アナフィラキシー
ホーネットには一応、種類がある。
大きく分けて三つ。
最も多いのはドラグーンの迎撃をメインとし、空いた時間――金儲けとしてはこっちの方が主だったりする――に護衛や運搬などなどをやっている連中。
次に多いのは、これはあまりいい傾向ではないのだが、いわゆる空賊。どの世界にもはぐれものは出るもので、非合法な集団は存在する。軍や警察機構がしっかりと働いているコンスティテューション連邦国内には、目下のところ絶滅危惧種とかしている。
そして、もっとも数が少なく、あまり目立った宣伝活動をしていないのが『暗殺』を専門に扱う連中だ。
アナフィラキシーと呼ばれている。
これから紹介する彼も、その暗殺を家業としている。
『テリブル=バルディモア』
彼はそう名乗っていた。
自分の子に『危険人物』なんて付けるはずがない。どうせ偽名だろう。
童顔のその男は二〇代後半のヒューリアン族。とても飛行機乗りとは思えない風貌。身長はそれほど高くない。肌が白く貧相な体格のために医者か学者、そんな感じに受け止められる。赤色の髪を後ろで縛り、首から航空眼鏡をぶら下げている。目は細く開いているのか閉じているのか分からない。
小さな無人島が無数にある入り江で、プカプカと自分の愛機の中で揺られている。
もちろん、燃料切れで漂流しているわけではない。
これでも立派に仕事をしているのだ。
『空の殺戮者号』
彼の愛機はそういった。というか、自分でそう決めた。
黒に近い紺色の機体は、ワックスがかけられ光沢を出している。
アイラウンド社製の『ルーフェ』という外国向けに販売された二式水上戦闘機だ。
細い機体とその下に同程度の大きさのフロート、主翼の左右それぞれ下に小さな補助フロートが付いた機体だ。九四〇馬力の空冷エンジンを一基搭載し、三枚のプロペラを回す。
朝食の代わりにビスケットをかじり、魔法瓶に入れたコーヒーをすすりながら、双眼鏡で辺りをうかがっている。
時たま目の前の計器に目を向ける。中央にあるオシロスコープ。緑色に光っているのは、電波探信機、つまり電探の画面である。
電探というと、円形のスクリーンに光の線が時計の針のように回り、対象物のところを光の残像として表すモノ――いわゆるPPIスコープ――を思い浮かべると思うが、こちらに積んでいるのは古いAタイプと呼ばれるモノ。コックピットの後ろに魚の骨のような金属線。それが電探のアンテナだ。それが一定の速度で左右に振っている。
画面を見ると、波打つ光の線がスクリーンに映し出されているだけだ。これはアンテナの一方向にしか電波を飛ばさないので、何もなければきれいに規則的に波打つ模様が映し出される。が、一度何かにぶつかれば、その波状が乱れる。それによって、物体があることを知るわけだ。
ただ、こう書いてしまうと簡単そうだが、どれが物体でどれが自然現象なのか区別は難しいのだ。
「遅いなぁ~……」
風防の外を見上げながらつぶやいた。
電探はあるが、実際そんなに信用していない。
古いAタイプの電探は、この機体のために設計されたものではない。中古品を無理矢理乗せているからだ。
〈予定ではそろそろのはずなのに……〉
空は雲もなく、透き通るような青空が広がっている……と、双眼鏡がある方向で止まった。
「来たか!?」
黒い点が見える。
それが自分の求めていたものかは、はっきりしない。だが、電探の画面を確認すると、そちらの方向で反応がある。
すぐさま彼はエンジンの出力を上げる。
今まで、電探への電力供給に回していたのだ。それを今度は機体を飛ばすため、プロペラに力を与える。
手にしていた朝食モドキをしまい込むと、手袋をして手の動きを確かめる。
エンジン出力を最大まで……そこまですると、ゆっくりと回っていたプロペラは、いつの間にか透明な剣へと変化していた。空気を切り裂き、膨大な空気を機体後方へと送ることによって、機体は海の上を滑り出し始めた。
「さて、一丁お仕事しますか」
フロートが波を引き裂きながら、突き進むスカイ・ブレーカー号の操縦桿を引いた。
高揚力装置が主翼よりせり出して、揚力を増す。
そして、フロートは波を蹴って空に舞い上がった。
現在の高度は三〇〇〇メートル。
この高度までくると外気は一段と冷え込み、キャビンの中もそれに応じてグッと冷え込む。
我慢できないとばかりにブルブルッと身体を震わせると、飛行服から出たケーブルを機体のプラグに差し込んだ。
そうすることで、電気が飛行服内にはられた電熱線につたわり熱を生み出してくれる。まあ、気休め程度でしかないが。
〈どうするかな……〉
飛行帽の上から頭をかいた。
相手は……まだ、見えない。
とりあえず電探が教えてくれた相手の方角を向く。
彼が積んでいるAスコープの電探は、一定方向にしか電波は飛ばないが、相手の高度を知ることができる。
情報が正しければ、こちらは相手側より上空を飛んでいるはずだ。
外は綿菓子のような雲が漂い、目を凝らしてみれば遥か向こうに魔術文明の遺産というべき浮遊島が望めた。
〈一回だけ、電波を出してみるか……〉
切っていた電探のスイッチを入れる。
なせ電探を切っていたといえば、相手が電波探知機、通称、逆探と呼ばれるモノを持っているかもしれないのだ。これは、電波をキャッチして、どこからその電波が飛んできているかを見極めるものだ。それを相手が積んでいる場合、こちらから電波を発射すると言うことは警戒されるおそれがある。
〈OK! この先だ〉
再度、電探の関知した相手の方へとテリブルは愛機を飛ばした。
こいつだ。
葉巻型の胴体に二つあるエンジン。情報通りの中型飛行艇だ。
今回の仕事。とある代議士の殺害。
どんなやつが依頼をしてきたのか知らない――暗殺家業にも口添え人はいるもの――が、金をもらう以上、プロとして、キッチリと済まさなければならない。
手に入れた情報によれば、今日、この場所、この時刻に現れるとのことだ。
そのために、じっと待ち続けていたのだ。
空戦もそうだが、どんな戦いでもっとも有利に立つ方法。
それは、相手の上をとることだ。
テリブルのスカイ・ブレーカー号は、太陽を背にして一気に急降下を行った。
「くッ……」
グッと歯をかみしめた。
エンジンを吹かしながら操縦桿を押し込む、と強烈な重力が彼の身体を襲う。
同時に機体にも悲鳴にも似た振動が操縦桿に響く。
急激な降下で機体が振動により、空中分解を起こす可能性がある。
このスカイ・ブレーカー号を譲ってもらったときに聞いたことがあったが、そんなことは今は気にしている場合ではない。
仕事が成功するか、それとも食いっぱぐれるか……命がかかっていると言ってもおかしくない。
照準器の輪の中いっぱいに、相手が入ってくる。
「食らえ!」
行ける! そう彼は踏んでいたのだろう。
翼の中に装備された二〇ミリ砲の引き金に指をかけた。だが、一つ忘れていたことがあった。それは……。
突然、上空から曳光弾が降り注いできた。
防弾ガラスの風防のすぐ外をオレンジ色の光が抜けていく。
「ヤバッ!」
絶好の攻撃チャンスにあわてて翼をひるがえした。
ふと、自分の後ろを振り返った途端、一機の真っ赤な戦闘機が突っ込んできた。
そう、忘れていたことはコイツのことだ。
同業者……相手は用心棒を雇っていたのだ。
逃げまどう飛行艇を、横目で見ながら大きく旋回する。
〈この飛行艇をやるためには、あの真っ赤な戦闘機を落とさなければ……〉
と思っていたところに、再び曳光弾が降り注いだ。
空を見上げると、もう一機の戦闘機が覆いかぶさるように襲ってきていたのだ。
一基のエンジンが大型のプロペラを回す、クマバチのような丸く太った機体。二つのフロートを持ったローニング社製の『マートレット』。海軍が『F4F艦上戦闘機』として採用している機体だ。
「くそ、組んでいたのか!?」
敵は合計二機。
二機で一機の獲物を狙う。
連中はまさに、教科書通りのコンビネーションで彼を狙っている。一人に気をとられている間に、隠れていた別の機体が狙いを付けるのだ。
彼はまんまとそのタッグに捕まった。
一度目の連中の攻撃はかすめたが、二度目は二機がいたぶるように襲ってきたのだ。
テリブルは何度か機体をランダムに降り続け、機銃弾の嵐から逃げようとした。だが、ついに捕まってしまう。
機体全体が悪路に乗り上げたかのように振り回される。
スカイ・ブレーカー号の翼を、曳光弾の中に混じる徹甲弾が貫いたのだ。
翼の中には燃料タンクが入っている。
もちろん、燃料は可燃性で、いったん火が付いてしまったら爆発は免れない。だが、彼の機体にはオリジナルにないモノが追加されていた。
白い尾を引きながら、燃料がしばらく吹き出していたがそれもすぐに消える。
オリジナルのルーフェは軽量化のために付いていなかったが、改造して防弾装備を追加していたのだ。燃料タンクにも防弾ゴムが張ってあり、漏れ出した燃料に反応して穴を塞ぐ仕組みになっている。燃料漏れを止めさえすれば、爆発するものではない。
金をかけた甲斐があり、彼は助かった。
しかし、まだ戦闘は続いていた。
再度一二・七ミリ機銃が降り注いでくる。
「このッ!」
彼は操縦桿を引き機首を上げる。と、機体はなめらかな曲線を描く。
先ほど狙ってきた奴の後ろに付くためだ。
相手もそれを察知して、同じような運動を始めた。
「甘いッ」
テリブルの機体は小回りが利く。後ろ側に付いていた奴よりも小さな円を描き、逆の立場をとった。
「一匹目ッ」
彼が引き金を引く。と、翼内の二〇ミリが一斉に火を噴いた。
押していたのはわずかに一秒ほど。徹甲弾が奴の機体を貫いていく。
そして、高熱の金属の弾はその中にある可燃物質に一気に引火して爆発を起こした。
撃墜は確実だ。
「あとは……」
空をぐるりと見回すと、残りの一機は後ろに付こうとしていたのだ。
〈全く、ケツの好きなやつだなぁ……〉
エンジンを吹かしながら操縦桿を押し込む。
再び強烈な重力が襲う。
今度は先ほど使った戦法ではなく、急降下を使った戦法だ。
急激に機首を下げると、後ろの相手も負けじと付いてきた。
付いてこなければ、この戦法は使えない。
〈のってきたなぁ……〉
後ろの敵機をちらりと確認しながら速度計を確認した。
四三〇キロ……この機体の限界速度である。
ひどい振動が操縦桿に伝わり腕が痛い。
〈そろそろいいか〉
目の前に波しぶきが迫ってきた。
そろそろ機首を上げなければ海に突っ込んでしまう。それでは意味がない。
手元のボタンを押す。と、翼の先から黒煙が吹き出してきた。
これもルーフェには付いていない装置。煙幕を噴射し始めたのだ。
もちろん、スピードと急降下中ともあって煙は一気に駆け上がり、追いかけてきている奴に襲いかかる。
テリブルは一気に操縦桿を引き、機体を上昇へと持ち込んだ。
フロートが波に触れるかどうかのギリギリのところで、再び舞い上がった。
「ご苦労さん」
後ろを振り返りながら軽く敬礼曲がりなことをする。
そして、あっけなく幕がしまった。
煙に巻かれて混乱した敵は、自分の高度を誤って海へ突っ込んでいったのだ。
「さぁーて、と……へッ?」
彼は周りの空域を見渡した。が、自分たちを除くほかの機体は一切見あたらない。
邪魔者を排除するばかりに気を取られて、肝心なものを取り逃がしてしまったようだ。
これは完全な失敗だった。
暗殺する相手を取り逃がすなどと……。
暗殺者VS用心棒。
あいつらには勝ったが、結果的には負けだ。
彼等が戦ってくれたおかげで、当の本人は逃げ切ることができたのだから……。




