・・
「美里さん。残念ですが、もう捜索時間一杯です。これだけ探して見つからないとなると、もしかしたら携帯のメールを送信してから、別の場所に移動したかもしれません」
美里由依は頷くがすぐ言葉が出てこない。だが水面を見渡し搾り出すように・・・
「そうかもしれません・・・だけど、それなら次に何処を探したらいいのですか?・・・」
そう震える声で何とか言葉にすると美里由依は、俯いて顔を上げることができなくなった。
隊長は慰めるように、そっと彼女の肩に手を当て無線で帰還の指示をだすと、ヘリとの合流地点へ向かって、ゆっくりと彼女を連れて戻り始めたのだった。