ショートカット
「アドミラル州フッドは、アルだったら三日で行って帰ってこれる」
リジーは飛び立つ前に、テリーから言われた言葉を改めて思い出していた。
〈三日なんて、どんなトリックを使ったら……〉
通常だったら、アドミラル州フッドまでは片道三日の距離だ。
まず北西のヴィッカース州コンゴウに一日かけて行き、そこから北東にあるアーサー州エクスカリバーへまた一日かける。最後はさらに東のアドミラル州フッドとなる。
これはヨークタウンの北にある山脈を回避するためのものであった。
もう一つ、彼から渡されたモノがある。古い地図だ。
自分たちの使っているのは最新のモノ。
古い地図なんてどうしようというのだろうか、と思って中を確認すると……。
「北東じゃなくて、北に向かうの?」
「そう、エクスカリバーへ直接向かうわ」
エリナの問いにリジーはそう応えた。
古い地図には、誰かの書き込みがされている。それはヨークタウンから直接、北に位置するアーサー州エクスカリバーへの飛行ルートだ。
「山脈の所為で高度が高くなるから、酸素マスクは忘れないように」
リジーが確認すると、山脈の隙間を縫うようなルートだ。だが、高度は四〇〇〇メートルを超えるような高さを飛ばなければならない。場所によってはさらに高く。
「了解。燃料は持つかな……」
エリナは少し心配しているようだ。
山脈の真ん中で燃料切れは、さすがにゴメンだ。
その辺は、ローナが気を利かせたのか、いつもなら入れないフロート内の予備の燃料タンクにも、満タンに――燃料も重たいためあまり入れたがらない――燃料が入っている。
民間機『ダイナ』の元の『一〇〇式司令部偵察機』のカタログスペック上では、増槽をつけていれば四〇〇〇キロとなっている。フロート内の予備の燃料タンクは、その増槽と変わらない効果をもたらしてくれる。だが、荷物の分と満載の燃料の重さ、それに高高度を取るための燃料消費率を考えると、アーサー州エクスカリバーへのルートはギリギリの距離だ。
「アンタのお得意の『風』を利用して、燃料消費を抑えてちょうだい」
「……頑張ってみる」
すでに酸素マスクをつけているのか、エリナの返答はこもって聞こえてきた。
結局、アーサー州エクスカリバーの湖面に、翼を休めることが出来た頃には日が落ちていた。
夜間飛行は禁止されているが、着水――勿論、避難等に限り――は禁止されていない。だけれども、すでに暗くなってからは嫌がられる。ましてや、グラウ・エルル族が早々に寝てしまうような社会環境では、彼女たちの到着に、受け入れる桟橋屋はかなり渋い顔をしていた。
この先のルートは通常通り、アドミラル州フッドまで一日。だが、向こうに着いたときの荷物の受け渡し、機体の再整備などを考えると、時間はいくらあっても足りない。
リジーはそう考えて、ここの桟橋屋に朝一番に飛び立てるように頼んだ。
やはり、相手はいい顔をしないが、仕事と割り切ってくれたようだ。
二人は夕食をそこそこに、桟橋屋の寝室に転がるように寝た。
エリナは長距離、高高度飛行のためにかなり疲れているようだ。布団をかぶった途端、寝息が聞こえる。
リジーの方は逆に、目が覚めてなかなか寝付けずにいた。
翌朝、眠い目をこすりながら、二人はアドミラル州フッドへの飛行ルートを飛んだ。
これまでは順調だ。三日目の最終日が気になる。
その答えも、テリーの古い地図にあった。
ヨークタウンの北の山脈沿いに、南下することが可能ということだ。
しかし、距離が厳しい。
たとえば、地図上にアドミラル州フッドを中心に、この機体の飛行限界距離の円を描いたとしよう。そうすると、エンタープライズ州ヨークタウンは、円の線状に入るか入らないかの微妙な距離。鉛筆の太さ加減の微妙な誤差しかない。
飛行をサポートする身としては、それを認めるかどうか……悩ましいところだ。
どこかで再補給できればいいのだが、そう都合よく行かない。
元々、片道三日なのも、余裕を待たせて作られたルートなのだから、それを逸脱して飛ぶのだ。
覚悟は必要だろう。
「もうそろそろ、着水体制に入るよ」
エリナがフッドに着いたことを伝えてきた。
〈ここの人が、何かいい情報を持っているかもしれない〉
そうリジーは願いながら、着水に備える。
時刻は昼を少し過ぎたあたり。
コンスティテューション連邦で一番大きな湖のあるアドミラル州フッドへ、滑らかに着水を果たした。
「あんたらが来るのは、明日じゃなかったのか?」
お世話になるフッドの桟橋屋のホワイト・エリオン族のオーナーが、二人の姿を見て驚いていた。
恐らくケイトが、先回りして電報で知らせていたのだろう。
現に彼の手には電報が握られていた。
「どうしても、わたし達、ヨークタウンに早く帰らなくちゃいけないんです!」
珍しくエリナが食らいついている。
「ヨークタウンは今、ドラグーンが来て大騒ぎしているところだぞ」
「分かっています。それでも帰りたいんです」
「しかし、ジークフルートからは、エンジンの分解整備しろと言われているが……」
そこまで手を打っているのか、とリジーは感心してしまう。
エンジンのオーバーホールなどされては、数日足止めを食らうとになりかねない。せっかく、無理をして行程をショートカットできたのに……。
ケイトが、自分たちをドラグーンから遠ざけようとしていることは、分かっている。
しかし、これは意地だ。
「オーバーホールなんて、しなくてもいいですよ」
自分たちの後ろから、そんな声が上がった。
振り返ると、若い――彼等の尺度で――ホワイト・エリオン族の整備士が立っている。
「エンジンナセルの裏側に張ってありました。ヒッコリーさんからです」
その手には手紙が握られていた。そして、その手紙をオーナーに渡す。
「ヒッコリー? ローナ=ヒッコリーか?」
渡したのは、桟橋屋タイプ・ゼロで働いている、あのホワイト・エリオン族のローナからの物のようだ。
「整備の女神からの手紙なんて、お宝物だぞ」
リジーは正直言って彼女のことは苦手だ。
あまり話したことはないし、向こうは全くといっていいほど話さない。いつも仏頂面で何を考えているか分からない変な人と思っていた。だが、『整備の女神』なんてあだ名で呼ばれているのには驚いた。たしかに、整備の腕はたしかなのだが……。
「なになに……『私の整備に文句ある? すぐに二人を帰せ』だと!」
「陰険なグラウ・エルル族の指示なんかよりも、オレは女神の指示を支持します」
「そりゃあ、俺だってホワイト・エリオン族だ。だがなぁ……」
まだオーナーは踏ん切れていない感じがする。桟橋屋同士の取引もあるのだろう。
下手にケイトの要求を蹴って、この先、彼女との契約などが無くなるのを、恐れているのかもしれない。
「お願いします。二度も故郷を失いたくありませんッ!」
エリナはオーナーにそう訴えた。
たしか彼女がヨークタウンに来た理由は、前に住んでいたところが、ドラグーンの採取で失われたと聞いている。
「お嬢ちゃんも、ドラグーンの被災者なのか?」
「はい。あれがあったのは一年前です」
「そうか……なのに、ドラグーンの採取に飛び込もうって言うのか……」
「出来ることは少ないかもしれませんが、これでもホーネットの一人と思っています。
見習いですが……」
オーナーは目をつぶり腕組みをし始めた。そして、整備士に命令する。
「おい、標準型の増槽はあったな?」
「はい。ありますッ!」
「それを付けてやれ、サービスだ。増槽を付ければヨークタウンまでは飛べる」
翌朝、日が上がる前からエンジンの暖機運転を開始した。そして、その間に消費する燃料も、追加して入れてくれた。まさに満タンだ。
「無理言ってすみません!」
二人でお礼を言った。
ああ、と眠そうにオーナーと整備員は応えた。
ふと、ホワイト・エリオン族は、グラウ・エルル族よりも朝が弱いことを思い出した。
今度来るときで構わないから、整備の女神様のサインをもらってきてくれ! と若い整備員に頼まれた。
今更ながら、そんなにローナのことが人気なのかと、驚かされながらアドミラル州フッドを後にした。
「リジーちゃん。ナビゲーションをしっかり頼むね!」
「解っているわ。アンタもしっかり『風』を捕まえてちょうだい!」




