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ポストマン・ゲーム 再び


 統一歴九四〇年、秋――


 これで何度目だろうか?

 リジーはエリナの後ろの席に座って、何度となく仕事をこなしてきた。

 多分、片手以上はこなしていると思う。


 彼女は結局、桟橋屋タイプ・ゼロにお世話になることとなったが、テリーは初日に会ったきり。店にやってくるのは、ドリーアン族のアルビオンとかいう巨漢と、ホワイト・エリオン族のレジスターぐらいだ。だが、エリナに面と向かって抗議することは出来なかった。


 それは()()を認めてしまうようなことだ。

 エリナが「リジーはテリーのことが好き」というのは認めたくなかった。


 ジリリリリリっと、タイマーが鳴った。

 このタイマーは、そろそろ航法の仕事をする時間を教えてくれる。リジーが機内に持ち込んだものだ。大学も始まっていて、学業も疎かにするわけにはいかない。彼女は航法の仕事の合間に、教科書などを持ち込んで勉強をしていたのだ。


 エリナは指示すれば、まっすぐ確実に飛んでくれるのがありがたかった。


 まあ、急旋回する癖は口を酸っぱくして言いつけたので、少しは改善されている。恐らく、最初に教えた人の所為だろう。あの()()()()()()()()()が教えているようだ。


 今回の仕事も例によって、レジスターが持ってきた運貨筒の投下するものだ。だが、ちょっと今日は「難しいかもしれない」と忠告された。

 現在地を測定し、地図と照らし合わせる。


「目標はッて、これは……」


 途中、あまり外を見ていなかったということもあってか、飛んでいる場所に驚いた。

 飛行ルートは問題なく飛んでくれている。予定した時間と場所だ。だが、地図上では山地だということは認識していたが、下をのぞくと断崖絶壁だ。

 周りは切り立った山。その山を巨人が引き裂いたかのような、深い谷間が広がっている。


「ちょっと山からの風が邪魔だったから、高く飛んでいるけど、大丈夫だった?」

 エリナが機内通信で問いかけてきた。


 別に高度は問題ない。あまり高度をあげすぎると、酸欠になって頭が痛くなるので、備え付けの酸素マスク――エンジンの力で空気を圧縮するタイプ――をつければいい話だ。


 投下ポイントが見つけられない。


 距離的には見えていいはずなのだが……


「谷に沿って飛んでくれない」

 谷はジグザグになっている。山肌に隠れて見えないのかもしれない。

 行き過ぎないよう、後ろをしっかりと見ていないといけない。前方はエリナに任せ、リジーは椅子を回し背中を彼女の方に向ける。


「あれか……」


 しばらく飛んでいると、谷に張り付くように民家があった。それも何件も……。前方を向いていたら発見できなかったほどだ。


 しかし、よくもまあこんなところに住む気になった。と、感心してしまう。

 その集落の下の方……谷の底に小さな空き地がある。周りは木々で覆われているが、明らかに整備したと思われる。

 例によって、指示された無線周波数で問いかけてみると、信号弾があがった。

 そして「目印だ」と言わんばかりに、カンテラが空き地の中央に照らされた。


〈これはたしかに難しいかも……〉


 目標は谷の底だ。

 集落の左右はすぐに山肌が迫っている。集落の前方の谷は開けているといっても狭い。

 水平飛行で集落の正面から侵入して落下させるということも考えたが、集落の周りの気流が読み取れない。そうなると……。


「目標に急降下して荷物を落とすのね」


 エリナに手順を説明すると、少し間をおいて承諾した。

 自分に出来るのか、出来ないのか、彼女なりに考えているのだろう。

 集落のある山に沿って目標に降下し、投下後、急いで機体を引き上げる。タイミングを間違えると、正面の山肌にぶつかってしまう危険な行為だ。前に機体は急降下に耐えられるよう、強化されているとは聞いたが、エリナがそれが出来るかどうかは聞いていない。

 一発本番だ。


「無理しなくてもいいわよ」


 無理は禁物だ。

 そもそもレジスターの仕事なんて、本当はどんなことさせられているのか分かったものではない。海軍関係者か、とリジーは睨んではいるが、本当はもっと危険な人物なのかもしれない。この荷物だって、食料品、医療品とは言っているが中身は分かったものではない。

 そもそも今回の仕事も、あのアルビオンにやらせようとしていた。

 それを、経験を積みたいと、言い出したのは自分の相方(エリナ)だ。

「頑張ってみる」

 エリナは珍しく元気なく応えた。


 高度は三〇〇〇メートル。

 侵入を開始した。目標は小麦の粒のような小ささだ。

 エリナは機体をその小さな目標に向かって急降下し始める。


「高度二〇〇〇……一九〇〇……一八〇〇……」

 高度計を読み上げてくれとエリナから頼まれた。


 彼女は微調整しながら、六〇度ほどの坂道を駆け下りていく。機体の重さ、それに荷物の重さが合わさり、それはまるで垂直に落ちていく感覚だ。内臓が持ち上げられるのは気分が悪い。


「高度一〇〇〇……九〇〇……八〇〇……」


 フロートが集落の一番高い建物の屋根にさしかかった。


「投下ッ!」

 エリナの声とともに、機体が一瞬浮かび上がった気がした。


 そして、重力に逆らい、機体がきしみ始める。だが、なかなか機首が上がらない。目標のカンテの光が迫ってくる。


「あがれッ!」


 外を見れば、主翼のフラップが全開に展開している。昇降舵(エレベータ―)も合わせて垂れ下がっていた。

 機体の操作はやれることは全部やっているようだ。

 そして、ようやく機体が水平になり始めた。

 木々がフロートをかすめるぐらい。だが、そこで終われない。

 機体は放物線の最低点に着いたが、すぐ目の前に山肌が迫ってきているのだ。

 今度はエレベーターは上向きになる。

 山肌がまるで料理で使うおろし器のように見えてきた。機体がチーズのように押しつけられて、粉々になるのではと……

 リジーはそこで目をつぶってしまった。

 ぶつかったときの衝撃を和らげようと、頭を抱え込む。


 衝撃は……無かった。


 恐る恐る目を開けると、青空の中を飛んでいた。


「こッ、怖かったぁ〰〰」

 エリナは息を切らしているようだ。荒い息が機内通信でも解る。


「こんなの二度とごめんだから……」


 リジーも冷や汗をかいた。自分で指示したことだが、もうやりたくないと思っている。

 そして、機体を水平に戻し、あの集落の上を周回し始めた。

 ところで、荷物がどうなったのか?

 確認のために、谷間の集落を見る。


「あッ……」

「リジーちゃん、どう?」


 エリナにどう報告しようか悩んだが、こんなことをやらないためにも、言っておかねばならない。

 投下した運貨筒は、目標の空き地に見事に……外れた。

 慣性の法則が働いて、運貨筒は機体と同じような放物線を描いてあの空き地に落下する。予定だったが、運貨筒には衝撃を和らげるためのパラシュートがついていることを忘れていた。

 機体から切り離されて、パラシュートが開いたようだ。そして、もっと山肌より……つまるところ集落にぶつかって、ひとつの建物に引っかかって止まった。


「どうしよう……」

「どうしようって、今更なにを」

「ごめんなさいっていようか? 二人で謝れば……」


 ともかく、リジーは下に問い合わせてみる。

 怒られるのは怖いが……だが、下からの反応はこちらを気遣うものだった。


『かなり低空まで侵入していたが、大丈夫か?』

 と……。


 リジーはその無線に向かって「新人なので不慣れでごめんなさい」と返信する。

 それよりも建物を壊したことについては、何も言ってこなかった。


『もっと経験を積んでからやってくれ』

 と、返信が返ってきたぐらいだ。


 かなり難易度が高いことは、今肌で感じた。

 元々、レジスターがあの野蛮なドリーアン族に持ってきていた仕事だ。ということは、彼には難なく出来ることなのだろう。そうなると、少しはドリーアン族について認識を改めなければならないかもしれない。

 リジーは自分の中でそう締めくくった。

 そして、エリナに帰路につくように指示をする。

 さて、次に報告をどうするか悩み始める。


〈とにかく建物を壊したことは、ちゃんと言おう〉


 長距離通信用の電文の下書きを書き始めた。

 通信も安くはない。一文字ごとに値段を取られる。経費のこと――結局、見ることとなった――を考えると、やはり少ない文字で済ませたい。

 電文の下書きが出来上がると、電波を出して受信可能な受信局を探す。と、相手側から受信可能の連絡が送られてくる。

 そこへ電文を送信した。

 受信局からはいろいろと経由されて、ヨークタウンの桟橋屋に電報として送られるはずだ。

 電報を受け取って、あの建物についてのことも向こうに任せるしかない。修理費用とかその他諸々のところは、手配してくれると信じている。


「リジーちゃん、ごめんね」


 一通り作業が終わったところで、エリナが問いかけてきた。


「何よ。アナタが謝ることじゃないわ。指示したアタシが悪かったんだし……」


 彼女はリジーの指示したとおりにやってくれただけだ。

 無理させたのは自分だ。

 降下前にちょっと元気がなかったように感じたのは、自信が無かったためかもしれない。だが、経験を積みたいというのと、指示にちゃんと従えられる、とリジーに見せたかったのだろう。その辺を見極められなかったのは自分だ。


「それよりもいきなりやって、よく出来たわね」

「死ぬ思いだったけど……」

「急旋回と急制動の次に不許可にしたいわ。

 それから、仕事を受けるときにはまずアタシに相談すること。勝手に決めない」

「いろいろと注文が……」

「じゃあ、ひとりで飛ぶ?」

「それも……」

「そこは、出来ますッて言いなさいよ!」

「はいッ!」

 と……そうして、たわいのない話をし始める。


「そういえば、秋の収穫感謝祭が近いけど、リジーは帰るの?」

「ん? どうしようかな……」

 リジーは悩んでいることはたしかだ。


「帰らないの?」

 秋の収穫感謝祭は、コンスティテューション連邦内で一〇日ほど続く一番長い祭日だ。

 祭日は種族によってバラバラにある。すべてを祭日とは出来ない。そのため、新年などはあるが一日、二日で終わってしまう。ただ食料に関しては、すべての種族が祝うので盛り上がりは格別だ。やはり彗星が落ちた後に、豊かな大地を取りあったためかもしれない。そして、この祭日中は官民それぞれ休みになるし、これを期に故郷を離れた人たちが、久しぶりに家族に会う期間でもある。


「この時期、みんな帰省でしょ。列車の切符が取れないのよ」

 と、いうのも理由のひとつだ。


 ちょっと会いたくない人がいる。

 そう母親に……。

 大学を勝手に決めたこともそうだが、このエリナのサポートの仕事をしていることは、黙っているわけにはいかずに報告した。それで、ちょっと喧嘩をしてしまった。

 そのときのこともあって、今は帰りづらい。


「なんだったら、わたしが送っていこうか?」

「この飛行機で、でしょ?

 どうせアンタのことだから、家が見たいなんて言うんじゃないでしょうね」

「バレたか……」


 エリナの興味が尽きないのだろう。その後も、間取りはどうだとか、使用人はいるのかとか、いろいろと聞いてくる。


「そのうち連れて行ってあげるわよ。

 まッ、初めての街の祭りも楽しみだし、ヨークタウンにいることにするわ」

「わたしも、初めての大きな街の祭りは楽しみよ」

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