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ドラグーンを探して

作者: 日立 心

四つ目の短編です。


よろしくお願いします。

二国間の長い戦争が終わった。

花の国バレンスにとっては、自分たちよりもはるかに大きな北の隣国の侵略を凌ぎ続けた、苦しい戦いだった。戦争が終わってみれば、城下は瓦礫の山だった。

国の象徴ともされる花畑は焼け野原で、華やかな色どりはどこにもない。

だが、そんな中でも町の人々はパンを焼いたり、レンガを積んだりしながら少しずつ暮らしを取り戻しつつあった。


そんな城下のとある酒場で、騎士アルコは聞き込みをしていた。


「竜騎士を探している」

その質問は会う人すべてに投げかけられた。

「それは、僕らも気になるけれど、知らないですよ、騎士様」

尋ねられたものは、申し訳なさそうに、そう答えるばかりだった。


あの竜に乗った騎士は戦争のあと、どこへ行ったのか?

それは国中の人間が知りたい疑問だった。

「できることならば、その竜騎士を呼び寄せて褒章をとらせたい」

国王は騎士団にそう檄を飛ばし、騎士長は調査の担当者としてアルコを直々に指名した。

結果、戦争が終わってから此の方、アルコはずっと走り回っている。


だが成果は少なかった。

戦後一か月、アルコは城下のほとんどすべての人間に話を聞きつくしてしまっていて、もう誰に聞いても何もわからないかもしれない。そんな弱気が彼を包んでいた。


「竜騎士を探している」

いつものようにアルコが訪ねると、酒場の店主は申し訳なさそうな顔をした。

それから少し思案して、何かを思いついたのかこう述べた。

「あそこのお客はどうもよそ者らしいので、何かを知っているかもしれません」

店主の指さす先には、くたびれた麻のマントを纏った男がビールを煽っていた。

アルコはすぐさま男のもとに駆け寄った。


「竜騎士を探しているんだが」

アルコが声を掛けた男は貿易商だった。

男は騎士姿のアルコを見ると立ち上がり、うやうやしく敬礼をした。

「竜騎士とはもしかすると関係ないかもしれませんが」

男の前置きに、アルコが構わないといって、先を促した。

「西側の国境の少し外側に村がありましてね。そこでドラゴンを捕獲した、という噂を聞いたのですよ」

その話を聞いてアルコは視界が開ける様な感覚を味わった。


バレンスは小国だった。

五百人ほどが住まう城下街とそれを囲む花畑。

それに麦を育てる村が二つ。それが国の全てだった。

代々賢君が続く為か、真面目に働く国民性のためか、侵略で国土を膨張させる国々の中で、すでに三百年の治世が続いていた。


「この城下からだと馬で二日ほどの距離ですよ」

貿易商の言葉を信じ、アルコはドラゴンを捕獲したという村へと向かうことにした。

旅の準備としてアルコは馬を選定し、旅程を組み、それから荷物をまとめた。

竜騎士を探しに国外へ行く旨を聞いた騎士長には両腕を握られて「頼んだぞ」との激励を受けた。

「お任せください」

アルコは力強く、騎士長の腕を握り返した。


国境の外の西の村までの街道には、かつての敵国が拵えた陣や大砲がそのままに放置されていた。

戦争が終わったのはつい一か月前の事だ。

隣国は《開拓》という名で侵略戦を開始した。

新天地をもとめ、まだ見ぬ地をを切り開く。

『皆、冒険家であれ』、という国是を掲げる宗主が誕生するやいなや、雪崩のようにバレンスへと攻め込んできたのだ。


数で圧倒的に劣るバレンスは籠城戦を強いられることとなった。

あっというまに城壁の周りを敵に囲まれ、大砲と投石が雨の様に毎日降り注いだ。

それが建築物や王宮を破壊した。

多くの犠牲者も出た。ある者は崩れた家屋の下敷きとなり、あるものは火災に巻き込まれて死んだ。

「降伏しましょう」

「そうはいかない」

そんな問答が王宮では毎日繰り返されていた。

堅牢な城壁だけに守られたその中は、地獄の有様だった。

降伏するにせよ、城壁を崩されるにせよ、国の瓦解はもはや時間の問題となっていた。


その窮地を救ったのは一機のドラグーンだった。

羽を広げれば、バレンスの城をすっぽりと包んでしまうほどの巨体。

その巨体を包む鉄の様な鱗。

太陽の様に赤く光る三日月型の瞳。

それは正に神話で読んだ生物であり、当時城壁で応戦していたアルコは驚きのあまり弓を落としてしまったのだった。


「化け物だ」

そのドラゴンの背では、甲冑を身にまとった騎士が幉を握っていた。

幉がぴしりと引かれると、ドラゴンは城の周りに降りたち、大きくそして力強く羽ばたいた。

巨大な羽は空気を切り裂き、猛烈な風を生み出す。

そして城壁の周りで陣取った敵兵たちを一人残らず吹き飛ばしてしまった。


竜騎士の奇襲で隣国は多くの兵士を失い、戦争は講和に持ち込まれる形で終わりを告げた。

そんな仮初の平和を得てから一か月が経とうとしている。


だが、戦力ではこの国が隣国に圧倒的に劣っていることに変わりはなかった。

兵の数も兵器の質も、それから戦術の面でも、隣国に勝てる要素などありはしない。

戦いが終わってバレンスに残されていたのは疲弊しきった国民と壊れかけた城壁だけだった。


「竜騎士がいなければ、講和が破棄されたときに戦い抜けないだろう」

王も国民も同じことを考えていた。

竜に乗る騎士が国を守ってくれれば、バレンス国の平和は真に保障される。


皆の期待を背に受けながら、アルコは村へと馬を走らせた。

貿易商の言葉に偽りはなく、その村についたのはちょうど二日後のことだった。


あたりは一面の麦畑だった。

自分たちの国にある村とよく似ている、とアルコは思った。

村は木の柵で囲んだ簡単なものだった。

規模からして、住んでいる村人は五十人くらいだろうか。

村の入り口と思しきところで馬を下り、幉を丸太に括り付け、はやる気持ちを抑えながら、せかせかと村へ入った。


「この辺りで竜を捕まえた、という話を聞いたのだが」

アルコは麦を粉にする石臼小屋の前で煙草をふかす男に声を掛けた。

男は立ち上がると、嬉しそうな顔をした。


「おりますよ。見られますか?」

「本当か。ぜひ拝見したい」

「では、その・・・、銀貨を一枚ほどいただけますか」

「・・・金をとるのか」

アルコは唖然とした。村人は手もみをしながら笑顔でアルコを見ている。

騎士からの質問に金を要求するとは。

自分の国であれば、無礼者と怒鳴りつけるところであったが、国の外では騎士に対する遇しかたも異なるのかもしれない。

そんな風に折り合いをつけて、アルコは銀貨を男に渡した。


村人は大事そうに両手で銀貨を受け取ると、まじまじとその刻印を見た。

「こいつはバレンスの銀貨ですね。バレンスの城から来られたんですか」

「まぁそうだ」

男は少し神妙な面持ちになった。

「先の戦争は大変だったでしょう」

「そうだな。そのこともあってドラゴンを探しているんだ。私たちの国は竜に乗った騎士に救われてね」

「竜に乗った・・・? 騎士なんて乗れないと思いますよ」

村人は不思議そうな顔をした。

「確かに、あれほどの大きなドラゴンなら、乗りこなすのは難しいかもしれないな」

「ううんと、そうではないのですが。多分見た方が早いですよ」

そう言うと、村人はアルコを村の中心部へ向かって案内した。


数軒の家に囲まれた中心部にある広場に十人ほどが集まって、人だかりができていた。

集まる人々に声をかけつつ掻き分けて、村人はアルコに「それ」を見せた。

「馬鹿な」

アルコは膝と手を地面についてしまった。

そこには小さな檻があり、中には一匹のオオトカゲがいただけだったのだ。


「薄々おかしいとは思っていたのだ。我が国の城ほどもあるドラゴンがこの小さな村の広場に収まるはずがないと」

「お察ししますよ、騎士さん」

銀貨を受け取ったせいか、村人も少し申し訳なさそうにそういった。

広場の中心の人だかりでは、恰幅の良い男が、いかにしてオオトカゲを捕まえたかについて、ほかの村民に自慢話をしていた。


アルコは溜息が止まらなかった。


帰り際、馬の幉をほどきつつ、アルコは恨めしくひとりごちた

「まったく、なんて人騒がせな」

すると隣から女の声がした。

「ええ、まったくです」


アルコが見ると、女は軽く会釈をした。

女性としては長身で、腰にはレイピアを携えていた。

彼女はアルコに尋ねた。

「あなたもドラゴンの噂を聞きつけてきたの?」

「ああ。あなたもですか。・・・しかし骨折り損だった。探しているのはもっと巨大なものだったのだが」

「残念でしたね。ああ、申し遅れました。私はフィーネといいます」

名乗りを受けると、アルコはあわてて自己紹介をした。


聞けばフィーネも噂を聞きつけて捕獲されたドラゴンの正体を確認しに来たのだという。

まっすぐに目をみて話すフィーネを見つつ、碧眼の綺麗な人だな、とアルコは思った。


「アルコさんはどうしてドラゴンを探していたんですか」

尋ねるフィーネにアルコは事情を説明した。

自分がバレンスの騎士であること、国が竜騎士に救われたこと、褒章を与えるために国を挙げて竜騎士を探していること。


「竜騎士が現れなければ、我が国は本当に滅んでいたと思う。颯爽と現れた竜の巨躯、戦局を一瞬で変えてしまった衝撃、この目に焼き付いて離れはしない。竜騎士様は本当に素晴らしい力を持った方だ」

アルコは力説した。

熱に浮かされたように、憧憬と感謝を込めて。


一方のフィーネは浮かない顔をしていた。

「どうかされたか」

アルコは尋ねると、フィーネは口を開いた。

「それほど、素晴らしいでしょうか。私には恐ろしくも感じます。味方であるうちは良いですが・・・仮にその竜騎士がバレンスの敵に回ってしまったらと考えると、怖くはありませんか」


そんなことは想像したことが無かった。

「そんなことは」

あるはずがない。と口にしようとしてアルコは想像してしまった。

騎士の駆る巨竜が空を舞い、巨大な尾や足が街を踏み砕く景色を。

それは恐怖しかない想像だった。


だが、それはあくまでも仮定の話だ。

「それでも、実際に我々の国は救われた。それこそが竜騎士が味方であることの証明だ。私はそう信じるし、国王も、民たちもそう信じている」

「確かに、実際に目にされたあなた方の認識を否定する言葉を私は持っていませんわ」

少しの妥協をにじませながらフィーネは言った。


「バレンスは隣国に比べて、兵力も兵器も、それから戦術の面でも、隣国に圧倒的に劣っていた。竜騎士を称えたい気持ちも確かにあるが、それ以上に守られているという安心を得たいのだ。我々の国はそれほどにか弱く小さい」

「だとすれば」

口を開いたフィーネをアルコは見た。

少し怒ったような、諭すような、そんな顔をしていた。


「あなたたちの国がすべきことはドラゴン探しではなくて、自分たちを守る術をえることでしょう。近隣諸国と同盟を組むなり、要塞を強化するなりしなければ。城壁を再び十万の軍に囲まれて投石や大砲で襲い掛かられた時に、ドラゴンが来なければどうするのですか?」

アルコは少しむっとした。フィーネは美人だったが、何かと口うるさいと感じていた。

だが、指摘は的を得ていて、返す言葉もなかった。

それが余計に腹立たしかった。

「城の警備に戻るのでそろそろ失礼する」

そんな不躾な挨拶を残し、逃げるようにアルコは出発した。



もしかするとフィーネは敵国の騎士だったのではないか、アルコはそんなことを考えた。

バレンスにあのような女剣士は居ないし、先の戦争に関することに詳しかったことを見るとその可能性は高い。

いくら講和を結んだとはいえ、国の弱みや事情を話し過ぎたかもしれない。

そんな心配が頭をよぎった。


だが、そのすぐ後で、考えが間違いであったと確信を持った。

アルコは五感を以てそれを認識し、それを受け入れざるを得なかった。


それは春の日差しを遮る影と羽ばたきが起こす強風であった。

アルコが風のくる方へ振り向くと、耳をつんざくような嘶きが飛び込んできた。

その目には、飛び立つ巨竜の背中が見えた。

竜は細身の一人の騎士を乗せて。

その鱗はぎらぎらと日光に反射し、空気を切り裂く高い音を立てている。


息を呑み、空を見上げていたのはほんの刹那のことで、

それは瞬く間に天空へと消えてしまった。


アルコはぽつりと騎士の名前を口にした。


あれはバレンスの国を思っての叱責だったのだ。

後になって彼は理解した。

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