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列車の中で

 列車は海岸線沿いのわずかな平地を走る。

 その二等車の席で、彼女エリナは目を覚ました。

 家畜に付けるような大きなベルを腰にぶら下げた車掌が、間もなく終点に到着することを、告げながら横を通り過ぎていく。


〈いつの間にか寝ちゃっていた……〉


 ベルの音で彼女は目を覚ました。

 眠気のため目をこすると、大きく彼女は背伸びをした。

 リズミカルに揺れる車内。

 ここは、コンスティテューション連邦の都市のひとつ、ヨークタウン行きの列車の中。

 彼女は、田舎から列車を何度も乗り継ぎ、ようやくこの列車に乗り込んだのは、昨日の深夜のこと。

 その時は客はまだ、まばらだった。

 それが気がつけば、途中駅から乗り込んだ客で自分の乗る二等車の席は埋まっている。


〈わたしって、やっぱり田舎者なのかな?〉


 ひざの上にある大きな麦わら帽子を見ながら、ふとそんなことを思う。

 ほかの客は、赤やピンクの色とりどりの帽子をかぶっている。

 そして、服装も自分の少女ぽい水色と白いワンピースのサマードレスとは違い、スーツやフリルの付いた服など色鮮やかだ。

 特に、自分の座るボックス席。その斜め向かいの若い女性。

 赤い帽子に顔をベールで覆い、赤いスーツを着こなしている。

 そして、驚いたのは、スカートの丈の短さだ。ひざまでしかなく、ストッキング――彼女、実は見るのが始めて――に覆われた足がむき出しになっていたのだ。


〈わたしも、いつかはあんな服を……〉


 まじまじと彼女が見ていることに気がついたその女性は、不快そうな顔を見せると、読んでいた文庫本を持ち直し顔を背けた。


〈あっ、『都会では用がない限り、人を見つめないこと』だったっけ……〉


 エリナはひとりで何かを納得したように、うなずいた。

 カランカランとベルが鳴る。前の客車に向かっていた車掌が戻ってきたようだ。

(ノルト)。間もなくノルト・ヨークタウン」

 再びそう告げながら、通り過ぎていった。


〈ノルト・ヨークタウン? ああ、待ち合わせは北駅でいいのよね〉


 一瞬、車掌の言葉に戸惑ったが、大きな街には幾つも駅があることを思い出した。


 彼女は窓を開けると、首を出した。

 列車の前方を見ると、故郷の方で乗ったことのあるのとは違い煙を吐いていなかった。

 ウワサに聞いたディーゼル機関車か……と彼女は一人で納得すると、目の前に広がる海を眺めた。

 初めて見る海。

 モクモクと煙を出して走っていた故郷の列車とは違い、見晴らしは最高だ。だが、エリナはどんなモノか楽しみにしていたが、大して感動というモノは沸かなかった。

 初めて()ぐ海水の臭いが、気に入らなかったのかもしれない。それよりも、水平線の向こうがあまり見えなかったからだ。

 巨大な半島が列車の後方から突き出しており、自分の田舎にあった湖の方が大きく感じた。


 目を前方へ向けると、列車の目指す先に大きな街が見えてきた。


「あそこが、わたしの新しい街……」


 身を乗り出してみれば、もう少しよく見えるだろう、と窓をもっと開けようとしたときだった。


「君、危ないよ」


 ふと、前に座っている人物から注意を受ける。

 顔はずっと新聞が覆ってよくは分からないが、声は男だ。


「もうすぐ上り列車がくるから、身体を出してたら危ないよ」


 エリナは、ハッとあわてて首をひっこめた。

 その途端前方の急カーブから突然列車が顔を出し、彼女が顔を出していた方にごう音を立てながら走り込み。そして、過ぎ去っていった。


 彼女は、過ぎ去っていた列車を窓越しに見送りながら、胸をなで下ろした。

 あのまま身体を出していたら、どうなっていたことか……。

 間違いなく対向の列車に身体をぶつけて、死んでいただろう。想像しただけで身震いがする。


「ありがとうございます」

 新聞越しに男にお礼を言った。

「見慣れない時計だね」


 男は新聞を下ろすと、エリナの腕に付けられた時計を見つめた。

 彼女はその腕時計を、ゆっくりとさすった。

 確かに彼女の細い腕には、不似合いの巨大な腕時計を付けていた。だが、あの故郷での一件の時も付けていたので、水に落ちてそれ以来、動かなくなっている。


〈たしか、『都会では、初対面で親しく話しかけてくる人は、気をつけろ』だったっけ?〉


 どこから聞いたのか、妙な教訓を思い出す。


「……形見です」

 と、簡単に答えた。男を観察する。


 男はちょっと太め。顔の線なども浅く、黒縁眼鏡をかけて少々神経質ぽい感じだ。濃い金髪を、オールバックにしておりギラギラと光っていた。

 歳はいまいち分からない。三〇代前半と言ったところだろうか?

 そして、特徴的なのが、耳が(とが)っていることだ。


「ほう……と言うと、元の持ち主は軍人かね?」


 彼女の時計に興味を示したのか、新聞を畳むと、身体を乗り出してくる。


「この手のは、軍が支給しているものだ。特に飛行機の操縦士とかに……」


 確かに彼女が付けている巨大な腕時計は、軍が操縦士たちへ支給しているタイプだ。

 だから、男は形見と聞いて、元の持ち主は軍人だ、と思ったのだろう。だが、エリナは首を振った。


「いえ、母は軍人ではなかったです」

「母? ほう、女性の操縦士か。珍しいな……」

「そうなんですか?」

「ああ、飛行機を操縦するなんて、大体が男だ。私が……おっと、失礼」

 懐から取り出したのは、彼の名刺であった。若干、男の表情が緩む。

「自己紹介が遅れたが、私はレジスター。貿易商を営んでいる」


 書かれているのは名前である、トランジット=レジスター。

 店舗らしき場所の住所が、コンスティテューション連邦エンタープライズ州ヨークタウンJ地区九番街。そして、取扱品が記述されており、宝石などの貴金属や古美術品となっていた。


「仕事柄、いろいろな地方を見て回っているが、女性のホーネットはあまり見かけないな」

「ホーネット? スズメバチがですか?

 すみません、あまりこの地方の言葉には不慣れでして……」

「知らないのかね? まあ、通称みたいなモノだな。民間の操縦士のことをそう言っている」

「ホーネット……なんか格好いい響きですね」


 彼女は微笑(ほほえ)みを浮かべて喜んでいた。

 レジスターの方はといえば、そんな彼女を少々蔑んでいるように見ていた。

 彼はそんな顔をした理由を教えるつもりはなかった。田舎から出てきた少女に、ホーネットに(かか)わることはまずないだろう。

 そう判断し、話題を変えることにした。


「ところで、ヨークタウンには観光できたのかね?」

「いえ、わたし働きに来たんです」

「ほう……。その歳で、関心だな。もし、気が向いたらそこに載っている店に顔を出しなさい。少しは勉強をさせてもらうよ」

「ありがとうございます。でも、少しですか?」

 エリナの最後の一言に、レジスターは声をあげて笑い出した。

「見かけによらず、なかなか、気が強いお嬢さんだ。それで、働き先はどこだい?」

「たしか……タイプ・ゼロって……」

「タイプ・ゼロだって?」

 その名前を聞いて、目を丸くして驚いた。

「知っているんですか?」

「知っているも何も……」

 と、言葉を濁らす。


 何か悪いことでもあったのか?

 エリナにして見れば気が気ではない。

 せっかく上京してきたのに、その『タイプ・ゼロ』が怪しいところだったら、どうしようか?

 ただの骨折り損ならまだいいのだが、犯罪がらみだったらさすがに(こた)えるモノがある。


「タイプ・ゼロって、()()()のタイプ・ゼロかね?」

「桟橋屋? 確かそんなことを書いてあったような……」


 やり取りをした手紙は一応持ってきていた。

 エリナはそれをもう一度確認しようと思った。


〈たしか、ここに入れた……〉


 網棚の上の小さなカバンを見る。

 確かそこに入れたはずだ。

 故郷から避難するときに最低限持ち歩けるモノだけを、この革製の旅行カバンに詰め込んだ。

 避難先に預けていたが、それが手元に来たのは、ほとんど奇跡のようなものだ。

 まあドラグーンに半狂乱で単身特攻した少女が、ひょっこり返ってきたのには誰だってと驚くだろう。


 立ち上がり、それに手を伸ばす。


「事務処理か何かかね? あそこは、ホーネットたちの集まるところだから……」

「いえ、そのホーネットです。わたし、飛行機乗りになるために上京してきたんです」


 彼女は、覚えたての言葉であったが、そうきっぱりと言った。

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