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ドラグーン対策室

 キエフ=F=ナイト少佐は自分が閑職に回されたことを感じていた。

 陸軍の本部勤務という職を拝命したときは少々驚いた。


 ()()()()で、自分の陸軍内の評価に傷がついたと思っていた、矢先のことであったからだ。


本部勤務と言えば、出世街道の一部のようなものだ。

 しかし、ふたを開けてみればこの『ドラグーン対策室』というのは……正直にいって仕事が無かった。


 確かにドラグーンは、我々人類にとって天敵。だが、相手も生物であるためか、彼らによる大地の『採取』はそうそうあることではない。

 速いペースでは数ヵ月に一度、下手をすれば一年もの間何もなかったこともあった。まあ毎日のようにあっては、こちらもたまったものではないのだが……


 そのわりには海軍との連絡会議を毎週のように行っている。


 国としてドラグーン撃退作戦バトル・オブ・ドラグーンを指導しているのが、陸軍、海軍と交互に行われているのは、正直言って少ない仕事を分け合っているだけに他ならない。


 対策室である上、実際にドラグーン撃退作戦が始まれば、少しはマシになるのかもしれない。そうなれば、彼の予定表に会議以外の項目が書かれることになるのだろう。とは言っても、春に採取――海軍が担当――が行われてから、自分がこの初夏に着任するまでは静かであった。


「連絡会議?」


 彼の補佐官は――グラウ・エルル族の男で、前任から補佐官をしている――「はい」とだけ、短く応えた。

 今までの予定表には必ず『海軍』との連絡会議と書かれていたが、配属されてはじめてその単語が削られている『連絡会議』を目にした。


「連絡会議は何かね? 海軍以外に連絡会議があるのかね?」

「お時間になれば向かいますので、ご心配なく。

 なお、お手荷物は最小限にお願い致します」


 補佐官は彼の質問に答えず、さっさと自分の席に戻っていってしまった。

 グラウ・エルル族の特有か、会話は最小限にしかしないのは慣れている。

 室内を見回すと、その種族の人間の方が多い。

 下手に騒ぐよりかは、新参者である彼がこの先のことを考えると、黙って従っていた方がいいだろう。



 時間になり補佐官に案内されるまま、本部の地下へと案内された。


 そこには黒塗りのクルマが三台止まっている。

 その一台に案内されるまま乗り込んだ。

 クルマは後部座席の人間が見えないようカーテンで仕切られていた。


「先程は失礼しました。

 このところスパイの噂が絶えないものですから……

 失礼ながら、少佐の身辺を調査に少々時間がかかりまして。この『連絡会議』の開催が遅れてしまいました」


 助手席に座る補佐官は口早に告げると、運転手に発進を促した。



 クルマは最初は並んで進んでいたが、いつのまにか分かれて、気がつくと彼の乗った一台だけで進んでいる。

 右へ進んだかと思えば、左へ進む。それを何度も繰り返している。

 密かに彼は右折左折の回数や直進した時間を数えて、自分の居場所を探そうとしたが、こう何度も行われてはさすがに数えきれない。

 これもスパイ対策なのだろう。地下から車に乗り込んだのも、誰が乗っているのか判らなくするためだ。


 そして、同じようなクルマが別々の目的地に向かうのも、尾行される確率を下げるためだろう。

 ただ言えるのは、舗装された道路ばかり走っているのを考えると、首都市内からは出ていないかもしれない。

 ひょっとすると案外、陸軍本部の近くなのかもしれない。


「着きました」


 補佐官がドアを開ける。すると潮の臭いがした。

 やはり、目的地は本部よりさほど遠くない場所だ。

 海岸までは本部から一番近い場所でも一○分もかからない。

 それを何倍もの時間をかけてきたのだ。

 クルマの外に出て辺りを見回す。そこは海岸沿いの倉庫群といったところだった。

 一見したところでは他の倉庫と見分けがつかない。


〈こんな場所に何を隠しているというんだ?〉


 自分の身辺調査までされて『問題ない』と判ったからこそ、秘密が開示されるのだろう。だが、それはあまり喜ばしくないことだ。


 開示されると言うことは、「君も仲間だから、ここであったことは黙ってろ」という事の裏返しだ。

 補佐官が先導して倉庫の中に入る。続けて中に入ると、そこは小さな部屋になっており、さらに奥に扉がある。


 そして、強靭なドリーアン族の憲兵がいた。


「失礼します。身体調査です」


 階級は上だからといっても、彼らの命令系統が違うし、仕事を邪魔してはいけない。

 補佐官の方も黙ってそれを受けているので、ここまで来たら従うまでだ。


「二名入ります!」


 ようやくのところ扉の奥に進むことができた。

 いつも寡黙そうな補佐官が声をあげたことにいささか驚いたが、それよりも目の前にあるものに驚かされた。


「ドラグーンではないのか!」


 それは紛れもなく人類の敵たるドラグーンだった。

 彼自身、現場では見ているが、それは戦闘中であり、まじまじとは見たことがない。

 それが何体も並んでいる。


 さすがにこの首都コンステレーションはマナ・ニウムの濃度のおかげで、やつらの活動範囲外ではあるから生きてはいないようだ。

 現に作業員が張り付いて何かの作業をしている。腕や腹などを引き裂いて動かないのはあり得ない――実際、そんな作業が目の前で行われている。


「少佐殿はドラグーンの知識は、どれぐらいお持ちですか?」


 補佐官が不意に問いかけてきた。


「一般常識的には……」


 ドラグーンと呼ばれる生物……巨大な翼、巨大な腕、巨大な足、巨大な尾。

 鉄をも切り裂く爪に、軽くて金属のように強度のある鱗。マナ・ニウムに依存しないのに口からは火を放つ。


「首都のど真ん中で、やつらを解体して研究しているんです。

 それが一般市民に知れたら……」

「混乱ははかりしれないな。それで、成果はあったのかね?」


 その問いには応えずに、補佐官は次の部屋へと案内する。


 中に入ってみると、そこには骨格標本が置かれていた。もちろん、ドラグーンの……部屋に入りきれるように、小型のハンマー型のものだ。

 忌ま忌ましいドラグーン……骨格はこの星にいる生物とはかけ離れている。

 強いてあげるのなら、翼竜の骨格に近いかもしれないが、決定的に違うのは肩甲骨に当たる場所だ。

 ドラグーンには肩甲骨がもう一対余分に肩甲骨がある。我々の進化の道筋にはないべつの生命体……それがドラグーンだ。


 しかし、これぐらいは大きな街の博物館に行けば見られるものだ。

 これが成果だというのなら、こんな大がかりの研究施設は無用に感じる。


「少佐殿は、パイルがどの様にして他のドラグーンを呼び寄せているか、ご存じでしょうか?」

「どうというと……鳴き声か何かか? いや、違うな」


 そう違う。

 戦闘中もだが、パイルや他のドラグーンも低い唸り声を聞いた、と報告はあったが明確な鳴き声――翼竜や鳥のような――は聞いたことがない。

 それにパイルが採取を定めた場所を、鳴き声などで空中を通じて、何千キロも離れた『灰色の雲』に届き、誘導することなど不可能だ。


 臭いか?


 それも微妙だろう。旋回をしていないパイルが、今この瞬間にも何匹もが世界中で飛んでいるのだ。

 では、何がやつらを誘導しているのか?


「電波です」

「電波だと!? 生物がか?」

「電気ウナギはご存じでしょうか?」

「電気で狩りをするとかいう、あれか……」

「ドラグーンの解明できていない臓器はいくつかありますが、その中に電気ウナギとよく似た器官が確認されました。

 これにより電気を発生させることができますし、それに戦闘中、電波通信に障害が発生していることも報告されています」

「なるほど、電波でお互いの意思疏通を行っている可能性があるわけだ。

 しかし、電波を使っているとは……

 ちょっと待ってくれ。

 そうなると、我々の使う電波がドラグーンを呼び寄せるようなことは、無いのかね?」

「9htyt@5\」

「何だね、急に……」

「グラウ・エルル族の古代語です。意味は解りましたか?」

「私は古代語は解らないが……

 ともかく、こちらの電波は聞こえてはいるが、意味が理解できないということか。

 しかし、電波を使っているとして……

 こちらがやつらの話している言葉を理解できることは可能ではないのか?

 理解しなくても、何らかに利用することは可能じゃないのか?」

「現在研究中ですが、パイルが群れを集める周波数を、特定することは成功しています」

「波長まで特定できれば、人為的にドラグーンを操ることは可能になるんじゃないか?」


 そんなことができれば、これは強力な兵器になるかもしれない。

 彼の頭の中によぎったのは、天敵であるドラグーンを利用して人為的に『採取』を行わせることによって、根こそぎ破壊し対象を恐怖に落とすものだ。


 しかし、こんなものを兵器と呼べるのだろうか?


「可能です。特定の周波数と波長を組み合わせれば、やつらに聞こえると思われます。

 しかし、ここでの研究では集合させる言語的なものまでは解明できていません」


 補佐官は部屋の壁に近寄っていく。


 そこには地図が張られていた。

 それはこの国の地図で、緑、黄色、赤の帯びて色分けされている。

 緑の帯は国のほぼ八割を占め、黄色の帯はその下の二割。赤の帯はさらに下。飛び地の島や他国の領土にかかっている。


 そして赤い場所を中心に、何本ものピンが刺さっていた。


「マナ・ニウムの濃度図です。

 緑は安全地域。赤が危険地域。黄色は天候などによっては危険地域になりますので注意地域と呼んでいます。

 ピンが刺さっているのはこの数年の『採取』が行われた地域です」

「やはり赤い帯のところにはドラグーンは出やすいか……

 しかし、この地域。注意地域にしてはやたらに北よりではないのか」


 エセック州フランクリンと書かれたところに、ピンが刺さっている。

 記憶が正しければ前回採取が行われ、撃退に海軍が担当した地域だ。

 突発的にドラグーンの集団が現れたため、満足に準備ができずにいた。だが、大規模な海軍基地が近くにあったため、ドラグーンの迎撃は概ね成功した――陸上への被害はかなりあったらしいが――と報告は聞いている。


「通例からすると、ここが襲われることはないはずです。

 マナ・ニウムの濃度から考えても、ドラグーンが近寄ることは難しいと考えられていました」

「なのに襲われた」

「しかもパイルが確認されていません」

「パイルがいないのに、ショベルとハンマーが現れるなどと……なるほど」


 彼の頭によぎったことがある。


 今までの補佐官の話をまとめると、ある答えにたどり着いた。

 つまり誰かが導いたのだ。

 ショベルとハンマーを……。

 先程、馬鹿げていると思い付いた兵器としてのドラグーンの使用を、考えたものがいる。

 そして、この地域がその実験場に選ばれたのじゃないのか?

 そんな大規模なことができるのは限られてくる。


 それは……。


「パイルは確認されていませんが、このフランクリン島には海軍基地がありました」

「……海軍」


 その言葉を絞り出すように呟いた。

 その事を聞いて、彼らが自分に何を望んでいるのかが想像がついてきた。


 この補佐官の後ろにいる人間たちは、自分の前職のことを知っているのだろう。


 情報部にいたこと。


 そして、その中で一時期、自国の海軍内への偵察をしていたことがあった。

 そのときの部下や同僚とは繋がりは未だにある。それを利用したいと考えているのだろう。

 海軍の連中が何をしているのか?


「察しがいい方で助かります」


 グラウ・エルル族の補佐官の顔が微笑んだように見えた。そんなことはないだろう……感情を表に出さないのが彼らだ。


「でだ、ひとつ聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」


 改めて見返してみると、相変わらずのポーカーフェイスをしている。


「私の前任の人間はどうなったのかね?」

 と、彼の問いかけに、補佐官は忘れていたような口調で応えた。


「死にました」

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