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作戦開始前

 彼女の名前は、エリナ=グラーフという。

 歳は一七歳。栗色のさらさらしたショートヘア。灰色の大きな(ひとみ)は、年よりも幼い感じをもたせていた。

 今は、少女としては不似合いな地の厚い飛行服を身に(まと)っている。

 先ほどから桟橋屋タイプ・ゼロの二階の自室をそわそわと歩き回っていた。

 これから始まる作戦のことを考えると、いてもたってもいられないのだろう。


 不安は……言い出したら切りがない。


 ベテランの傭兵(ホーネツト)ではなくいまだ見習いだし、ドラグーンでさえ一度も落としたことがない。

 この作戦が成功すれば、故郷の(かたき)が取れるのではないかと……それもある。だが、今更、仇を取ったところで、ドラグーンによって消された故郷は返ってこないのだ。


〈やっぱり、わたしには無理かも……〉


 突然、空から(うな)る音が部屋中に響き始める。


〈こんな街中まで来ているの?〉


 戦闘が行われているのは、もっと南のロングソード半島の方と聞いていたのだが、状況は変わっているようだ。

 窓から頭を出せば、一機の飛行機が浮舟(フロート)が屋根を引っかけないか、と思えるぐらいに低空を飛び、エンジン音を唸らせながら急上昇していった。その後ろからは飛行機と見違えるほどの巨大な影……ドラグーンだ。

 人類の敵、と真っ先に学校では教わった。

 巨大な翼に、巨大な腕と脚。かぎ(づめ)は岩おも引き裂き、その皮膚は鉄のように硬い。巨大な口からは、魔術を使わずとも火球を放つことができる。その火球が幾人(いくにん)の人の命を奪ったことか……。

 明らかにこの世界の生物とは異なる進化を遂げた化け物。


 一〇〇〇年前、この世界に落ちてきた隕石『ペトローレウム』。

 それによって引き起こされた天変地異を何とか乗り切った人類に、星の落下地点――『灰色の雲』と呼ばれる落下地点を中心に半径一一〇〇〇キロに広がる雲の中が、ドラグーンの生息地と言われている――から突如現れ襲い掛かり始めた化け物。


 それが『ドラグーン』だ。


 ドラグーンは集団で町や村に襲いかかり、水を奪い、大地を削り、そこにいた人や動物までも持ち去っていく。


 そこに残るのはかたい岩石がむき出しになった大地だけ。


 人類側もそんな化け物に指をくわえて見ていなかった。

 すぐに腕の立つモノが武器を取り、巨大鳥や竜にまたがり、大空で対抗するようになった。

 この一〇〇〇年近くの間。何度も何度も打ち負かされてきた。だが、人類共通の敵であるドラグーンに対して、種族を超えて挑み続け、いつしか武器は槍や弓から銃に変わり、巨大鳥や竜は金属の塊、飛行機へと変わっていくことに。

 そして「ドラグーンも武器さえあれば恐れずに足りない」とまでになってきた。

 はずなのに……。


 確かに、確実に勝てるという保証まではなかった。だが、故郷を失った人にとってはそれは言い訳にしかならない。


 彼女、エリナも半年ほど前に、故郷をドラグーンに襲われてなくしている。

 小さな村だったし、なおかつ灰色の雲に近い南の方だったから、ドラグーンが目を付けるのは時間の問題。と、言われてしまえばそれまでだ。

 しかし、自分の故郷が失ったことには変わりない。二度と戻ってこない。

 一度だけ故郷がどうなったか戻ったことがあったが、そこは人が住めるような場所ではなくなっていた。

 美しい谷も、放牧の手伝いをした草原も、小麦を実らせていた畑も、地面ごとはぎ取られてしまった。

 そして、この街『ヨークタウン』が今まさに襲われようとしている。

 彼女が新しく故郷と決めた場所が、変わらぬ姿になるのでは、と複雑な気持ちになるのは仕方がないことだ。


 エリナは再び空を見上げる。

 数匹のドラグーンが既に街の空に入っており、それを追いかけるように飛行機が飛び回り、機銃を唸らせている。

 本当の戦闘空域はもっと南……海を越えて、遥か南の上空。

 そこは無数の黒い点が浮かんでいる。時折、黒い塊が海へ落ちていく。それはドラグーンだろう。

 そして、その頻度よりもはるかに少なく、赤い火のようなモノを引いて海に落ちていくのは、ドラグーンを追撃に行ったホーネットたちが操る飛行機。

 今回は、(おおむ)ねドラグーンの迎撃には成功しているようだ。


 しかしながら、この『ヨークタウン』の街は本来であればドラグーンに襲われることはない。

 長年の研究で、ドラグーンはこの星の空気中に含まれる特殊な成分『マナ・ニウム』に拒絶反応を示すことが判ってきた。

 そのマナ・ニウムははっきりとした理由は解らないが、両極が一番濃く、緯度が下がるに従って薄くなり、赤道付近にはほとんど含まれていない。この街は緯度の高いところに位置しているため、普通なら奴らが近づかないものと考えられていた。だが、奴らはやってきた。

 大群で……。

 それには理由があるのだが……。


 もしこのまま押されて大量のドラグーンが街になだれ込んできたとしたら、人口四〇万人ほどの都市が食い荒らされてしまうだろう。

 しかも今は秋の収穫感謝祭の時期だ。

 ドラグーンの襲来を知らずに、祭りを楽しみに街に集まってきた人も大勢いる。


〈やっぱり……そんなこと絶対にさせない!〉


 ふと、目覚ましがけたたましい音を立てて鳴り響く。

 集合時間だ。エリナは覚悟を決めて、自室から出た。

 階段を下りて、外に出れば愛機が女神様の凄腕(すごうで)で整備されて待っているはずだ。



 薄暗い一階に下りてくると、そこには一人の少女が立っていた。

 飛行服に風防眼鏡の完全装備で、今日ここにいてはいけない人物が、立ちはだかったことに驚いた。


「リジーちゃん」

 プラチナブロンドの長い髪。

 目はややつり上がっているが、瞳は透き通るようなブルー。

 あと叩きやすいオデコが……いやいや、お人形のように白い肌。

 小柄でまさに人形のよう……だが、その表情はかわいいものではない。

 今にも噛みつきそうな形相でエリナを睨みつけている。


「アタシを置いていこうなんて、不許可ッ!」

 エリザベス=P=シュトラッサー。その小柄な少女の名前はそういった。

「今回は、危ないから……」

「アンタの後ろに乗っていて、危なくなかったことなんかあった?」

 そして、彼女はエリナのパートナーとして一緒に飛行機に乗っている。

 いや、彼女がいるからこそ、エリナは操縦に集中できるのだ。だが、今回の作戦。他の参加者と話し合って、彼女を参加させないことにした。

 実のところ、彼女はちょっとは名の知れた家柄の人。

 そんな人を余りにも危険な今回の作戦に参加させるわけにはいかない。

 言い出したのはパートナーであるエリナ自身だ。

 そのために、昨晩の役割分担のくじ引きに細工をしてもらったほどだ。

「無線機もろくに操れないくせに、置いていくなんて、どういうことよッ!」

「その件に関しては、ケイトさんがやってくれる……はずだけど」

 彼女を飛行機から降ろす代わりに、この桟橋屋のオーナーが乗ってくれる手はずになっていた。だが、薄暗い店内にはリジー以外、誰もいない。

「ケイトさんはここにはいないわよ」


〈やられた……〉


 エリナは何も言わずにいなくなったオーナーを一瞬、恨んだ。

 確かに、彼女を外す、という話をしたときに余りいい顔をしていなかった。

 しかし、反対もしていなかった。

 自分の考えを了承した思っていたのだが、こんな形で拒否するなんて……。

「ねえ、エリナ。アタシたちは一緒に飛行機に乗るパートナーという前に、トモダチでしょ?

 だったら、トモダチを信じなさい。

 アンタの後ろに座っていられるのは、アタシぐらいなんだから……」

 そう言うリジーに、エリナはキョトンと彼女の顔をのぞき込む。

「何を……アタシの顔に何か付いているの?」

 真剣な目をしているが、次第に顔がほころび始める。

「リジーちゃんが、友達なんて言うの、初めて聞いた気がする」

「そんなことないわよッ!」

 照れているのか? 彼女の顔が真っ赤になる。

「そうかなぁ~」

「おネェさんを、からかうんじゃない」

「歳なんて、一つしか違わないじゃない」

 二人は顔を合わせると、笑い始めた。これ以上言う必要はないだろう。

 そして、二人は一緒に歩き始めた。二人の愛機へと……。


 さて、ドラグーン誘導装置破壊作戦の開始だ。

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