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スミスとスミス

〈ようやく動いてくれたか……〉


 ナイト少佐は再びヨークタウンの街に来ていた。

 ケイトから呼び出されたからだ。


 前に会ってから、季節が変わり秋になり、今日は収穫感謝祭の前日になってしまった。

 この時期は故郷に帰ったりする帰省ラッシュで人が多い。その雑踏の中に隠れるように北・ヨークタウン駅に降り立った。


〈また手土産でも買っていくか……〉


 ケイトのところで働いている女の子の顔を思い出した。

 また甘いものがいいだろうと、駅前のカフェで売っているワッフルにした。彼も海外勤務の時に口にしたが、なかなかおいしいものであった。

 カフェの方へ歩いて行こうとしたら、駅前で道化師達がいる。

 明日から祭りが始まるので、やってきたのだろうか?


「本日より放送開始です。よろしくお願いしますッ!」


 どうやら違うらしい。チラシを配っていた。通りかかった自分にも渡してくる。

 見ると、この収穫感謝祭に合わせるようにして、ラジオ放送局が開業するらしい。

 その宣伝活動のようだ。

 まあ彼はこの街の住人ではないので、あまり必要は無い情報だ。だが、そのチラシをその辺に捨てるのも、 公衆の前でやるのには気が引ける。


〈まぁ、どこかで機会があるだろう〉


 と、とりあえずポケットにしまった。



 タクシーを捕まえるのには時間がかかってしまった。

 やはり収穫感謝祭の前日のためだろうか。帰省客が多いし、祭りを楽しむためヨークタウンに入ってくるものも多いようだ。


「お客さん。ヨークタウンには祭りが目的で来られたんですか?」

「まあ、そんなところだ」


 運転手と、とりとめない話をしながら、タクシーは進む。

 街はすでに祭りの準備万端のようで、通りのほとんどに花飾りのアーチが並んでいる。建物の窓からはカラフルな幕が垂れ下がっていた。メインの大通りらしい場所をタクシーは通ったが、左右には露店がひしめきあっていた。


 渋滞しているところもあったが、概ね予定通りに目的の場所につく。


 直接、桟橋屋タイプ・ゼロに行くのは避けるべく、ホテル街のありふれたホテルにチェックインした。ただの旅行客を装うためだ。

 諜報活動をしていたときの癖だが、気を抜いてはいられない。内密に……と、今回の会談を設定してもらった以上、誰が敵だかも解らないのだ。


 ケイトでさえも……。


 ラウンジで適当に時間つぶしをする。紅茶を飲みながら新聞に目を通し、いよいよ動く。

 あくまでも、ただの旅行客の様に……。

 通りを適当に散策して、本当の目的地である桟橋屋タイプ・ゼロへ向かうこととした。

 一応、尾行されることはないようだ。



 桟橋屋タイプ・ゼロに入ると、あの女の子がいるか、と少し期待をしていた。

 せっかく手土産まで用意したのだから……だが、そこにいたのは、ホワイト・エリオン族の女性であった。


「どうも……」


 とりあえず、帽子を取り挨拶する。だが、その女性は無反応だった……いや、仮面でも張り付いているかのように無表情のまま、黙々と機械の部品を整備している。


「こんにちは」


 少し声を大きくしてみると、その女性はチッと舌打ちをした。

 話しかけるな――普通のホワイト・エリオン族だったら、必ず言うだろう――とでも言いたそうに、音を立てて立ち上がると、桟橋の方へ行ってしまった。


「なんなんだ? あの人は……」


 呆気にとられていると、ふと、その顔に見覚えがある気がしてきた。だが、誰だか思い出せない。かなり目を引く美人だったが、頭の中にある人物ファイルをめくってみたが、該当する人はいなかった。となると、パーティーなどで紹介された人物。要人の夫人か、そのあたりで紹介された人かもしれない。ホワイト・エリオン族やグラウ・エルル族は、ヒューリアン族よりも長寿だ。惚れた腫れたなど、恋沙汰はその分多いはずだ。


「あら? きたの……」


 ケイトがバーカウンターの奥から現れた。この人の心だって、どうなのか解らない。


「私は呼ばれたら、どこにでも行く所存です」

「あっちはまだ来ていないわ」

「これ、お土産です」


 今日はあの女の子はいないようだ。


「あッそ、その辺においといて……」


 ケイトは電話をとり、ダイヤルを回し出す。そして、適当に腰掛けてなさいと、顎で椅子を指した。


 果たして海軍側の人物はどんな人なのだろうか?


 電話が長い。内容を聞かれたくないのか、口元を隠してボソボソと話している。だが、最後に突然、大声を上げた。


「つべこべ言わずに来いッ!」


 感情的な反応を、強力な自制心で押さえ込むグラウ・エルル族にしてはあるまじき態度だ。だが、この人だから……と、馴れている。


 しばらくしていると、一台のクルマが店の前に止まった。


「お待たせしました」


 現れたのは、ホワイト・エリオン族の男であった。

 彼等にしては太めで、黒縁眼鏡をかけて少々神経質ぽい感じだ。

 しかし、格好はどうだ。教会の聖歌隊でもやってきたのか、白く裾が開けたゴスペル衣装を着て、濃い銀髪の上には赤いベレー帽が乗っかっている。


「こんな格好で失礼。収穫感謝祭の催しで、賛美歌を歌うものですから……」

 と、男は握手を求めてきた。


「こちらこそ。お呼びして申し訳ない」

 ナイトは立ち上がり、握手を返す。


 そして、名乗って大丈夫かと、ケイトにお伺いを立てた。


 この男が海軍関係者かまだ分からない。

 彼女の返事は、ただうなずくのみだ。


「陸軍少佐のジョン=スミスです」


 ナイトはいつも使っている偽名を名乗った。

 いきなり、本名を名乗るほど馬鹿ではない。そして、相手の方も……。


「奇遇ですな。私は海軍中佐のオリバー=スミスです」


 偽名だろう。だが、階級が上だ。まあ陸軍と海軍では、立場は海軍側の方がひとつ下に見られている。つまり対等の立場というわけだ。


「時間がありません。ドラグーンの話でしたか」


 オリバー=スミスと名乗った海軍少佐は、話をさっさと終わらせたいようだ。


 こちらも同じだ。


 正直言って……まあ、どこの国でも対等な組織は、同時に対立する。この国内でも陸軍と海軍は、予算だのいろいろな面で対峙している。そのために陸軍情報部は非公式に自国の海軍の情報を探る部署が――恐らく海軍側も――あるぐらいだ。


「ええ、エセック州フランクリン島のことはご存じと思いますが……」

「我々、海軍も基地に重大な損害を被りました」

 皮肉たっぷりに応える。


 ナイト達、陸軍側が海軍に何らかやましいことがあるのでは? と睨んでいることは前の会談でケイトに匂わせておいた。それが彼、海軍側の方にも伝わっているのだろう。

 これはカードゲームのようなものだ。

 相手の手札。彼等の行動がどうなっているのかを、掴むために……。

 勝負に勝つためには、こちらも少しだけ手札を見せなければならない。が、相手はどこまで知っているかも解らない。単なる連絡役であったら、余計なことを言えばこちらが負けてしまう。


「我々は、『採取』について情報が持っていると言えば?」

「それは、それは……」

「あの時の『採取』について、我々は疑念を(いだ)いています」

「疑念ですと! それは聞き捨てならいですな」


 ホワイト・エリオン族の気性の荒さを使えるかもしれない。


「まるで我々が、あのドラグーンを操っているというのですか?

 あの『採取』の時に基地だけではなく、駆逐艦が二隻大破しているのですよ!

 それを言うのであれば、一年前の『採取』の時の陸軍の(てい)たらくは、どう説明するのですか」


「それは……」

 そこを突かれると弱い。


 この海軍士官は話をすり替えて、この会談を無かったことにでもしようというのか?

 桟橋屋(ここ)にいた女の子の件もあり、自分なりに一年ほど前の『採取』について調べた。

 そこで浮かび上がっていたのは、この海軍士官が言うように、我が陸軍の体たらくだ。十分戦力はあったと思えるが、当時の担当官が撤退を決定したらしい。下からは作戦の継続願が出ていたのにもかかわらずだ。だが、それで話の主導権を取ったとは思われては困る。


「一年前の『採取』の時にあなた方は何をしていたのですか?」

「なんだと!」

「海軍艦艇が作戦のあった村の近くで目撃されています。大勢にね。

 ですが、公式記録には『採取』の場所に艦艇がいたという記録がない」

「書類がすべてだ。いないものはいない」

「そうですかな。その艦艇が一名、遭難者として救助しています。

 後を追っていくと、この者にはドラグーンの被災者として給付金が支払われています。

 おかしいですね。『採取』の場所にいなかったのに、ドラグーン被災者を救助している。

 貴方の言う書類上には、その者が入院した日付。退院日。給付金の支払日があります」

「何が言いたいんだ」

「言いませんでしたか? あなた方の情報が知りたいと……」

「応えなければどうなるというのかね?

 いや、いい……口にしなくても、私も情報部に籍を置く端くれだ。解っている」


 何が起こるのか……そうだ。もし、そのことでやましいことが無いにしても、疑惑は雪だるまのように膨れ上がる。不信を生み、それは憎悪になるだろう。コンスティテューション連邦は多種国国家である以前に民主主義国だ。さすがに政権転覆とは行かないまでも、今の政府には打撃になるかもしれない。


「私の知っている情報は限られている」


 海軍士官はため息交じりに、そう言って座り込む。


「詳細までは分からない。だが、海軍内の研究では、ドラグーンの生態を一部しか、まだ解っていない。飛行するのに浮き袋のようなモノに、水素を利用していることとか……」


「電波で意思疎通を行っているとか……」

「そちらでも、それは認識しているようですな」


 どうやら海軍側でも、あの倉庫のような研究機関が存在するようだ。

 そして、同じような結論に到達した。まあその辺を統合すべきだろう。予算も馬鹿にならないから……その辺を詰める話は、またの機会にしようと考えた。


「ドラグーンが電波で会話しているですって!?」


 ずっと黙っていたケイトが驚き声を上げた。誰だって驚くだろう。

 生物が機械のようなことをしているのだ。そして、同じような質問が浮かんでくる。


「わたし達の会話を聞いているってこと?」

「それは今のところないと考えています」


 ケイトの問いに海軍士官が応えた。


「我々が動物の言葉が理解できないように、奴らにもこちらの言葉は理解できないモノと考えています。実は……」


 チラリと下士官はナイトを見た。そして、改まって続ける。


「一年前、『採取』の時に偶然近くに我が方の巡洋艦がおりました。

 その時、奴らが使っている電波を受信し、サンプルを回収しました」

 サンプル回収までやっていたのか、とナイトは驚いたが、顔に出さないように努め、話を聞く。

「回収には成功したのですが、内容というのが……これが、よく分からないのです」

「よく分からない、というのはどう言うことだね」


 そういえば、このような話を自分の補佐官と話したような覚えがある。


「我々が認知できる様にサンプルを調節して聞いたのですが、なんと言いましょうか……。

 その研究員の話では、クジラの鳴き声に似ていると言うことでした」

「クジラ。海にいる巨大な哺乳類のクジラかね?」


 ナイトの問いに海軍士官はうなずく。


「そして、電波が切れる前に盛大に鳴いたそうです。そうしたら、奴らの撤退が始まったと……」

「もしかして、それが撤退の合図だったんではないのか?」

「そう推測できたので、その部分だけ切り取って、こちらから電波で流したそうです。

 前回のフランクリン島での件の時に……。

 ですが、いくら流しても撤退する気配を見せなかったと……」

「現に撤退はしているが……」

「それが、送電網が破壊され全島停電が発生し、復旧に手間取っている間に、ようやく撤退し始めたと……」

「なるほど」


 話を聞いて、ナイトは考え始める。

 恐らく海軍は、奴らの撤退の合図を回収していたのだろう。だが、ひとつ足りないことがあった。

 電波を流し続けたことなのだろう。

 奴らにも動物同様に、ある程度は知識があるのかもしれない。あれだけの巨体だ。脳もそれなりに発達していると考えられる。撤退の合図は一回で十分なのか……。とにかく電波が止まったとが、最終的な()退()()()()となったのだろう。


 あの時も、あの問いが浮かんだ。


「集合の合図は解らないわけだ」

 誰に言うでもなくただ呟いた。


「たしかに、それは解りません。特定された周波数はラジオ局で使われているモノだそうです。

 そうだとしたら、電波を出した途端、ドラグーンがやってきてもおかしくない。

 なのに現れない。

 でも、突然、前触れも無しに現れた」


「それがあのフランクリン島での『採取』の時……」


 ナイトは考え込み始めた。

 何か、あるはずだと……。


〈クジラのような鳴き声。そして撤退の時の鳴き声……〉


 自分が黙り込んで考え始めたためか、海軍士官はケイトと雑談を始めていた。


 ふと、目に入ったのは、あの海軍士官の格好だ。

 賛美歌を歌うものですから……とか言っていたが、どんな声で歌うというのだろうか?


〈歌? ラジオ? そういえば……〉


 何かがつながったような気がした。


「そうか、歌だ!」

 そして、ポケットにしまってあったラジオ局のチラシを取り出した。

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