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脱出作戦

 リジーは、フランク・J・クーパーと名乗るホワイト・エリオン族の御仁に連れられて、海岸の端にあるカマボコ状の建物にやってきた。


 入って驚いたのは、そこに飛行艇が格納されていたことだ。


「これはまた年代物の……シコールスキイ社のS-40ですね」


 大型の旅客用飛行艇の名前はそういった。

 四発エンジンの単葉で、主翼は箱形の胴体から離れた高い位置にセットされているパラソル式だ。主翼と胴体の間は何本もの支柱で支えられ、四つのエンジンはその支柱の真ん中あたりに付いている。


「詳しいな嬢ちゃん。この婆さんで運べるだけ運ぶ」

 と、クーパー氏は胴体を叩く。


 経緯を分からないが、この飛行機は彼の持ち物らしい。

 胴体に書かれた『大きな教会の鐘(ビツグベン)』は、リジーの記憶が正しければ、遥か北方の国を拠点としている飛行会社のマークだ。


「運べるのはどれくらいですか?」

「四〇人ぐらいだ。これで州都のイントレピットまで飛ぶ」

「ないよりましか……」


 もちろん、リジーは一回で終わらせるつもりはない。

 この人もそうだろう。避難民を置いたらまた戻ってくるつもりだ。



 二人は大急ぎで離水の準備を始めた。


 クーパー氏は定期的に整備していたようだが、いかんせん機体が古い。

 四つあるエンジンがまともに始動しない。

 それはあの駆逐艦から脱出した軍人の中に技術士官がいたおかげで、何とか始動した。だが、四発とも回転数はバラバラで同調しない。


「気にするな。昔からだ」


 同調していないエンジンを心配している様子の彼女を見て、彼は声をかけた。

 ともかく、機体に関しては彼に任せるしかない。

 リジーは地図を広げて、航路を確認する作業を始めた。

 外では、給油作業が始まっている。普通の街にあるようなオイルパイプから直接燃料を注入。とは行かないようで、ドラム缶から手動ポンプでくみ上げるしかないようだ。


「クーパーさん。どれぐらい燃料を入れるつもりですか?」

「後で入れる手間が面倒だ。腹一杯入れる」

「そうなると……」


 彼女は算盤(ソロバン)を弾いた。

 機体重量に満タンの燃料に、四〇人分の人間の重さと、彼らの荷物。定員数は問題ないのだが、荷物は旅行ではないのだから一人分を少し余計に計算にいれた。

 それだと、どうしてもカタログ上の許容離水重量――機体が飛び上がれる重さ――より重くなってしまう。


「燃料半分ぐらいにしてください。飛び立てませんよ」

「昔はこれぐらい問題なく飛んだぞ」

「でも……」


 リジーが目線を外し、数値を見る。


 一人ずつ、荷物を減らしてもらうか?


 だが、それは人の財産だ。勝手に振り分けるのは気が引ける。


「いいか嬢ちゃん。この婆さんはそんな柔じゃない。カタログスペックなんてクソだ。

 お嬢様学校の飛行機クラブで習ったようだが、律儀に守っていたら飛行機乗りは務まらん」


 クーパー氏はサングラスを外すと、にらみ付けて声を上げて話し始めた。


「いいえッ! 飛行のサポートを任された以上、ここは譲れません。

 飛び立てないなら元も子もないじゃないですかッ!」


 リジーの方は頑固だった。

 ホワイト・エリオン族に怒鳴られたぐらいでは、引き下がるほど大人しくない。


「だから飛べるっていっているだろッ!」

「重くて飛べないって、言っているんですッ!」


 二人とも意地を張り始めた。

 ゾロゾロと避難民が集まってきていた。この島から逃げ出すことが出来るかもしれない、と噂がどこからか出たのだろうか?


 だが、そこに操縦士と航法士が、飛行機のところで大声を張り上げて喧嘩している。

 そんなのを見たら、幻滅だろう。


「ここは折り合いを付けてはいかがですか?

 クーパーさん。大人なんだから、おとなしく彼女の言うことを聞きましょう」

 と、海軍の技術士官――グラウ・エルル族の――が言い出した。だが、火に油を注いだようで……。


「何をッ! グラウ・エルル族の分際で俺に指図するのかッ!」

「子供扱いするなッ!」

「大体いつも気取って、腹の中で俺たちの種族を馬鹿にしているんだろッ!」

「アタシが、小さいって馬鹿にしているんだろうッ!」


 収拾が付かなくなってきている。もう最初に喧嘩していた内容などとはかけ離れ始めたが……二人でグラウ・エルル族の技術士官に大声を張り始めた。そちらはそちらで無表情のまま言いなりになっていて、反論はしない。疲れさせるまで言わせておいておくのが、グラウ・エルル族のやり方だ。


 しかし、事態は急に回り始める。

 人が集まりすぎたのか、彼女たちがいる建物に向かって、ハンマー型ドラグーンが火球弾を打ち込み始めた。


「チッ、やばいな」


 クーパー氏はすぐさま走り出し、機内に入っていった。


「まだ話は終わっていませんッ!」

 リジーは慌てて追いかける。コックピットまで……。

「一体どんだけ燃料を入れたんですかッ!」


 後を追いかけると、発進準備を始めている。

 計器を見たが……燃料ゲージは0を示していた。

 壊れているのかと思い、コンコンと叩いてみたが反応はない。


「そいつは昔から壊れている」

「それじゃあ、どれだけ飛べるか判らないじゃないですかッ!」


 また口論が始まろうとしていた。

 それを察知してか、海軍士官が顔を出してきた。


「お二人とも……何かお忘れじゃないですか?」

「あッ!」


 リジーは乗客を乗せていないことを思い出した。だが、海軍士官はそれではないとばかりに正面を指さした。


「格納庫の入り口はまだ開いていません」



 格納庫の扉が開けられ、海面に出る飛行艇はコックピット部分だけを格納庫から外に出した。


 上空にいるハンマー型のドラグーンが気掛かりだ。

 それなりに大きな飛行艇は、獲物としてみられて襲われるかもしれない。


 乗客は子供と女性ばかり……責任重大だ。

 それはグラウ・エルル族の海軍士官が振り分けてくれた。

 生命の優先順位なんて決められるのは難しい。だからといって、この飛行艇には定員がある。詰め込むだけ詰めて、飛べませんでは済ませられない。振り分けは必要になってくる。

 その点は感情的にならないグラウ・エルル族が適任かもしれない。

 生き残る価値なんて決められるものではないが、あの士官は問答無用に子供と女性を優先した。

 しかし、チラリと客室(キヤビン)を見たが、人間の重さは減ったが手荷物が多いような気がする。


 空を見上げると、ハンマー型ドラグーンが旋回している。

 ホーネット達のおかげで、先ほどよりは幾分か減っているかもしれない。だが……まだ多い。


「あいつらに守ってもらうか」


 あいつら……指を指した方角。リジーが見たのは桟橋屋にいるホーネット達だ。

 ちょうど弾薬の補給か何かで戻ってきているようだ。

 三機……もう、一、二機いたような気がしたが、たった三機しかいないが、ない袖は振れない。


「こちらは避難民を乗せています。しばらくの間、護衛をお願いします」


 リジーは通信機――とってつけたような簡素なものだが――に呼びかけた。

 意思疎通のため共通の周波数で呼びかけているが……応答はない。


 向こうの桟橋屋で作業しているホーネットは、忙しくて通信機に耳を傾けていないのだろう。

 彼らの助けがなければ、この飛行艇は飛び立てないだろう。


 手持ちのライトを使ってモールス信号で同じ内容を送った。

 やはり返答はない。


 クーパー氏は彼女が困っていることを察知したのか、信号短銃を手にする。


「こうするんだッ!」


 窓を開けて上空に撃った。

 音と光で連絡する信号弾だ。白煙を引きながら打ち上がり、破裂した。


 もちろん、注目が集まる。

 ホーネットにも、ドラグーンにも……


「目立ってしまうでしょッ!」

「ちゃんと気づいただろ」


 確かに……無線とライトの方でも「どうした、大丈夫か?」とこちらに問い合わせてくる。だからといって、ドラグーンに集まってもらっては困る。


「こちらは避難民を乗せています。しばらくの間、護衛をお願いします」


 再度、信号を送る。と、簡単に返事が届く。

『了解した』



 機種はバラバラだがホーネットはやはりプロだ。

 一時的かもしれないが、キッチリと海岸の上空から、ドラグーンの姿は消えた。


 ここぞとばかりに飛行艇は格納庫を飛び出し、海面に走り始めた。

 エンジンは相変わらず同調してくれない。


 炎上している駆逐艦の間をくぐり抜け、外洋に出る。

 波は高く飛行艇はひどく揺れた。

 キャビンから悲鳴が聞こえているが、そんなものは構っていられない。


「あそこに補給艦がいるけど、あれは使えないのかしら」


 海軍の基地が見えた。

 そこに一隻、補給艦がいる。

 あの駆逐艦より二回りぐらい大きい。

 海軍は出し惜しみをしたのか……と、リジーは思ったが、クーパー氏はそれを察したようだ。


「あれはダメだ。(かま)の火が落ちているからな。半日は動かない」


 確かに煙突から煙が出ていない。

 ボイラーの火が落ちている船は、そうやすやすと動けるものではない。


「風を利用するぞ」

「何をですって?」


 リジーは別のことに気をとられていたためか、クーパー氏の訛りがひどすぎて何を言っているか聞き取れなかった。だが、行動で分かった。

 機体を波に垂直に向けた。

 向かい風を利用して飛び上がろうというわけだ。しかし、それに併せて波をまともに受けることになる。つまり機体が、大いに揺れると言うことだ。

 キャビンから悲鳴が、ますます大きくなった。


「フルスロットルッ!」

 エンジンが悲鳴を上げ始める。スピードを上げ始めた。


「あがれクソ婆ぁッ!」

 クーパー氏は操縦桿をいっぱいに引いている。だが、まだあがらない。


 機体下の船首が波の頭を切り裂き進むが、なかなかあがらない。


 やはり重量オーバーなのか?


 そう思われたが、機体が巨大な波に持ち上げられると、フッと浮かび上がった。

 這い上がるように、機体がゆっくりと浮かび上がる。先ほどまでの振動が嘘のようだ。


 だが……。


「クーパーさん、前ッ!」

 目の前にドラグーンが突っ込んでくる。

「ダメだ。避けられない」 


 機体は空に向かって駆け上がり始めている。飛行艇は、あがるだけで精一杯だ。

 このままではドラグーンの攻撃をもろに受けてしまう。


 その時だった。


 飛行艇の後方から上空を一気に飛び越える黒い塊があった。

 ホーネットの一機が、飛行艇を飛び越え、突っ込んでくるドラグーンに機銃を浴びせた。

 下手をすれば、飛行艇とフロートが激突してしまうほどすれすれだ。

 掃射されたドラグーンは、首と腕を吹き飛ばされて脱落した。

 落ちる死体がギリギリ機体の下を通過していく。


「テリー! やってくれたなッ!」

「テリー?」

「あいつの名前だ。テリブル=バルディモア」


 飛行艇は安定した水平飛行に移っている。と、隣に先ほどドラグーンを撃墜してくれたホーネットの機体が並んでいた。


「テリブル=バルディモア……」

 リジーは目に焼き付けた。

 黒色と思っていたが、紺色できれいにワックスがけされている美しい機体。

 その機体に乗る人物が、フラッシュライトを使ったモールス信号で問いかけてくる。


『問題ないか?』


 辺りを見回せばドラグーンはいない。

 島も大分小さくなっている。

 彼のおかげもあってか、何とか脱出できたようだ。


「はい。問題ありませんッと……」

 リジーは送り返した。


 それを確認したのか、テリーは翼を何度か振ると、機体をひるがえし島の方へ戻っていった。

 まだ、島には脱出する人は残っているし、ドラグーンの本体もまだこれからくる。


「ではイントレピットまで、ナビゲーションをしっかり頼む」 


 彼女たちを乗せた飛行艇も、その後何度も往復することとなるだろう。


 チラリと南の方を見た。

 一部分が明らかに薄暗く見える。


 ドラグーンの群れの本体だとすれば、かなりの数だ。だが、前方からも別の大群が接近してくるのが見えた。

 それは彼女たちの飛行艇の上空を過ぎ去っていく。

 一様に翼には碇のマークが付いている。海軍のF4F戦闘機の大軍だ。


 まだ島の防衛はまだ始まったばかりだ。

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